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傷を負っても、ポジティブに生きていける

自分と向き合うときくらい
自分へは愚直なほど、素直でありたい

仮に、失恋したとする

自分が抱く正直で素直な思いは
「ダメな自分」と責めることなのかな

「わたしがブスだから〜」
本気でそう思っているのか

わたし自身の性格の悪さかもしれないが
「アンタ、愛されて振るとかバカじゃね?」
「お前、マジで○ね」
これじゃないのかな

まずは、理不尽な扱いをされた怒りを排出し
「今、自分はこんな感情」と受け入れ
自分は相手から、どうされたかったかを見ないと
次も同じ失敗を繰り返すんじゃないか

自分にまで、いい子になると失敗する
例えば『虐待はループする』などが、いいケース

「クズ親」と認めず
「親を怒らせた自分が悪い」と蓋をし
納得いかない憤りが沸騰し続けるから
我が子へ虐待したり、社会への恨み辛みになる

相手からされた不当な扱いを
自分のせいにして受け入れてしまうのは
自己対話と言わず
フラストレーションを溜める行為
人間が好きだったものが、嫌いになる一方

素直さを受け入れないと、自分とは向き合えない 
相手から受け入れられなかった要因まで
自分に嘘をつくと、自分の心が歪む

歪みは「どうせ」「自分は○○だし」
自ら貼り付けたレッテルは
新しい挑戦から逃げる言い訳に繋がる

ソースは、わたし
生憎、失恋も虐待も未経験だけど

悪い妄想、対人関係の不安も
自分と向き合わなかった代償だと思っている
代償はこの先
「努力をするのは無駄なこと」に切り替わる

「自分はこうされたかった」
これを深掘りしていくから、目的や目標が見えて
傷を負っても、ポジティブに生きていける
そんな気がしてしまう