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【現代文】この私 どう見えている 貴女の目

 現代文の鬼教師による読書感想文の宿題。高校2年生の13作目は丸谷才一の『日本語のために』であった。私が生まれる2年前に発行された評論である。では早速、30年以上も前の私の思考回路を覗いてみることとしよう。
 
 「丸谷氏は日本語について深く悩んでいる。こんなに深く悩んでくれる人がいるなら、わざわざ私が一緒になって悩む必要もないと思うが、宿題だから悩もう。
 作者の考えは論理的で、なるほどと感心するものが多い。けれど少々ねつく、屁理屈に思えるところもある。
 
  たとへば、『彼ら』が『空の鳥』を受ける代名詞としてふさはしいかど
  うかは、かなり議論の余地があるだらう。普通の読者ならば、『彼ら』
  とはいつたい誰なのかと、しばらくの間きよろきよろ探さねばなるまい
  し、それが『空の鳥』を指すに相違ないとすばやく推測することができ
  るのは、翻訳ものの探偵小説やノンフィクションの悪訳に日頃ずいぶん
  親しんでゐる人々だけであらう。
 
 考えすぎではないか。私は『彼ら』を読んですぐに『空の鳥』の複数形をイメージすることができた。『日頃ずいぶん親しんでゐる人々』に属さない私でもだ。丸谷氏はこの聖書の口語訳について『極めて劣悪だ』と半ば感情的に語っているが、私は攻撃のパワーに圧倒されて味方にも敵にもなれない。
 
  たとへば『それだのに彼ら』といふ一句ははなはだ耳ざはりで、不快で
  ある。『それなのに』といふ耳にこころよい言ひまはしを訳者たちは知
  らないのであらうか?
 
 言葉の選択に妥協せず、口調や音に神経質になることは大切にしたい。私が『だのに』という日本語を知ったきっかけはザ・ブロードサイド・フォーの歌『若者たち』である。『♪君の行く道は~果てしなく遠い~だのに~』というあの歌だ。確かに、『だのに』という語の響きに当初違和感を覚えたし、以降この歌以外に『だのに』の使用例を知らない。ましてや、この歌の場合は『だのに』単独であるが、『それ』が頭に付いて『それなのに』と『それだのに』とを比べると、むろん文法上誤りではないのだろうけど、あえて『それだのに』を採用した積極的な理由が欲しくなる。
 だが、もうこうなってくると、個人的な趣味の問題ではないのか。私なんかは『だ』という濁音が入っている方が、イエスの厳しい態度や強い否定が含まれていてよいとも思えるし、珍しくて印象にも残るからよいとも思える。それに『耳ざはりで、不快』だという訴えを認めれば、世の文章の『それだのに』は全て『それなのに』に改められることとなり、『それだのに』という日本語がやがて絶滅すなわち古語化していくことになるだろう。この一種の言葉狩りに私は同調する気になれない。とはいえ、こんなに怒っている人に対して有効な迎撃ミサイルはあるのだろうか。」
 ――ミサイルという物騒な「言葉の選択」に唐突感があるが、この感想文を書いたのが1993年だった事を踏まえれば、時事ネタだったのだろう。湾岸戦争を終え、イラクが発射したスカッドを米国のパトリオットが迎撃した率の低さが議論になったり、日本でも地対空ミサイル防衛システムの強化が話題になったり、そんな時節柄であった。尚、30年以上経った現在、国際社会の物騒さは変わらないどころか寧ろ増した様相である。『日本語のために』出来ること、それは先ず根本的な部分で母国の平和の灯を消すまいとする意志や態度に求めるべきではなかろうかと、オトナになった私は本来望ましくない危機を身近に受け止めるようになった。流石に高校生の私が「言葉を守ることが国を守ることに通ず」といった領域にまで脱線しているとは思えないけれど、少なくとも日本語の在り方については見解を述べている筈である。原稿用紙の続きを捲ってみるとしよう。
 
 「しかし、生まれては消え、消えては生まれ、日本語は今日まで変化し続けてきたのである。私のこの感想文が長い歳月を重ねて『古典』となる日が待ち遠しくもある。
 大昔から文法が同じであれば、源氏物語だって枕草子だって口語訳を介さずに読めるだろうし、古文なんていう面倒な教科も存在しないだろう。しかし、食器や寝具と同様に、言葉も私達が毎日使う大切な道具である以上、時代のニーズに合わせて絶えず変化することを避けられない。若者が造語を流行させるのも自由であれば、お年寄りが方言に固執するのも自由であり、互いに意味を理解できる者同士でしか会話を成立させないのも自由。言葉とはそもそも必然的に勝手な生き物であり、その勝手さを言葉が乱れるとか乱れないとか論評する自由も含めて勝手なのだと私は思う。
 『ナウなセンスのフィーリング』が西洋かぶれだろうと何だろうと、国民に浸透していく流れに逆らうのは自由だが、禁止はできない。『アイはキャットである。ネームはまだナッシング』などといってヘソを曲げても、禁止はできない。『落ちつきがないから』、『思ひがこもらなくて』という丸谷氏の嘆きをよそに、『ナウい』は一時流行語となった。それが国民の出した答えだ。
 私は丸谷氏の批判をしつつも、決して本書における主張が無駄だと言っているのではない。時代の波に逆らうほどの泳力があるなら、また丸谷氏にはそれだけの泳力もあるし、旺盛な反骨精神もあるだろうから、そういう人が泳ぐだけ泳いで、泳いで泳いで泳ぎまくって、それによって新たに別の波を起こすのも自由であり、誰にも禁止できないではないか。そういう当たり前のことを前提に、私には泳ぐ気がないことを宣言するまでである。」
 ――以上が、私の読書感想文の全文である。まあ、ここまでの感想文を仕上げたのだから、高校生の私も十分泳いだもんだと自分で自分を褒めてやる。
 
 実は鬼教師の宿題はここで終わっていない。原稿用紙に押された検印の日付から、間髪を入れず14作目の課題図書が更に出されていると判ったのだ。過去の自分自身に起きた事に「判った」と表するのも妙ではあるが。
 『日本語のために』を読んだその熱が冷めない内に、言語に関連する考察をより深めてほしい狙いがあったかどうかは定かで無いけれど、作品は鈴木孝夫の『日本語と外国語』。私が中学1年だった時に発刊された本である。無論、30年以上も前に私が述べた感想なんて忘却の彼方だが、何となくこちらのほうには「言葉を守ることが国を守ることに通ず」に近い内容が書かれている予感がする。いくら時を隔てていようとも、今の私と同一人物が書いたものには変わりないからだ。では、その思考回路を覗いてみることとしよう。
 
 「色についての言及が前半にあるが、私はどんな言い方をしてもいいと思う。色の言い方は言葉の問題であり、作者の『弁別的用法』と『専門的用法』との違いであるという意見に賛成である。
 太陽やリンゴをイメージする色が人によって異なるのは、その人の育ちによるものであり、当たり前のこと。色はその人の生き様の一部。とりあえず私達にとっては母国流に色を表現するのが最も手っ取り早く、無意識にそうしている。一方で、相手に自分の意思が伝わらない状況を相互理解の妨げと捉え、イメージする色の異なる相手に自分達の考えを説明しようと試みる人もいる。しかし、この行為はありがた迷惑となる可能性を秘めている。この人の価値観では、相手に自分を知ってもらえるよう努力するのが当たり前ということになるのだろうけど、説明を受ける側の価値観がそれを求めているかどうかは無視していることになるからだ。自分を知ってほしいという願望が、相手のことも知りたいという願望とセットの場合、相手の反応が期待どおりにならないと、なかなか納得しづらいだろう。とはいえ、ここは世の中、相互理解を深めたい人間ばかりでもなかろうと妥協してほしいところである。
 日本人が、いつも笑顔で何も言わず控え目な人種であると受け止められるのは、この妥協の精神のためではなかろうか。すなわち、他人は他人、自分は自分という妥協であり、相手が自分と異なる色について話しかけてきても、聞くだけ聞いておくという姿勢を貫く妥協である。日本人にとってはこれも会話の術なのだが、外国人は会話自体が成立しない状況をストレスに感じるのかもしれない。
 また、太陽もリンゴも赤いものだと大声で世界に訴えれば、その考えが定着し、世界の常識となるものでもなかろう。それに、太陽や封筒が黄色だというフランス人に日の丸や茶封筒を見せながら日本の常識を披露したところで、それが単なる文化交流以上の効果的な何かを生み出すとは限らず、時と場合や方法によってはむしろ文化侵略の引き金にすらなりかねない懸念が私にはある。日本でも、例えば宇宙を解説する図鑑などには、太陽が黄色で描かれていることが少なくないのだし、その地の人々によって守られてきた文化圏に余計な異物は持ち込まないほうが無難なのではなかろうか。
 私のこうした考えは、要するに、互いに大切にしている色のイメージがあるならば、互いにそれを守ればいいだけの話ではないか、わざわざ大声で色の違いを語り合う必要もなかろうという、諦めにも悟りにも似た内政不干渉の原則を自らに課している感じである。言い換えれば、郷に入っては郷に従え、といった信条だ。英語でも『When in Rome, do as the Romans do.(ローマにいるときはローマ人のごとくせよ)』という教えがあるではないか。この考えはもちろん日本の文化に対しても不干渉であってほしいという外国への期待を含んでいるのだが、中には避けられない流入もある。大国の文明に凌駕された経験上、大国に倣うべしと自ら手を伸ばし触れようとしたものについては、文化侵略とは呼びがたいだろうし、仕方あるまい。ただし、そうはいっても、この流入でさえありがた迷惑となる可能性は秘めている。
 英語が苦手な立場からの愚痴であることを承知の上で言うと、例えば英語教育。現在、私達二年生は国語六単位と同時に英語五単位(成績は一.五倍を掛ける)を必修科目として学んでいる。校舎内だけの話ではない。街には英会話教室が繁殖している。かたや、いったい英語圏の何パーセントの人が日本語を学んでいるというのか。これは言語文化の『教養』というよりも『強要』ではないのか。言葉だけの話ではない。米国ではPrime Minister Hosokawaを知る人は一パーセントにも満たないというが、日本でクリントン大統領を知らぬ人は馬鹿者扱いである。どうにもならない事とは申せ、これは隠れたる侵略ではないのか。
 反論は想定している。『あんたは何を言っているんだ。私達が英語を勉強するのは、世界が一つになるための共通語を必要としているからではないか。英語教育の目的は英語圏文化による世界統一ではなく、文化の異なる世界各国の共通利益の追求にあるんだ。』と言われてしまうと、ぐうの音も出ない。まあ共通語には、世界において発言権が強い国の母国語であり、利用範囲が広く利用人口が多い言語である英語を採用するのが合理的だろう。だが、そう考えると思い出したが、オリンピックのアナウンスが英語より先にフランス語である事を初めて知ったときにはそれなりの衝撃が走った。これに明確な理由があるのかどうかは知らないけれど、フランス語が外交上の標準言語とされたことのある歴史や、オリンピックの第一公用語に定められた偉業は、フランス語が世から消えぬ限り誰にも覆せない。平和を理想とする大前提を維持して言うが、日本だって戦争に勝っていれば、日本語が何かの場の公用語に食い込めたかもしれないし、あいうえおを唱える子供達の輪がもっと広がったかもしれない。いや、待て待て。そう、まさに『待て』である。『待て』『始め』『一本』は国際柔道連盟の定める共通語ではないか。
 世界も捨てたもんじゃないということか。日本発祥の武道への敬意に対して敬意を表したい。世界はどうしても権力や武力や人数による統治構造を支持または容認してしまいがちだけど、欧米列強による植民地支配が、言語の侵略でもあった点は否定できないだろう。優れた国の文化が劣った国の文化を飲み込むのは避けられない現象だと思いがちだけど、文化の優劣なんて言い出した時点で地球人の資格はない。
 地球人の私には、英語が苦手な代わりに心がけたいことがある。それは世界各地の貧困層や難民を見て、あの家の子に生まれなくて助かったという安堵感や優越感の入り混じった気持ちを断じて抱かないことである。私が見ている『あの家の子』にも、愛する父や母がいる。兄弟でも友人でもご近所さんでもいい。かけがえのない情で結ばれた社会があるのだ。たまたま『先進国』『経済大国』という嫌な響きを持つ国の首都に生まれた境遇から、つい裕福さだけを幸福さを測る唯一の物差しにしてしまいがちだが、これは卑しい。また私自身が日本国内では比較的貧しい家庭に属する境遇から、金持ちイコール幸せという先入観を拭いきれないのも恥ずかしながら事実であり、これも卑しい。そりゃ金持ちに越したことはないけれど、親を恨んだことは一度もない。生活苦はともかく家庭や故郷を誰かから憐れまれる筋合はない。やはり当人が大切に思っている色や価値観に他人が勝手に立ち入るのは大きなお世話なのだ。この自覚だけは忘れまい。」
 ――以上が、私の読書感想文の全文である。そうか、「Hosokawa」って書いているけど、総理大臣が細川護熙さんだった時世か。記者会見中ペンで質問者を指名するのがカッコよかったな。この国が自民党の一党独裁国家では無かったのだという新鮮さに魅了されたことを憶えている。大学生になると私は貯めたバイト代で水前寺公園を散歩し、熊本のお殿様の気分を味わうのだった。もうその頃には村山富市内閣だったけれど、労働組合役員経験者の首相就任というこの出来事にも驚いた。因みに村山さんが映画『男はつらいよ』に出演した時にはもっと驚いた。物見遊山で国会議事堂へ行った折、土産物の売店で購入した村山さんの色紙は今も大切にしている。青春訓の一節が毛筆で書かれた色紙だ。蛇足ながら「参議院」と記された瑠璃色の提灯も一緒に買ったのだけど、これは引っ越しを機に手放してしまった。――こういう詰まらぬ事の1つひとつが私の“色”なのだ。きっと同じ様にアメリカ人にもクリントンさんに纏わる思い出があるだろう。
 17歳の私の感想文を49歳の私は賞賛する。人間の幸せとは、資産の様に数字で見えるものでは無く、本当は「見えないもの」を拠り所とするのだとハッキリ言い切ったのだから。才能もそうだ。どうやら人間の才能の内、学力や記憶力や分析力等々テストの点数で見えるものが、その人の生涯の充実度に直結する訳でも無い様で、遠慮無く云えば、これらの才能は機械に任せれば済んでしまうし、寧ろ機械のほうが優秀だ。人間のみ可能な業に目を向ければ、思いやりや気配り、勤勉さや謙虚さ、根性や熱意、そういう「見えないもの」こそ人間の魅力を左右する真の才能なんだと誰もが気付く。そりゃそうだ。思いやりや気配り、勤勉さや謙虚さ、根性や熱意を備えた人であったら、相当に幸せな生涯を送れるだろうことは容易に想像出来る。
 
 さて、著者の鈴木氏は言語学者であり、慶応義塾大学の名誉教授まで務めた人だ。私が社会人3年目の年には日本野鳥の会の理事という顔も持ち、春奈と私の関係が翳り始めた令和3年目の年に94歳で鬼籍に入っている。
 そうか、春奈と別れてもう3年半になるのか。彼女と共にした時間は今でも私の宝物。その会話は卑猥だったが、まさに私達は二人だけの“色”を大切にしていたのだった。あれはラブホテルで枕投げに興じた後、疲れ果ててボーっと仰向けになり、天井の安っぽいシャンデリアを見上げていた土曜の夕刻だった。夫婦でも無けりゃ恋人でも無い愛人関係の二人が作った歌がある。
 「ナスを上手に料理する そんな奥さんオレに無し 奥さん居ないせいだろか 奥行きの無い我が人生 薄い財布と薄い幸 財布を持って出掛ければ オレのナスビを料理する 恋女房を見付けたり 嫁に食わすな秋のナス 食わせていいのはオレのナス」
 この私の茄子の歌を受けて――お互い短歌では無いけれど――横で春奈が“返歌”を寄越す。
 「アワビ上手に料理する そんな夫は姫に無し 夫の居ないせいだろか おっとり弛んだ我が人生 薄い財布と薄い幸 財布を満たしに出掛ければ 姫のアワビを料理する 可愛い奴隷を見付けたり 旦那に食わすな大アワビ 食わせていいのは姫アワビ」
 この二人にしては高尚な遊び。が、中身が言うまでも無く極めて下品。こんな風に暮らす事が頗る心地良かった二人なものだから、夫婦という「見える」幸せの形には達せなかったし、達することを「見えない」胸の内が拒んでいたのだろう。否、この評価は過大なり。私は彼女にフラれたのだったな。彼女にとって私というオトコは、太客から愛人へと“昇格”したものの、どこまでいっても結局は「財布」だったのだろう。否、この評価は過小なり。私は“その他大勢”のオトコ達の中から彼女に存在価値を見出されたのだったな。「財布」だろうと何だろうと御の字ではないか。春奈みたいな高嶺の花と船に乗り、その高嶺を飛び越えて、7年も雲上の綿津見を進んだのである。凡人サラリーマンにしては勇敢で冒険的だったこの航海を些かたりとて後悔することは無い。
 この日の宵も二人はシーツに広がる大海原に身を委ね、互いに上下逆方向に横たわり、互いの頭を互いの股に埋めては、互いのナスビとアワビを執拗に舐め回す。そして息継ぎのために唇を離した時、交互に歌の感想を喋り合う。「ヤケのヤンパチ日焼けのナスビ、色が黒くて食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯がたたないよときやがった」「何それ?」「寅さんの名台詞じゃないか。やっぱりプロは一味違うな。」「茄子の味付けが?」「んまっ、そんなところでござんすよ。作ってて思いやしたけど、あっしのナスビなんざぁ、茄子って呼ぶのが気恥ずかしい程チビじゃねえですかい。」「小茄子のほうがね、歯ごたえがあって、漬物とかにいいらしいよ。私のお口にたっぷり漬けてあげるね。」「アッ、ありがとうございやす。ヒッ、姫君、ところで、外国の言葉でも姫君のコレとかあっしのソレとかを食べもんに擬えるってな事があるんでしょうかねえ。」「bananaじゃない?」「ああ、バナナ、それ、あっしのほうですな。」「cucumberじゃない?」「キュー河童? ああ、胡瓜ね。それもあっしのほうですな。」「sausageじゃない?」「双生児? いや、全部あっしのですよ、姫君のは無いんですかねぇ。」
 ――ベッドの端に腰掛ける春奈。床に跪く私に脚をマッサージさせながらスマホで調べてくれた。その情報を鵜呑みにすると、oysterとは呼ぶ様である。ついでに彼女は夕食の会場も予約してくれた。難波の居酒屋で牡蠣の食べ放題コース。「ねえねえ、牡蠣の煮凝りなんてあるよ!」「珍しいなァ、頼んでみようよ!」
 煮凝りという料理、なかんずく魚介類の煮凝りは、日本特有の食文化らしい。魚介を煮て出たゼラチン質を冷やして固めたもの。化学的にはゲルに分類され、コロイド粒子の代表格なんですよね、女王様! とまあ、私は姫との晩餐の冷たい温もりの中で女王様のご指導を仰いでいた・・・つづく

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