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「連載小説」『The Last Job』第5話: 「ファーストクラスの論理」


L-0αの沈黙が、怒声で破られた。

「……キド、そこまでだ。やめておけ。」

重く、低い声だった。
その瞬間、空気が変わった。埃と冷気が混じった地下室に、どこか無機質な威圧が差し込む。

ユウマが反射的に振り返る。
そこに立っていたのは
──仕事の同僚 新井先輩だった。

だが、見慣れた作業着姿ではなかった。
今日の新井はスーツを着ていた。無駄のない仕立て、無表情なグレー。
胸元のラペルには、見たことのない光を反射するバッジが留められていた。まるで、どこかの組織の証のように。

靴は黒く、艶やかで、埃ひとつついていない。
この“記録から消された部屋”に、そんな清潔なものを履いてくる人間がいる──それだけで、異様だった。

その姿は、まるで「この世界のルールそのもの」のように、冷たく、そして強制的だった。

「相変わらずだな。正義に酔ってる。」

新井の口元がわずかに歪んだ。
だがその目は、感情の温度を一切含まない。

キドが目を吊り上げる。
まるで反射的に拳を握りしめた。

「酔ってねぇよ。現実に怒ってるだけだ。」

「現実を知らないのはお前だ。お前の“怒り”は、構造を理解していない。」

キドの目が鋭くなった。

「……おい。お前が、ユウマを誘導したのか?」

新井は少しも動じずに応じた。

「違う。彼は、自分の意思でここに来た。」

「はっ──」キドが鼻で笑う。「お前、自分じゃ俺の居場所を特定できなかった。だからユウマを“トラッカー”代わりに使ったんだろ。最初に“案内”したのは、お前だ。」

一歩、踏み込む。
ユウマのすぐ隣まで、キドの気迫が迫ってくる。

その言葉に、ユウマの顔がわずかに曇った。

新井は目を逸らさず、静かに言った。

「──必要だったんだ。彼に、“現実”を見せることが。」

「ふざけんな……!」

キドの拳が小さく震える。
ユウマは二人の間で立ち尽くすしかなかった。

ユウマが口を挟もうとするが、二人の言葉は止まらなかった。

「……たとえるなら、だ」

新井がわずかに笑みを浮かべる。

「この世界は、飛行機だ。ファーストクラスの乗客──それが、今の上位5%の資産家たちだ。
彼らがチケットを買い、機体の利益を担保している。だからこそ、俺たち残りの乗客──エコノミーの人間は安価で便に乗れる。
すべては、“成立している構造”なんだよ。」

キドが鼻で笑った。

「それが“成立してる”ってか?じゃあ何だ、俺たちは空を飛ばせてもらってるから黙って耐えろってか?」

「事実を言ってるだけだ。」

「お前の“事実”は、奴隷制度を正当化するためのマニュアルだよ。」

ユウマの胸がざわついた。

新井がわずかに眉をひそめた。

「構造を壊せば墜落する。革命のつもりでやってるなら──せめて、誰を巻き込むかは考えろ。」

「もう巻き込まれてるんだよ、俺たちは!
“思考”にすら課税されて、“心”を覗かれて、名前を消されたまま取引されるんだぞ!
それでも黙って“乗せてもらってる”って感謝しろってのか?」

沈黙。

どこか遠くで、旧型の冷却ファンが軋む音がした。

新井はしばらく黙ったあと、言った。

「それでもこの国は、まだ“選べる自由”を持ってる。
ファーストクラスを目指す道も、降りる選択肢も。」

キドの声が低くなった。

「選べるって言うな。選ばせたつもりで、“選ばされてる”だけだ。」

そして、壁のモニターに映る、瓦礫の中で笑う少年の画像を指差した。

【LOVE】

「これを“愛”とラベルしたラベラーがいた。壊れかけた心で、誤って──でも、それをAIは学習した。
その“誤認”だけが、俺たちの“抜け道”だ。」

「つまり、“間違い”こそが人間の希望か?」

新井は少しだけ表情を変えた。
諦めとも、納得とも、何ともつかない曖昧な顔だった。

「その希望を、守りたい。それだけだ。」

そう言って、キドはユウマの肩に手を置いた。

「……ユウマ。まだ決めなくていい。ただ、あんたの中にも“怒り”があるなら──そいつを見失うな。」

ユウマは黙って頷いた。

新井は一歩、扉の方へ歩み出す。

「怒りが動力になるのは構わない。だが……」

振り返らずに言った。

「燃え尽きたとき、何が残るかを考えておけ。」

そして彼は、闇の中へと消えていった。

静寂が戻る。

キドは天井を仰ぎ、長く息を吐いた。

「……さぁ、行こうぜ。もうアイツと関わるなよ!な?」

ユウマは新井が消えていった
闇をまっすぐ見つめた。


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