誕生⑦|書類祭り
妻と両親を見送った後は、私も一息ついていた。
そんな中、16時を過ぎた頃、看護師が待合室へ。
どうやら息子の精密検査が終わり、“新生児科” の医師から状況説明があるとのことで、「NICU」へと案内された。
NICUは厳重な管理体制。
私も規則に従い、体温を測って入室しようとしたが… なんと結果が「37.8℃」。
全く体調も悪くなく、特に暑さも感じなかったが、なぜかこの時だけ異常な数値が計測された。
(いや、絶対おかしいって!笑)
そう思い、再び測るも、結果は変わらず「37.8℃」…
これには、さすがの看護師も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「待合室は、熱が籠りますからね…」
とフォローされつつ、何度かトライさせてもらったが、その後も「37.8℃前後」から変わることはなかった。
たとえ、当人が元気であっても規則は規則…
結局そのまま待合室にて、説明を受けることになった。
まず、息子の出生時の状況として、
「低出生体重児」
「新生児呼吸窮迫症候群」
「完全大血管転位症:ⅰ型」
という、3つの診断が下されたという。
そして、チアノーゼも重度、その他の各数値も基準以下であり、「BAS」を施さなければ、生命維持が難しいということだった。
■ BAS(心室中隔裂開術)
先端にバルーンを取り付けたカテーテルを、卵円孔を通して左心房の中まで進め、そのバルーンを膨らませて、勢いよく右心房まで引き、心房中隔の孔を広げる手術。
それにより、酸素を豊富に含んだ血液が全身に送り出されるようになる。
生後まもなくの ”手術” …
「BAS」に関しては、妊娠中の面談時に “やる可能性は高い” と言われていたとはいえ、やはり胸が締め付けられる。
しかしながら、医師として1番気になるのは、“肺機能の弱さ” だという。
「早産」ではその傾向が出やすく、今回もその可能性が高いという見解ではあるが、それにしても想定以上に弱いとのことだった。
そして、これが後に、“長きに渡る闘いの相手” となるのだが… この時はまだ知る由もなかった。
最後に、「BAS」はこの後18時から行い、手術時間は大体 “2時間” ほどかかるという案内を受け、医師の説明は終了。
しかしながら、説明が終わったのも束の間、私に待っていたのは、“大量の書類への記入作業” であった。
これは、手術や投与薬に対しての “保護者の同意書” であり、患者用と病院用の2セット記入するため、思いのほか重労働…
“出産後、父親には「書類祭り」が待っている”
と言われてはいたが、本当に “祭り” と呼ぶにふさわしい量だった(笑)
そんな中、何十枚もある書類への記入もようやく終わり、一息つこうかというタイミングで、また別の看護師が待合室へ…
今度は、“小児循環器科” の医師から説明があるということだった。
なんとも慌ただしい、誕生後のひとときだが、これも父親の役目だと自らを言い聞かせ、医師からの説明に臨んだ。
この後の「BAS」と、そして後々行われる「完全大血管転位症」の手術の具体的な処置の説明をされ、さらには “退院までの大まかな流れ” もここで共有された。
そして、「完全大血管転位症」の手術以降は、「小児循環器科」がメインとなって、息子の経過を見ていくことになるようだった。
余談だが、この女性の小児科医は、非常に人柄が良く、この後の入院生活でも息子に対しても優しく、様々な配慮をしてくれた方であった。
そして、後にこの小児科医は、“最期の重要な役割” も担うことになるのだが、それもまた「縁」を感じるし、私たち夫婦にとっても、心から信頼出来る存在であった。
そして、説明は終了。
具体的な処置方法の共有、そして今後の見通しが立てられたことで、私の心も幾ばくか軽くなった… が、説明の後に待ち受けていたのは、例によって “書類の山” …
本当に腱鞘炎になるんじゃないかと思うほどであったが、心を無にして記入していく…
そして、ようやく書き終え、今度こそ一息つこうかという時、またもや別の看護師が待合室へ…
(また説明か…!)
と思ったものの、今回は医師の説明ではなく、“妻との面会” の案内であった。
どうやら、説明が終わるのをずっと見張っていたようで、終わるや否や速攻で走ってきたらしい…(笑)
この時、時刻は16時25分。
妻のいる「MFICU」の面会時間が「13~17時、1日30分まで」というルールらしく、この日面会出来るのは、もうこのタイミングしかなかったのだ。
そして、結局一息つく間もなく…(笑)
案内されるがまますぐに「MFICU」へ向かった。
いいなと思ったら応援しよう!
拝読いただきありがとうございます!
いただいたチップは、発信の活動費にさせていただきます🙇♂️