誕生⑨|使命と意味づけ
MFICUを後にし、再び待合室にて待機する私。
そんな中、またもや看護師が待合室へ…
どうやら、息子の手術時間が変更になり、“30分後ろ倒し” になるとのことだった。
待ち時間が延びたため、しばらく仮眠でも取ろうかと目を閉じていたが、そんな中聞こえてきたのは、“赤ちゃんの泣き声” だった。
先述の通り、ここの待合室は、分娩室とNICUの間に位置しているため、双方から聞こえてくる。
日中はそこまで気にしていなかったが、やはり18時も過ぎると院内も静まり返り、フロア全体によく響き渡る… まるで、“新生児の大合唱”。
我が子の手術という、大きな山場を控える私だが、その鳴き声は思いのほか “心地いい” 。
これも「親」になったからだろうか。
そして、その鳴き声はきっと息子と同級生であろう赤ちゃんたち。
(うちの子も、こんな感じで泣くのかなぁ)
と、時折そんなことも思いながら、ひとり静かに過ごしていた。
そんな中、出発の時間を迎え、息子がNICUから出てきた。
身体に無数の管をつけ、小さなベッドに横になる息子の周りには、人工呼吸器用の巨大なポンプや点滴、検査モニターといった機材が配置されており、それらを医療チームが抱えながら手術室まで移動するようであった。
まさに大移動であったが、私も彼らと共に手術室へ向かった。
そして、手術室に到着。
入口にて、私も保護者として立ち会い手続きを行う中、最後に医療チームの医師から、
「手術室入る前に、お父さん声をかけてあげて下さい^^」
と、息子にエールを送る時間を作ってもらった。

「これから最初の手術だね、頑張ろうね」
「お父さんも、みんなもついてるからね」
触れることが出来る範囲は僅かであったが、“握りこぶしほどの頭” を撫でながらエールを送る…
生まれて間もない中での手術。
親としては、胸が張り裂けそうな思いだ…
だが、浮腫みも増し、何より呼吸がかなり苦しそうな息子を見ると、一刻も早く呼吸を楽にしてあげたいと思った。
そして入室の時間を迎え、改めて医療チームに頭を下げ、ゆっくりと手術室へ入っていく息子を見送った。
終了目安は、今から2時間後の「20時30分」。
それまで、待合室で待機するよう案内されたものの、看護師からは、
「もし、夕食を取るなら、開始直後の今が良いと思います」
とアドバイスされ、ひとまずこのタイミングで夕食を取ることにした。
30分後、再び病院に戻ってからは、改めて妻や両家の家族と連絡を取り、状況を説明したりしていたが、そんな中、義母から、
「生まれてすぐに手術とは、どんな『使命』を受けてきたんだろうか」
と、送られてきた。
今行っている「BAS」は、元々行う可能性は高かったとはいえ、そもそも「完全大血管転位症」を持ってこの世に生を享けたこと自体、どんな「使命」なんだろうかと考えてしまう。
そして、親としては “肯定的に捉えたい” という想いから、どうしても「意味づけ」もしたくなる。
実際、私たち夫婦も、妊娠中から「使命」について、数えきれないほど話し合ってきたし、自らの精神を保つために、あらゆる肯定的な「意味づけ」もしてきた。
しかしながら、私たち夫婦は、
“どんな使命であれ、それでも、私たちを選んで生まれてきてくれた”
という事実に意識を向けることにし、全てにおいて「息子を信じる」というスタンスでいると決めていた。
生まれて間もない我が子の手術、さらに “夜の病院の待合室でひとり” というこの状況… 私も全く不安がないと言えば嘘になる。
だが、この時の私は、思いのほか落ち着いていたように思う。
それはきっと、根底に「息子を信じる」という確固たる想いがあったからであろう…
いいなと思ったら応援しよう!
拝読いただきありがとうございます!
いただいたチップは、発信の活動費にさせていただきます🙇♂️