サラリーマンの“今“そして“未来“〜小津安二郎監督「早春」
那覇行きの飛行機の中で、小津安二郎監督「早春」(1956年 松竹)を観ました(U~NEXT)。
小津は1953年、映画史に燦然と輝く「東京物語」を発表、3年後の「早春」はその次の作品で上映時間が144分と、小津の戦後作品としては最長となります。
1956年と言えば、経済白書に引用された“もはや戦後ではない“が流行語になった年。戦後復興が一段落し、高度経済成長期に入ろうとする時代です。その牽引車の一つが日本企業であり、そこで働いたサラリーマンだったのでしょう。
その象徴的な建物が、1952年に竣工した丸ノ内ビルディング、通称“丸ビル“で、本作の主人公・杉山(池部良)が働く会社が入居しています。サラリーマンと書きましたが、オフィスで働く女性も増加していて、“キンギョ“とあだ名される女性(岸惠子)はタイピストとして働いています。
杉山は蒲田から電車で通勤するのですが、毎朝顔を合わせる“キンギョ“らは自然発生的に仲間になり、親しくなっています。駅のホームに鈴なりに立つ人々、今にも線路に落ちそうな光景が写ります。
杉山には妻(淡島千景)があり、夫は仕事、妻は家事という典型的な昭和の夫婦ですが、妻が日々の生活に決して満足はしていない様子。
勤め人の生活、社会環境、今とはずいぶん違いますが、この映画を見ていると、今も昔も通底しているものを感じます。
サラリーマンは、通勤の大変さを嘆き、給料がなかなか上がらないことに不満を漏らし、社内政治・人事異動にも敏感に反応します。
一方で、そうした生活から足を洗い、カフェを経営する杉山の先輩も登場します。演じるのが山村聰で、その生き方含め格好よく映ります。
それから“不倫“。表現は好きではないのですが、人間である以上、こうした事件はどうしてもつきまといます。
杉山が“今“のサラリーマンなら、彼の“未来“を暗示する先輩たちも登場します。彼らは、杉山の目にどのように映っているのでしょうか。定年で会社を引退した後、杉山に残されるものは何なのでしょうか。
私は未だサラリーマンのようなものですが、まぁ気楽な立場です。仕事よりも、もっと重要なものがあることは、分かっているつもりです。その立場で本作を見ると、私が働き始めた時代から30年ほど時が遡っていますが、本質的なところはあまり変わっていないと思うのでした。
小津組とも言えると、常連陣が脇にまわり、池部良・岸惠子という新顔が主役を張るというところも見どころです。
特に岸惠子は、原節子とは全く違う小津映画のヒロインで、“今“そして“未来“に向けて、ちょっと“尖った“女性を演じており、印象的な存在となっています。
令和の今、オフィスで働く若い人々は、この映画を観たらどう思うのでしょうか?

