わたしが水に流さない理由
休会を経て、ぼちぼち復活ですよ。
どのツラ下げて再び投稿すりゃいいのか、一応、羞恥心が備わっているのでブレーキを踏んだ。
休会は退会じゃないし、ああ、でも、休会しますなんて記事を書かなきゃよかった。
だけどなぁ。
あのときは、いや、
かなり長い間辞めたいと思っていた。
「わたし、どうしてこんなことを言われているんだろうか」
どこでトリガーを引いてしまったのか。
わたしに『No』を告げる権利はないのか。
何をしなくても、何をしても、攻撃する人はする。
「コイツ、こんなヤツ」とわたしが意識を変えるしかない。それが互いにとって最良。
自分の反省点を確認し、自己責任分だけは引き受けるつもりだ。
水に流す……ワケないだろ!
取り巻きに言われたけど、
取り巻きは死にたくなるまで他者から叩かれてりゃ性根が直されるぞ。
「水に流す」とは、被害者のわたしにしか言う権利はない。
加害者や相手の取り巻き、外野が決めるんじゃない。
特に取り巻きへ言いたいのは、わたしの感情はわたしが決定する。他人の感情は取り巻きには一切決定権はない。
分かりやすく説明すると。
あなたがナイフで刺されました。
血が吹き出して痛いです。
完治してもケロイドが残ります。
一部の神経が切れたようです。
時々、トラウマが蘇ります。心も傷つきました。
さて、そんな事態に親から
「済んだことでしょう。忘れなさい」と言われたら、あなたは水に流せますか。
親から言われて納得しますか。
親の言葉は二次加害だと傷つきませんか。
特に、自分が刺された状況を親が見ていないのに、「あなたにも落ち度はある」と言われたら、あなたはどう思う?
「加害者はメンタルが病んでいて、且つ、持病もあってもうすぐ死ぬんだよ」
加害者の診断書がないのに、親から言われて、
あなたは許せますか。
診断書があっても、やっちゃいけない。
これを決めるのは、刑法39条に該当するかジャッジする裁判官であり、心の中はあなたが決めるんですよ。
もう一つ。『お互い様』について。
過去にあなたは人を傷つけた。
今回、あなたは太郎に傷つけられた。
だから、あなたは太郎を許せ。
お互い様でしょう。
これ、三段論法になってないからね。
① あなたが誰かを傷つけた
② あなたが太郎から傷つけられた
これは『別件』『別個』の事案なんだよ。
だから、
③ あなたは太郎を許せにならないの。
あなたが太郎から傷つけられた責任を負う必要はない。太郎は太郎で罪を償うの。
そして太郎が誰かに傷つけられたら、太郎は被害者になるんだって。
原則、過去の経験と現在の被害は相殺されない。
取り巻き達の都合の良いように、他人の痛みをコントロールしたいという無責任な、第三者の身勝手な主張に過ぎず、被害者の尊厳を真っ先に踏みにじるもの。
他人の気持ちになって考えるとは、自分だったらどうなのか置き換えること。
人の尊厳とは何かを考えな。
ね?
「水に流す」とは、被害者が決めること。
この場合に「お互い様」はないこと。
休会から再開へ。
憎まれっ子世に憚るという言葉がありますから。
まだ業務に慣れてないので、毎日投稿はないとしても、気が向いたら書いてみようと思う。
休会中、自分の過去記事を読んだ。
「わたし、こんなことを書いていたんだ」
声に出して笑ったし、なにより過去の自分に慰められた。
そうか、わたしは自分のために書いている。
書くことも水に流さないよ。
