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【読書記録】『死にゆく人にあなたができること』を読んだ話

図書館で棚を眺めていて、つい手に取ってしまった本があります。
『死にゆく人にあなたができること 聖心会シスターが語るこころのメソッド』です。

以前、3行日記にも書きましたが、郷里の父が肺がんで、余命宣告を受けています。

うちは親子仲がよろしくないので、物理的に距離を取って生活しているし、帰郷すればたいてい口論になるので、余命宣告を受けたあとも戻っていません。
白状な子です。
年末年始には帰郷しようかと思っていますが、多分、父は暴言を吐きまくるだろうし、でも余命短い人間に反論して、追い詰めるのも憚られるし。

で、ついこの本を手に取りました。
『死にゆく人にあなたができること 聖心会シスターが語るこころのメソッド』


著者はカトリックのシスターで、ご自身も階段から落ちて臨死体験を経験されています。
事故の後、他人の体調がわかるような感覚を得られ、死にゆく方のメンタルケアのような活動をされています。

と書くと、スピリチュアルな宗教がかった本では? と思われるかもしれません。実際、キリスト教理念は入っていますし。

なんですけど、「死は大いなる世界に包まれること」「新たな生の世界に向かいこと」ということを、落ち着いた口調で語って下さいます。
なんというか、真っ黒な不安がほわんと暖かいものでくるまれていくような、そんな感覚?
(うちの子には「人類補完計画じゃん」と言われましたが……)


仲よし時間を作る

死にゆく人に、まわりの人間ができることは、仲よし時間をつくるということだそうです。

仲よし時間とは。
死にゆく人の、話を聞く。受け止める。
何を最も大事にしたいかを確認する。
楽しかった思い出を語る。
最期を寄り添う。死にゆく人の一番の不安は孤独だから、そばにいるよと伝える。
意識が混濁しても、心肺停止後も数分間は耳が聞こえているから、語り掛ける。頑張って! とかじゃなく、寄り添う。

実は30年近く前、祖母の最期を看取ったとき、「おばあちゃん、頑張って!」っていとこたちと声を掛け合ったんですよね。あー、あかんやったんか……。
「みんなおるよ」「おばあちゃん、ようがんばったね」の方が良かったんか……。
でも、故人はもう不平も不満も言えないもんな。
「あたしはさんざん頑張ったのに、最期の最期でまだ頑張れって、ひどい孫たちだよ」と思われてたかもな、ごめんおばあちゃん。

やっぱり誰でも、できれば死ぬときは穏やかに逝きたいじゃないですか。
まして、自分の人生に明確な終わりが見えていて、その恐怖と生きている人はなおさら。

父がまだ生きている間に、読めて良かった本です。
同じ境遇の方にお勧めしたいです。

自分もいずれ死にゆくものとして読む

遺族になるものとしての読み方だけでなく、いずれ自分も死にゆく存在であるわけですから、そういう読み方もできます。

つまり。
自分を見つめて。
他者を受け入れて。
すべての人はつながっていると意識して。
今の瞬間瞬間のありがたさを感じつつ。
生きよう。

キリスト教のみならず、あれ? 仏教ともつながっているような考え方ですよね。

宗教って、根本的には人の悩みを受け止め、癒してくれるものだと、私は認識しています。
高価な宗教商品を買ったり、お布施をたくさんする人だけが幸福になる、とかではなくて。

死ねば体は原子に戻ってこの世界の一部になるけれど、精神は次なる世界に向かう。
なんにもなくなってしまう、と思うより、まだ救いがありますよね。
著者・鈴木秀子さんの臨死体験、めっちゃ心地よい世界だったらしいし。

この本では、よりよく生きるためのヒントが、いろいろな先人たちの例として挙げられています。
ひとそれぞれの生き方ではあるので、それはちょっと無理……と言いたくなるような、つわものの道もあったりして。
個人的には、自分に合うものを取り入れたり、自分ふうにアレンジしたりして、いろんな方の生き方から学ばせてもらおうと思います。


親は穏やかに送りたいし、自分も穏やかに逝きたい。
親に仲よし時間を作ってやりたいし、自分も自分と仲よくやっていきたい。

ひとり静かな時間を得ると、自分反省会を盛大にやらかしたりすることも多々ありますが。
無能で性格悪くて気が利かなくて言葉の足らない自分でも、仲よくしてやらんと、辛いばっかりやもんね。
自分で自分を大事にしてやらんと、自分が可哀想というものです。

以上、『死にゆく人のあなたができること』の感想記事でした。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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