掌編: キンクマのお悩み相談室
眠れない悩みを先輩の鈴木さんは僕に打ち明けるが、何も答えようがない。
「俺、また教師に戻ろうかと……」
原宿を抜けて表参道に出るまで、早口の中国人を避けながら、縫うように歩いているので、鈴木さんの話は2〜3キロ体重を落とすぐらい、軽い話に聞こえた。
「鈴木さんって先生だったんですか?」
言われてみれば、的確な指示の出し方は教師だったと言われたら……繋がらない。
「うん。うち、爺ちゃん、婆ちゃん、両親、お姉ちゃん、皆が教師の教育家系なのよ。それで俺も教育学部を出たんだけど……」
「ど?」
少し沈黙になる。
頷くしかない僕は、交差点に立っても目線は車の往来で、鈴木さんの声を拾うだけだ。
赤信号が長い。
クラクションも鳴らないのに、街全体が急かしてくるみたいで、足先だけがそわそわする。
「……二年で辞めたよ」
鈴木さんは、笑っていなかった。
けれど、困っている顔でもなかった。
どこにも置き場のないものを、いったん外に出してみただけ、みたいな声だった。
「向いてなかったんですか?」
自分でも雑な質問だと思った。
でも、それ以外に言葉が見つからない。
「向いてたよ」即答だった。
その速さに、逆に足が止まりそうになる。
「……向いてたけど、壊れた」
青信号に変わる。
人の波が、一斉に動き出す。
僕もつられて歩き出すけど、さっきより少しだけ、鈴木さんとの距離が分からなくなる。
「何が、ですか」聞かない方がいい気もした。
でも、聞かなかったら、この話はどこにも行けない気がした。
鈴木さんは、少しだけ首を傾けて、考えるふりをする。
「なんだろうな……正解を出し続けるのに、疲れたのかもな」
風が吹いて、街路樹の葉が擦れる。
その音が、やけに大きく聞こえた。
「……それ、寝れんやつですね」
それしか言えない。
言葉にした途端、軽くなるのが分かっていた。
「そうね、大学時代は単位を落とさないように必死でさ。教員採用試験のために予備校にも行った。はぁぁあああ……そこまでしたのに、プライベートがほぼなかった」
「休みがなかったんですか?」
「あるよ。でも帰ったら事務作業と授業準備。結局、休みも学校だな」
「それでも戻りたいんですか?」
「それで、眠れないのよ」
少し歩いて、僕は言う。
「じゃあ、戻るしかないですね」
鈴木さんは、こっちを見る。
「え?」
「眠れないぐらいなら、もう答え出てるじゃないですか」
風が止んで、誰かの話し声がやけに近く聞こえた。
