見出し画像

小説: ペトリコールの共鳴 ㉚

←前半                  後半→

第三十話 ある孤独への見守り ⑤


 外に見える白い木に人間が集まりスマホを向ける。

 タツジュンは泣き止み、僕との間に沈黙が続く。
僕へドライフルーツを渡してくれ、出窓に寄りかかりコーヒーを啜る。

「ねぇねぇ、人間が集まってるあの白い木。
あれ、なに?」
タツジュンは振り向きもせず
「桜」

「ごめんね、さっきは怒って」
僕から先に謝ろう、タツジュンは悪くない。

「いや、キンクマの気持ちも分かるよ。
心配してくれたんだろう?
俺のメンタルがおかしいのは、自分でも分かる」

「さっきから考えていたんだ」
タツジュンは前置きし、
「人が孤独や寂しさを感じるようになった背景。
なんだろうな、って。
いくつかの要因が考えられるけど」

「そうなんだ」「うん」

「まず、急速な社会の変化や価値観の多様化かな。俺が生まれる前、高度経済成長期あとね。
家族の形に変化があったんだ」

「変化?家族が変わったの?」 
僕は想像が追いつかない。
「それから?」

「昔はおじいちゃん、おばあちゃんと住むのが普通で地域の行事が盛んにあったんだ。
ところが近年は人間関係が希薄になったね。
マンション住人の名前も知らんし」

「うん」

「生活様式っていうか、
田舎から都会で生活する人が増加し、
お父さん、お母さん、子どもがいる核家族が主流」

「へぇ」

「経済がバブル崩壊し、受験の激化や就職難の氷河期を経て個人化が進み、人の間へは格差ができて、
長時間労働や過密なスケジュールで家族との団欒は減り、人の心の拠り所が失われたんだ。
そういうのも孤独を生み出すな」

タツジュンはコーヒーカップとは逆の手を見ながら
また沈黙になる。
このまま黙って耳を傾けよう。

「それに、ネットの発達で一人ひとりがスマホを持つとSNSなど情報テクノロジーが発達したんだ。
実社会に友達がいなくても、スマホが友達で。
 SNSで派手な暮らしをしている人と自分の比較。
自分の欠点ばかりが目につくんだ。こういうのも孤独の原因かな。
 出来やしない自己啓発が盛んにネットを踊り、
成功体験が積めないから自己嫌悪に陥る。
 実社会では、大企業にいてもリストラがあり、年功序列や終身雇用まで弾け飛んだ。
 昭和の価値観で精神論を振りかざす年長者から受ける言葉の暴力。心が病んでも逃げ場所がない」

タツジュンの小さく吐く息が聞こえ、

「まあ、オンラインでの人間関係が増えたよ。
コロナ禍って、世界中にコロナウイルスが蔓延して
実社会は対面での交流が不足してきたんだ。
俺も結婚前にリモートワークって家で仕事してさ。孤独を抱えやすくなったな。
なんていうか、pcを通して見えるだけじゃ、先行きが不明で閉塞感を覚えたりね。
満たされない人間関係のあり方を感じたよ。
そんな世の中は企業の倒産や学生を中心に就職難。競争社会は自己実現やステータスへの強迫観念が圧力でさ。
人間らしい繋がりを持てなくなった感じかな。
それでも人は物質的には豊かなのよ。だから、他人へ求めるものが厳しいなぁ。
それで精神的な支えが得られないんだ」

「じゃ、独身の人が増えてるの?」

「うん。
給料が上がらず貧乏なままじゃ、恋人は作れん。
当然結婚まで至らず、至っても子どもは無理。
こんな現代社会の構造があると孤独かもしれん」

 ゆっくりとした口調のタツジュンは、僕が生まれる前の話をしてくれた。
知識としてネットで読んでいたことの裏側へ人間の孤独が潜んでいたのがなんとなく分かった。