【第5章】 ECMO①|先祖の加護
翌朝、私は7時に目が覚めた。
普段、かなり寝つきの悪い私だが、限界を超えた精神状態で1日を過ごしたせいか、ベッドに入ってからの記憶は全くなかった。
そして、真っ先に “病院からの着信” を確認するが、幸いにも履歴は残っていなかった。
“今夜を越えられるかどうか” と言われた昨日。
緊急の場合は私に連絡が来るため、深夜には特にイレギュラーはなかったということであろう。
少しばかり安堵するも、まだ確定したわけではないため、一喜一憂せず病院からの連絡を待つことにした。
そして、白湯を飲みながら、 ゆったりと朝の時間を過ごす…
妊娠中から一貫して “最善を尽くす” ということを、常日頃から心掛けてきた私たち。
本当にここまで、あらゆる問題に直面してきたが、全てにおいて夫婦で正面から向き合い、息子とも協力して乗り越えてきたという自負がある。
だが、昨夜に初めて「死の世界線」を認識させられ、これまでにはなかった恐怖という感情が生まれた。
そして恐怖は、“疑念” を生む…
帰宅してから、外科医の口調や覇気のない表情を思い出し、
(本当は助からないと知っていて、言葉を選んでるんじゃないか…?)
と深読みしてしまったり、昨夜はあらゆる感情に支配されたように思う。
だが、一夜明け落ち着きを取り戻した今、「ECMOの離脱」という目標に向けて、私たちに何が出来るか、そして親としてどう在るべきかということに思考を巡らせていた。
まず、「祈る」ということ。
先述の通り、私も妻も宗教には疎い。
日本に生まれながら、仏教ですら深く理解していなかった。
だが、毎年のお墓参りや、結婚してからは両家の家系図などを辿る機会もあり、“命が受け継がれている” ということを夫婦で強く感じるようになった。
先祖の方々が受け継いできてくれたからこそ、私たちが生まれ、めぐり逢い、そして息子も誕生したのだ。
“見えない世界” のことを言葉にするのは難しい。
だが、私が大好きだった祖父や曾祖父母たちは、きっと私の息子の誕生を喜んでくれていただろうし、今息子が頑張れているのも、先祖の方々からのエール、すなわち “加護” があるからだとも思った。
息子が危機的状況の今、“藁にも縋る思い” で先祖の力を借りたかったのも少なからずある。
しかしながら、先祖の方々は本当に感謝すべき存在であるし、「祈り」は息子にも伝わると私は思ったのだ。
そして、“親としてどう在るべきか” 。
「死の世界線」を認識した今、不安や恐怖が完全に消えることはない。
だが、あらゆる感情に苛まれようが、
“息子を愛し、信じる父親として、どっしり構えていたい”
と私は改めて思った。
本当に、あらゆることに意識を向けることになった朝のひととき。
だが、結果的に自分自身を整えることも繋がったように思う。
そんな中、9時30分を迎えたところで、ようやく病院からの電話が鳴った。
期待と不安が入り混じる中、一度深呼吸をしてから、通話ボタンを押す…
電話の相手は、昨夜説明してくれた外科医であった。
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