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冷凍庫の奥で、灯りは生きてる

アイスって虚無を抱いてるんだよ。

3年前の夏。お墓参りの帰りに食べた限定モナカの味は、昨日のことみたいに思い出せる。
でも、風呂上がりに食べた10本198円のホームランバーは、たぶん明日には忘れてる。

書くことも、それにちょっと似てる。

ホームランバーなんか、ありふれすぎて記憶にも残らない。
翌日、ハーゲンダッツを食べた暁には、来週も「ハーゲンダッツを食べた記憶」しか残らない。

書くのも、まったく同じ。

たまにしか投稿しないのに、プレミアムアイス扱いされる人がいる。
じゃあ、毎日出してるわたしは?
ホームランバーって、価値ないの?

いやいや、ホームランバーだって、毎日支えてる。
いつもいつもハーゲンダッツじゃ、そのありがたみ、忘れるよ。

そんな自虐をこねながら、それでもわたしは書き続けてる。
書くのがつらくなるとき、「なんでだろう」って、よく考える。
書きたいはずなのに、急に手が止まる。

そんなとき、わたしはアイスに置き換える。
ブランドアイスみたいな「一作の完璧」を自分に強いると、指が止まる。

「これは意味があるのか」
「また誰にも伝わらないんじゃないか」

書いている途中で、味のしない氷をただ舐めているような気分になる。
そしてまた、虚無にぶつかる。

でも、わたしは書きたくなる。

あれこれ理由をこねてるけど、結局のところ、
食べたいから食べてるし、書きたいから書いてる。

たとえ誰の記憶に残らなくても、自分のなかの小さな美味いは、ちゃんとある。

アイスは溶ける。時間も溶ける。
でも、口に入れたあの美味しいって気持ちは、わたしに残ってる。
わたしにもいつか、あの美味しいが書けるんじゃないかと希望を持っている。

書くのも、きっと同じ。

味がしない日もあるけど、わたしはまた、冷凍庫を開けてしまう。
「太るから、食べるのやめようかな」
贅肉ばかりついて、筋肉にはならない。
誰からも感想だってもらえない。


他人に向かって、
「感性ばかり肥大させて、他人の気持ちひとつ書けないなら、それはただの自慰だ」
どこかで誰かの口から放たれて、冷凍庫の底にへばりついている。

手元にあるキャンディバーを握って、力いっぱいゴミ箱へ叩き入れる。

他人を踏み台にできない、声を出せないホームランバーはアカウントを消して去っていく。

同じ冷蔵庫の中にいて、原材料だって然程は変わらないのに、美味しいとオススメされるアイスと、されないアイス。
うちの冷凍庫は意識だけが高くて壊れている。

冷蔵庫の引き立て役は、ホームランバー。

それでも、打ち上げ花火を見ながらベランダでひっそり食べたあの一本が、ずっと忘れられなかったりする。
書くことだって、もしかしたらそういうものかもしれない。

アイスって虚無を抱いてるけど、美味しい。
書くのも、たぶん、そういうもの。
だから、わたしはまた冷凍庫を開ける。

※評価不要。灯火杯には参加しますが、順位も講評も求めていません。
わたしの夏は、静かにここで蝉の声を聞きます。

©️ももまろうめこ
©️ももまろうめこ
©️ももまろうめこ

#第3回灯火杯
#灯火_ココロカタチツクルさん