火が燃やし尽くせないものは。(映画「アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ」を観て)
IMAX(3D字幕)で鑑賞。
3D映画を普及させた2009年公開「アバター」に興奮した私としては、前作は正直なところ“ガッカリ”な出来だった。善悪がきっちり分かれ、展開もありきたり。それでも興行収入は好調で(歴代興行収入第3位)、すでに第5作までの製作が決定されているそう。
“超大作”ならではの莫大な製作費が引き続きかけられている第3作「アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ」。3時間17分という長丁場でもあったため、どうなることかと思っていたが、非常に充実した出来栄えだと私は感じた。
私が面白いと感じたのは、大きく分けて2点だ。
ひとつ目は、全体的なスケールアップ。
パンドラの資源採掘を目論むRDAは前作で壊滅的な被害を負ったが、リベンジとばかりに人員および設備を増強し、再びパンドラへ。ありとあらゆる装備が高度化していて、戦闘シーンはめちゃくちゃ迫力があった。
何より新しいキャラクターであるアッシュ族のヴァランが素晴らしい。同じナヴィでありながら、“火炎づかい”としてサリー家やメトカイナ族を襲うという設定。ヴァランは仲間から“教祖”的な存在として崇められており、恐ろしさと美しさを兼ね備えつつ絶大な権力を握っていた。初めて銃器を目にしたときの無邪気さがキュートで、それまでの暴力性とのギャップも。クオリッチのように、危うくヴァランに肩入れしてしまうほどだった。
これらの悪役の存在が際立ち、物語の強度がグンと高まっていたように思う。
ふたつ目は、重層的な世界観。
キリが自分自身のアイデンティティと向き合うようになるなど、「アバター」という物語の核心に触れるシーンがたびたび現れた。ラストシーンでスパイダーが立った場所は、まさにパンドラという惑星に特徴づけられるような共生性であり、人類はやろうと思えば、いつでもどこでも、誰もが同じ世界観のもと共生できるという願望を投影させたもののようにも思えた。
家族とは何か、親子とは何か、戦うとは何か。
という、わりと古めかしいテーマを扱っていた前作が“フリ”になっているかのような、壮大な世界への収束は実に気持ち良く、3時間17分が充実したものに感じたのはまさにそういった仕掛け(演出)ゆえであったと思う。
火はすべての物体を燃やして灰にする。
しかし、調和のとれた心や仲間同士の絆まで燃やし尽くすことはできない。
ヴァランもクオリッチも、最終的にどうなったかが描かれていないため、おそらく第4作以降にも登場するのではないか。最終盤にやや縮まったようにみえたジェイクとクオリッチの距離。これが“前提”となり、また新しい展開が生まれていくのだろう。
アバターファンとして、さらなるパンドラの紐解きが楽しみでならない。
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「アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ」
(監督:ジェームズ・キャメロン、2025年製作)
https://www.20thcenturystudios.jp/movies/avatar3
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