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小説)覚醒へのプレリュード ③

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2022年1月18日

雅彦が入院して間もなく、病院から連絡があり、
雅彦が誤嚥性肺炎を併発し危険な状況にあると伝えられた。

医師は抗生物質投与しながら様子を見ているが、深刻な状態だと説明した。

「あんなに顔色よくても肺炎になるのね」
医師の言葉に、私は深く受け止めるよりも、すぐに回復して帰ってくると思っていた。

洗濯物が楽になり、好きなテレビ番組が見られるなど、私は自由な時間を謳歌する

「これで外出できればもっと楽しい」と考え、義父に電話をした。

「雅彦さんが危険な状態にあるそうです」伝えると、義父はひと言「ありがとう」と言うだけで、すぐに電話を切った。

私は一瞬、自分の嬉しさが伝わったのではないかと戸惑った。

義父にとっては、ひとりしか居ない我が子。
後から、義母が逝き息子までかと思うとやるせない気持ちだったのだと義父の心情を想像したが、
どちらにせよ、義父にかける言葉が見当たらない。

私は濃厚接触者で1日30分の外出は許可された。
自転車で義父の家まで行き、義父の様子が見たかった。

「お義父さん、菜月です」
インターフォンを押すと、義父の声が返ってきた。しかし、義父は玄関の扉を開くことはなく、息をひそめたままだった。

「菜月さん、ありがとう。
でも、今は独りにしておいてほしい」

義父の寂しげな口調に私は言葉を失った。
私が玄関に立ったまま扉を開けないことに、どこか決心した様子が感じられた。

義父の反応が予想外だったため、私はどう対応すべきか
「まあ、そうだよね」思い直し、
私は自転車のカゴへバッグをいれ、家を振り返ると義父はリビングの窓からこちらを見ていた。

軽く会釈し去ろうとする私へ、
義父は玄関を開け、私を招き入れた。
「菜月さんが無事ならいい」
そういうと、床の間まで私を導き襖を閉めた。

神妙な面持ちの義父は座布団には座らず、
石油ストーブの横で両手を翳している。
「寒くないか?」気を遣ってくれ
漸く義父は畳へ胡座をかいた。

「いつ話ができなくなるか分からないから」
義父は何を思い詰め、目線が上がらない。
「多分、雅彦もわたしも長くはないだろう。
だから菜月さんに聞いておいてほしい」

義父は立ち上がると茶箪笥から封筒を幾つか取り出し、「名義は菜月さんへ変更してある。
相続税などが大変かもしれないが、それでも女ひとりが当面暮らしていけるだけのものはある」

家を取り壊し更地にすることや更地を売買するのも、私が新築を建てるのも自由にしていい。

これまで雅彦が私へ手を挙げたことを許してほしい、そして今からの人生を豊かなものにしてくれと
義父はしっかりとした語気で告げ、空の紙袋にそれらと印鑑が詰まった巾着袋を私に持たせてくれた。

「菜月さんは娘同然だから」
義父の言葉が上滑りに聞こえた。
なぜならダウンジャケットを脱いだ私の身体へ目線が往復していたからだ。

こんな目で見られたのは、私が気づいて初めてかもしれない。
以前からそうであっても、私に分からなかったし、
むしろ望むところかもしれない。

結婚して物同然に扱われた私は、高齢者の義父であれ人間として、女として見てくれた気配がほんの少し嬉しく感じた。

「至らぬ嫁で、だけどここまで考えてくださり」
書類が詰まった紙袋を前に
私は三つ指をついて頭を下げる。

「至らぬのは、雅彦です」
まあ、暴力で人を捻じ伏せたので当然のセリフか。
私は頭を下げたまま聞く。

義父は頭を上げなさい、と言い
「雅彦の性的指向について、わたしも気付いていたんだ……」
義父の目が潤んで唇を噛み締めている。

「アイツが結婚すると電話してきたとき、
雅彦のことについて、わたしも少し承知していたが...…」

義父は目線を落とし、しばらく黙り込んでいた。「でも、それについて詳しく聞くわけにもいかず」

義父は知っていたんだ……。

「菜月さん、本当にすまなかった」
義父は胡座から正座に座り直すと深い謝罪があり、
「お義父さんのせいじゃないですから」
私は咄嗟に義父の肩をさすっていた。

「わたしも妻も雅彦が思春期ぐらいから、他の男の子と変わっているのに気づいていたんだ」

私から何も言えない。

「あの子は友達が多いので安心していた。
学校生活、部活も楽しそうに話していたし。
でも」
「でも?」

「妻が雅彦の部屋を掃除しているときに、
なんというか、いかがわしい雑誌があるのに気づいて。
男の子が女性の裸に興味を示すのが普通だと思い込んでいたから……」
「そうですね」

「わたしは妻に、一次的なものかもしれないし、
面白半分に友達から借りたのかもしれない。
そう、話して聞かせたんだよ」
「はい」

「雅彦が東京の大学に進学したいと相談されて、
偏差値もその後の就職も良い大学で賛成したんだけどね。雅彦の目的は大学で勉強するんじゃなくて、
まあ、そういう世界へ出入りしたかったという」

私は不思議に思った。親がそこまで知るもの?
「お義父さんはご存知だったんですね」

義父は私の肩を撫でる手を左手で捉え、目を逸らした。
「ある程度は知っているものさ」
「雅彦さんの同級生が広めたとか?」
「田舎ならではの事情で、わたしも雅彦のことをある程度承知していたよ」

義父は私の相槌に、様々な出来事が悪い予感と一致するたび「どうしてうちの子が⁈」と
悪い予感を打ち消す要因を探しては、砂で作ったお城が波に攫われるダメージを受けたと語る。

個人個人が携帯電話を持つと、雅彦の両親の反応が見たい。
悪意を持って雅彦の『証拠写真』を突きつけて冷淡に罵る人もいたらしい。

町の寄り合いではあからさまな差別発言があり、
義父は自治会を退会しようと決意させるなど、苦しかった心境を私に告白してくれた。

義父は、
相当疲れているように両手を顔に上下させた。

「辛かったですね」

雅彦のそういう指向と突然の結婚の挨拶は、
義父にとって、複雑でありながら、でも人と同じになれて胸を撫で下ろしたんじゃないかと思う。

いきなり義父が声を上げて泣いた。
私へ繰り返し謝罪し泣き、義父の止まらない怒涛の感情は床の間に拡がる。

義父の涙をハンカチで拭い
「お義父さんのせいじゃない」
今ある力で義父の肩を抱いた。あなたのせいじゃない。

お義父さん、雅彦のせいじゃない。

「お義父さん、今は雅彦さんの回復を祈りましょう」義父の顔を覗き込み、
表情筋に逆らい、精一杯の笑顔を見せる。

義父の肩を借り、立ち上がり
「お昼、何か作りますね」「待って」

義父の右手に力が入り私はどうしてか力が抜ける。
そのまま私は義父の前にだらしなく座り込み、
ここへ来るのを後悔した。

(お義父さんはどうしたいんだろう)
義父が急に男に見えて、後退りしそうになる。
この間が隙なんだろう。

私はポケットの中に手を入れ、くたびれたお守りを出し
そして義父の右手に握らせる。
「お義父さんが持っていて」
義父は私の手に左手を重ねて「すまん」

まだ時間は正午を回らない。
正気に戻ると『ジアイ』の三文字が頭を巡り、
それがまた悲壮感を呼び寄せる。

畳の上にはマジックが隠され、外より何倍も陰鬱な気がするのは私だけだろうか。

義父も私も沈黙の中で、前向きになれる要素を探してみたが、確証になるものは乱れて中途半端に宿る虚しさを感じていた。

「雅彦の性的指向で、生涯孫が抱けなくても
わたしは雅彦の人生だからと容認したつもりで。
菜月さんにはお詫びが足りないほど、すまん」

(何でも親のせいじゃない)
本当は言いたかった。
どんな子どもが生まれてくるか親は選べないのだから、そんなに謝られても私が困るだけ。

この時点では、雅彦がゲイであっても私に差し支えはなく、むしろ私へ暴力を振るった事実だけに焦点を当ててくれたらそれでいいのに。

「菜月さん。もし、雅彦が帰ってきたら。
出来ることなら孫の顔が見たい」

突然の申し出は、
頭の中にあった『ジアイ』が消えた。
いや、それは無理です。

方法として子どもが作れたとして、それは方法であり、子孫が誕生するという意味を持つ。

世間一般でいう、人間同士が愛し合い睦みごとへ発展し、子どもが生まれてくる。

または、医療の技術を借りて子どもが生まれてくるのとは全然違う、それ以前の、
雅彦も私も親にはなれない気がする。

それは、雅彦と私に親になる意思がない。

義父は町の人を見返したいから孫がほしいのではないか。

純粋に「おじいちゃん」と呼ばれたいからかもしれないが、
本当は周囲への仕返しに似た感情で私や雅彦の子どもが見たいと言っているとしか受け取れない。

「こればかりは雅彦さんの意思も確認しないと。あとはタイミングですね」

私から義父に言えるギリギリの言葉だ。

「お昼に簡単なものを作ったら帰りますね」

これから先はどんなに義父に泣かれようが私は逃げよう。逃げるのも思いやりだ。

私を娘のように思ってくれ、財産分与の話までになったのに、私は冷たく断る。
人としてどうなのか問われたら、無責任な返事はできないと突っぱねる。

誤嚥性肺炎の雅彦と高齢の義父に同情するからと言って、できないことを容易く返事ができるほど私は器用じゃない。

私に妊娠や出産の了解ができても、雅彦のことだ。
病院から元気になって帰ってくれば、また男漁りに余念がなかろう。

雅彦に縋りついて「子どもがほしい」なんて、
また暴力を振るわれるチャンスを作るだけで、なんの良いこともない。

昼ご飯を作り、義父の家を後にした。
暫く義父に会うのを控えようと決め、坂道のペダルを踏み込んでいく。

もっと要領よく、義父に良い顔を見せれば
義父の余命は孫のことで期待が膨らみ、今より明るく照ったかもしれない。

まあ、でも。

ゲイだと街中が噂を立てたとして、私という嫁が来ただけでも義父が受けた仕打ちの半分は巻き返せたのではないかと考えたりする。

偽装結婚でもなんでもない、純粋な婚姻だ。

雅彦の行いは既婚者としてどうなのかは、さて置き
妻の私は家庭を守り、義理の家まで面倒をみて、
雅彦の家に充分尽くした。

「私はやることはやってる」


帰宅すると、一目散に義父から預かった紙袋を押入れに納め、疲れが押し寄せた。

電気カーペットの上へ寝転ぶ。

相続か……面倒なことになっちゃうな。
雅彦が退院して、生命保険や土地・家屋の名義が私の名前に変更されたのを知ったら。

私はまた暴力を振るわれる。 
雅彦が入院している間に私が義父と良からぬ関係になったと疑われるかもしれない。

義父が良かれと思ったことが、後の私を苦しめ、
こちらから頼んでないことはやってほしくない。

世の中的には贅沢な嫁かもしれない。

だが、DVを受けている私には、なるべく寝た子を起こす真似はしてもらいたくないのだ。

雅彦が原因であっても、私に転嫁される現実。

恐怖と嫌悪の中で生きている、今。
雅彦と私は価値観も違っている。

雅彦が気に入らないと顔にアザができるほど叩かれ、明け方に裸足のまま家を出て交番へ行き、
書類を作成してもらっても、そのまま朝には家へ戻ってしまった惨めな私。

「今日は早く帰れるの?」
何気ない一言に雅彦は癇癪を起こし、バッグで頭を殴られたときも、テーブルをひっくり返し部屋一面に調味料を投げつけたときも私は
「まだ新婚なんだから」

離婚事由になりうる決定的な要因って、本当はあまり存在しない気がしてきた。

雅彦が暴力を振い、ゲイで私を愛してないとしか理由がなく、離婚への行動に踏み切れずいたのも事実だった。

同じ家に住むからといって何も改善されないのに、私は何を期待していたのだろう。

そういえば……。
雅彦が私に対して暴力を働くのは、支配欲が強い男だと分析できても、私は心理的に男性依存型の女なのか?

周りを見渡すと『支配』と『依存』の組み合わせが多く、磁石が引き合うように結婚することが多い。

雅彦と婚活サイトで知り合った頃、
これと言った恋愛カップルらしいことはしていなかったのに、雅彦に従順で、それに対して褒められるのが喜びだった。

50を過ぎた雅彦と結婚を決めたのは、
男は女に「愛想がない」「もっと笑顔で」
普通に振る舞っても注文が多い。

そして顔への評価が強く、
「ブス、ブス」人前で言わなくていいじゃない。

しかし、そんな『ブス』な私を性的対象にして、
高校時代、いきなり部室で先輩から押し倒されて必死に逃げた経験がある。

それからは男性が怖いし、汚く感じた。

雅彦にはそれが一切なかった。
顔や表情への批判、そして性行為の強要。

「この人となら、歳の差があっても良い家庭が築けるかもしれない」
……私の見る目はなかった。


でも今は、全く魅力を感じなかった優のような一見遊んでいるタイプの魅力に気づいた。

結婚して痛い目に遭う間、男性観が軌道修正したのかもしれない。

私の価値観が変わっていった気がする。

優のことは、低音で柔らかな物腰の話し方。
ピアスやタトゥーがあっても隠しきれない知性は、爪を隠している能ある無口な鷹。

程よい筋肉と程よく焼けた肌。
程よく生えた体毛や首筋そして腕の血管。

マリンを拾った日、
「帰りたくない」
もっと優と一緒に居たいと願った。

自分が既婚者の立場で、優はいかにも女慣れしていそうだったが、私はこの人に抱かれたい。 
優から鍵を渡された手を離せずにいた。

行きずりの恋で男女が関係を持つなんて、
ふしだらな女性がやることで、
例えば「ドキドキ感」を重視しがちな恋愛体質の女に有りがちだと軽視していた。

ああ、でも私がしたのは不貞。
浮気をしている雅彦を責める筋合いはない。
優とマリンのことが知られなかったのは幸いだ。

それでも私はやれることはやり、別居までしたのだから、そこはよくやったと褒めてやりたい。

調停離婚に漕ぎ着け、やっとの思いで家庭裁判所の方々へ話を聞いてもらっても無駄に終わった。

あれもこれも頭の中を回り出す。
義父はそんな私の痛みや想いなど全然分かってないんだと、落胆で足元のゴミ箱を蹴飛ばした。