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 ああ、この会社は無理だと思った。
私がいる場所じゃない。
 
 昨日もミスをした新人がいた。
慣れない業務でミスは重大だったといえど、プレッシャーがあったり、体調不良だったり。

 なにせ、休むと連帯責任を課すと通達をした会社。どんな理由でもシフト以外は休めない。
つまりは流行りの感染症に罹っても、親の死に目だろうが這って出て来いという精神論。
社畜の強要。
 
 それだけじゃない。
個人のミスを、
「あの子って知○障害だよ」
個人の能力も関係するかもしれないが、悪口にそれを言わないの。
 
 聖徳太子並みのマルチタスクを要求される。
車の運転だって、そこまでマルチタスクじゃない。

 これとコレと此れを同時進行にやれと言われて、些細なミスがあると「発○障害」と揶揄が飛んでくる。

 「あなたって、IQが低い」
こんな言葉を頻繁に実社会で耳にするなんて、想像すらしてなかった。
反射的に「アンタはネット民か」
口から出そうになった。
 
 その都度、言い返す勇気がない私は、noteへ反論などの記事を書いていた。

 正面切って言えない、黙ってしまう行為を、逃げだと言う人もいるだろう。
 だが、あの場で言い返すことが必ずしも正解だとは思えない。

 感情が優先される場所では、言葉は議論にならないのは知っている。

 強い言葉が勝ち、弱い声は能力不足にすり替えられるのは真理。
 その空気の中で発された
「発達障害」「IQが低い」という言葉は、評価ではなく、ただの烙印だ。

 知ってるか。
人はそう簡単に壊れない。
壊れるのは関係性と場の信頼だよ。
 
 そして、私が書くことで読者は客観視できたかな。
他者を蹴落とし、自分を上げる。
品が悪いんだよ。

 こうして書くことで、ようやく距離が取れた。
他者を下げることでしか自分を保てない言葉は、賢さの証明にはならない。
むしろ、他者を論う言葉を吐くとは、暴言で自己防衛する、不安の輪郭をはっきりさせるだけだ。

 いかに自称・頭がいい人がそうじゃないか証明したようなもんだよ。
品性がないのに、知性があるわけないよな。
そうだよ、期待した私がバカでした。

 ミスした新人、しっかり眠れたかな。

 私はその場で声を荒げるより、静かな場所で言葉を選ぶことにする。
 noteは反論の場であると同時に、私にとっての退路だ。

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