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 等々力渓谷へ出向いたが、靴擦れができてしまい、バスに乗って帰ってきた。
 渋谷行きのバスは住宅街を走り、前方から見慣れた景色が迫ってくる。
目線を横に逸らすと、狭い路地に行列が見えた。

 バスを降りると、友達の家の裏だった。
足を洗って、絆創膏を貼りながら、帰宅する友達を待っていた。
「夜、何か食べたいものある?」
携帯にメールが入ってくる。

 歩き疲れたわたしは「なんでもいいよ」
コンビニ弁当でも充分な腹具合に、友達は
「今、駅に着いた」
5分もすれば、帰ってきた。

「じゃ、行こう」
友達は財布だけを持ち、促す。
とりあえず、後ろをついて行く。
10分もしないうちに到着したのは、バスから見えた行列のある店。
「ここ、何屋?」訊くと、肉吸い屋だと言う。

 軒先が遠慮がちに飲食店に見える程度の、でも品がある佇まい。

 店内は携帯禁止。だが、目の前で調理する店主や静かに並ぶ人たちを見ていると、携帯を開く気も起きない。
しかし、肉吸いは絶品。

 牛肉が丸みを帯びた味、どこか懐かしい甘じょっぱい汁。
ご飯と肉は上品なのに、親しみやすい。

 食べ終わり、店を出る。
「めっちゃ美味しいんだけど、有名な店?」
雑誌編集者の友達曰く、
「東京では三本指に入る名店。口コミだけであんなに行列ができるって凄いよね」



 大親友のレオ氏は、現在、限界集落に移住して、地域に根付いた仕事をしている。

 都会から来たレオ氏は地理が分からず、たまに田んぼへいる人に行政から発行された許可証を片手に道を尋ねるらしい。
そうでもしないと、闇バイトの一味に間違えられるほど、田舎は警戒心が強いという。

 そんな折、畑で収穫している人に近場の飲食店を聞くと、「うちへ来んさい」
案内された民家は蕎麦屋。

 出された蕎麦は鼻に抜ける香りがして、まろやかな出汁は、本物の味がしたらしい。

「もも、知ってた?」
わたしは生憎、限界集落のことは分からない。
正直、地名は知っているが、行ったことがない。

「有名なお店?」わたしが聞き返すと、
「さあ?でも、あの蕎麦屋は本物だ」

 趣味がグルメで、暇さえあれば県外でも食を追求する知人にメールをする。即レスがあり、
「隠れた名店。予約が必要だから、行くならかなり前にアポ取りしたら確実」と教わる。

「隠れた名店だって」レオ氏に告げると、
「だろうなぁ、美味いわ。一緒に行こう」



 名店は隠れているから美味しいのか、宣伝すると味がチープになる気がする。

 いつだったか、わたしが住んでいた近くの店がミシュランガイドで星を獲得した。
店の前を通って通勤していたので嬉しいと思ったが、再び店を訪れると、何か味が変わった。
マスコミに取り上げられるようになると、わたしの足は遠のいた。



 看板を出さず、路地裏でひっそり営む肉吸い屋や蕎麦屋のように、地味でも真摯に素材や余韻で勝負している店がある。

 ネットで毎日ガンガン告知してるような店には、「どこかで味わったような……」
既視感やウケ狙いの調味料が濃すぎて、素材の味が見えにくいことが多い。

 もちろん全部がそうじゃないけど、
「自信があるとは、そんなに叫ばない」というのは確実にある。

 静かだけど、ちゃんと手間がかかっていて、
気づいた人には深く心に残る。

 文章も似たような感覚がする。
そういう言葉の仕立て方をしている。

 だから、目立たなくても届くべき人には届いてる。焦らなくていい。
 文章が好きな人は声が大きい人より、静穏で実直な人に惹かれる。

 わたしも、ひっそりと光る言葉が書けたら。

 自分だけの特別じゃなくなると、味わいは格段に下がる。そんな気がしてならない。
目立たなくても届くべき人に届く。

 だから今日も、看板は出さずに書いてみる。

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