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【ママが“痛い”になっちゃうから、やだ】3歳が神さまに見えた。

麻酔の香りを、
フルーツにするかチョコレートにするか──

きみはにこにこしながら選び、
状況がわからないまま、
わたしに手を振って
手術室に向かっていった。

全身麻酔から戻って目覚めたとき、
ほっとしたのも束の間だった。
「いたい いたい」と、
きみは夜通し泣いていたね。

私も、息子が生まれたあとすぐに
手術を経験していた。
痛み止めさえ効かない夜を、
布団を両手でぎゅっと握りしめてやりすごしたことを、思い出した。
あのときと同じだ、と思った。

私は頭を撫でたり、きみの手を握ってあげることしか、できなかった。

「ママの手、ぎゅーってしてごらん。
痛いの、ママにちょうだい」

そしたら、3歳のきみは言った。
「ママが“痛い”になっちゃうから、やだ」

神様。もし、いるのなら、どうしてこの子に、こんな思いをさせるの?
こんな優しい子に──


今のきみは、
すっかりシャイな 「the 小学生男子」
私の誕生日も、母の日も、全然気づかず、 
興味だってなさそう。

でも私は、あのときの言葉を、
ずっと深く心にしまっている。
きみはもう
忘れてしまっているかもしれないけれど。

面と向かってあたたかい言葉を掛け合うような、そんな親子関係ではない。
でも、言葉にしなくてもちゃんと伝わる──
そう思えるのは、あのときのきみがいたから。

この前の授業参観でも、ふと、
あの頃のきみと重なる場面があった。
小さな声でがんばって発言したクラスメイトに、教室の中から、
ぽつんと一人の拍手が聞こえてきた。

先生が、
「ありがとう。あなたのその拍手に感動しました」と言っていたけれど──
拍手をしていたのは、きみだったね。

あとで理由をたずねたら、
「みんなの前で話すのが苦手な子だったから」
と、さらっと言っていて。

足のサイズも、身長も、
もうすぐ私を追い越しそうだけど、
そういう優しさは、
あのときのままなんだなって、
なんだか嬉しくなった。

きっとこれから先、わかりやすい言葉や態度は、少しずつ減っていくのかもしれない。
それでも私は、きみのこと、
ちゃんとわかってるから、大丈夫。
これから来る反抗期もちょっと不安だけど──
きみを信じて、がんばれる気がしているよ。


*このnoteは、
▶【小児病棟で泣いた春】車椅子のキミと公園でお弁当を食べた。 
のエピソードのひとつを、もう少しだけ近くから描いてみたくて──そんな思いで綴りました。


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