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ECMO⑨|離脱直前


急遽出発することになったため、昨日私の両親から貰っていた食材(ニョッキとフルーツ)を少しつまみ家を出る。


「ECMO離脱」という最大の山を、急遽迎えることとなった私たちだが、この時は思いのほか落ち着いていたように思う。

もちろん、“息子を信じていた” というのもある。

だが今思えば、予想を超える回復力を見せる息子に、希望を見い出したというか、“楽観していた” というのも僅かながらあったかもしれない。


また、外科医の “おそらく離脱出来ると思う” という言葉と、医療チームの見解があったことも正直大きかった。

私たちの理解が到底及ばない領域で、専門家達が導き出した最善の答えであるならば、問題なく離脱が出来、今日を境に回復して行くのだろうと思っていたのだ。


そして移動中、家族にも “離脱トライが前倒しになった” と改めて報告する。

急遽ということもあり、皆それぞれの場所から息子にエールを送ってもらえればと思っていたが、私の母は午後は都合がつくということで、間に合うかはわからないものの、病院に駆けつけてくれることになった。


そんな中、12時過ぎに病院に到着。

例によって、冷凍母乳をNICUへ届けてからICUへ行き、この日の担当看護師が出迎えてくれた。

そしてまず、医療チームから離脱に関しての最終的な説明があるということで、“ICUの説明室” へ案内され、そこで待機することとなった。


(また、“説明室” か…)

先日、“ECMOに乗せた” と宣告された記憶が呼び起こされる…


本当に、あれは地獄の瞬間であった。

前回の “手術用の説明室” とは場所が異なるが、“説明室” という存在とその響きが、一種のトラウマのようなものとして、私たちの中には植え付けられているのだと再確認する。


そしていざ、説明室で待機。

前回ほどではないにせよ、狭く静かな空間での待機は、徐々に “心のHP” が削られていく感じがする…

(また長く待つのはきついな…)

と思った矢先、看護師が入ってきた。


医師はまもなく来るということで、それまでの間、幾つか会話を交わす。

「体調はいかがですか?」
「眠れていますか?」

些細なことでも、コミュニケーションが取れるのは私たちにとっても非常に救いとなる。

この日の担当看護師は男性であったが、優しく丁寧に寄り添ってくれる、本当にありがたい存在であった。


そんな中、そこから数分で外科医が入室し、改めて離脱についての説明が始まった。

・容態はかなり良好で、数値的にも上昇してきている
(特に心臓はECMOの力を借りずともほぼ機能している状態)
・ただ感染症が徐々に進行してきており、合併症などのリスクも上昇してきている
・両方の経過を総合的に判断して、明日ではなく本日に前倒しを決断
・離脱処置は大体2時間

息子の身体の負担は相当なものであり、感染症の進行やその他合併症のリスクは日に日に高まっているということだった。

一方、少し驚いたのが「心臓」のはたらき。

装着当初は、ほぼECMOに依存する状態だったものの、かなり改善し、ほぼ自発的な活動に近い状態ということだった。


しかし、元々の息子の最大の懸念点は「肺」

離脱を試みた際に、“肺が耐えられるかどうか” ということが一番の肝になる。


その後、質疑応答も交わしながら、約10分ほどで説明は終了。

改めて、妻も直接聞くことが出来、夫婦で納得した上で同意書にサインした。

また、全ての処置が終わるまで “大体2時間ほど” ということだったため、それまでの間は病院内のカフェで待つことにし、処置が終わり次第私の携帯に連絡を貰うこととなった。



つづく



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