見出し画像

【キャラ紹介ストーリー】星天の曼荼羅(まんだら)、あるいは泥中の蓮【沙弥&カノープス】

こんにちは!まる。です!

現在行っている「キャラクター案募集企画」にて、
noteフォロワーの「釈迦の耳に念仏」さんから素敵なキャラクター案をご応募いただきました。
今回は、そちらのキャラクターを主役にしたショートストーリーをお届けします!
(一応、過去にも紹介記事は書きましたので、そちらも良ければチェックしてください)

■釈迦の耳に念仏さん

以前の記事でもご紹介しましたが、釈迦の耳に念仏さんは「世界征服への貢献」を掲げ、
AIやスピリチュアルなど多岐にわたるテーマで発信活動をされている多才なクリエイターさんです!
ライフログ特化型SNS『diddo』をはじめ、
素晴らしいWebサービスも多数開発・展開されていますので、ぜひ皆様も覗きに行ってみてくださいね!

📗用語
・アルカステラ
星をモチーフにしたカードの精霊たち。
プレイヤーは相棒となるアルカステラを集め、
彼らを駆使して戦う「ステラバトル」に挑みます。

・WCS
「ワールド・チャンピオンシップ」の略称。
世界一のステラバトラー(カードプレイヤー)を決める、最高峰の大会です。



【第一章】迷える信徒の問いかけと、伝説(バズり)の幕開け

※今回から、章の最初にシーンに合うBGMもご用意しましたので
是非世界観に浸ってください!

フリーBGM「紅葉と共に」/作(編)曲 : 香居 作曲者プレイリスト
• DOVA-SYNDROME公式 作曲者 香居

深夜零時。ひんやりとした夜気が頬を撫でる帰り道。
重い足取りでアパートの階段を上りながらふと見上げると、澄み切った夜空には、吸い込まれそうなほど無数の星が瞬いていた。

「……今日も、疲れたな」

誰もいない部屋の扉を開け、ネクタイを緩めながら、ため息とともに独りごちる。
理不尽なクレーム、終わらないタスク、上司からの冷たい視線。
すり減った心を抱えて帰るこの部屋は、いつだって暗くて冷たい。

だが、上着を脱ぐよりも早く、PCの電源を入れる。
今の自分にとって、これが唯一の救いであり、毎日の生きがいだった。

『——はい、マイクテスト、マイクテスト。
煩悩退散、諸行無常。みんな、今日も一日お疲れ様にゃむ!』

モニターから飛び出してきた、鈴を転がすような明るい声。
画面の中では、僧侶のような装束に身を包んだ猫耳の少女が、元気よく手を振っていた。

VTuber(バーチャルYouTuber)とは、一体何なのだろうか。
「ただの絵が動いているだけ」「作り物のキャラクター」
——世間ではそう冷ややかな目を向ける人もいるかもしれない。

けれど、少なくとも自分や、今この画面の右側を猛スピードで滝のように流れるコメント欄の住人たち(信徒たち)にとっては違う。

彼女たちは、電子の海を隔てて確かに「そこ」にいて、
自分たちの言葉に耳を傾け、共に笑い、時に一緒に怒ってくれる。
顔も本名も知らない誰かが、孤独な夜に寄り添ってくれる。

その圧倒的な熱量と優しさが、どれほど明日を生きる活力になっていることか。

『今日はみんなのお悩み相談に乗るにゃむよ。
……えっ、「仕事でミスして落ち込んでる」?
それはね、徳の積み重ねが……いや違うにゃむ!
そもそも人間、生きてるだけでミスくらいするにゃむ!
仏様だってたまには寝坊するかもしれないし!
だから今日は美味しいもの食べて寝るにゃむ!』

彼女の名前は「沙弥(しゃみ)」
プレイヤーランク「1等星級」に君臨する、ステラバトラーの上位に立つ一人だ。

『無限の徳(ライフ)をリソースに変える不沈の戦術』などと恐れられる超上級者でありながら、配信となると途端に隙だらけになる。

真面目に人生相談に乗ろうとするあまり、あっという間に話が脱線していく。
その愛嬌こそが、彼女が多くのファン——『迷える信徒(フォロにゃ)』たちに愛される理由だった。

「……ふふっ、なんだよそれ」

画面の前で、思わず頬が緩む。
ささくれ立っていた心が、彼女の「にゃむ」という語尾を聞くたびに、じんわりと温かく解けていくのがわかった。

(いつも、救われてるな……)

感謝の気持ちを、どうにかして形にしたかった。
財布の中身は決して豊かではないが、今の自分にはどうしても聞きたいこと。
そして、彼女への特大のお布施を投げたい理由があった。

マウスを握る手に力を込め、金額を入力し、一番目立つ赤い色のスーパーチャット——『赤スパ』の送信ボタンをターンッ!と弾くように叩く。

『沙弥ちゃん、こんにゃむ!
いつも楽しい配信をありがとう。
毎日の救いです。
……前から気になってたんですが、
沙弥ちゃんの相棒のアルカステラ「カノープス」って、どうやって手に入れたんですか?
幻の星って言われてますよね?』

画面の端で、ひときわ目を引く赤いエフェクトが弾けた。
その問いを読み上げた瞬間、画面の中の沙弥の猫耳がピクリと跳ねる。

『……お布施、感謝するにゃむ』

一瞬の間を置いて、尊大に頷いてみせる沙弥。
しかし、声のトーンはいつもより静かで、アバター越しからでも分かるほど、画面の向こうの彼女はどこか物憂げな雰囲気を纏っていた。
トラッキングされた視線が、ふっと下へ落ちる。

ピタリと静まり返る配信。
滝のように流れていたコメント欄の速度が落ち、 『……沙弥ちゃん?』 と、不安げな文字がぽつりぽつりと流れ始めた。

(……しまった、不味いことを聞いたか?)

慌てて謝罪のコメントを打ち込もうとキーボードに手を伸ばした、その時。

「……ふっ。あれは、ただの運や偶然で手に入るような代物ではないにゃむ。
真の悟りを開くため、沙弥が海を越え、過酷な修行の末に辿り着いた『星天の導き』……。
今日は特別に、その時の話を信徒のみんなに聞かせてあげるにゃむよ」

沙弥はいつもの調子で優しく、どこか大らかに語り始めた。

(……良かった)

安堵の息を吐き、再び椅子の背もたれに体を預ける。

ここから、沙弥の——いや、一人の「バズりを求めた『欲深き電脳少女』」の、強烈な執念の物語が幕を開ける。
モニターの前のファンたちは、これから語られるであろう壮絶な回想に、期待に胸を膨らませたのだった。


【第二章】電脳の託宣、いざ行かん幻の星(カノープス)の眠る峰へ

フリーBGM「Rainy」/作(編)曲 : Kyatto
(27) Kyatto - YouTube

時は少し遡る。
その夜も沙弥は、山奥の古寺にある仏像の前の祭壇(ここが一番Wi-Fiの入りが良いのだ)にルーターを置き、
いつものように熱心に配信活動を行っていた。

「……というわけで、相手の隙を突いて徳(ライフ)を回復し続けるのが、勝利への一番の近道にゃむ。
焦りは禁物。心頭滅却すれば、どんな猛攻もそよ風のように感じられるはず……」

悟りを開いたような穏やかな声色で、ステラバトラーたちに高度な戦術を説く沙弥。
しかし、画面の右端を滝のように流れるコメント欄を追っていた彼女の視線が、ふと、ある一文に釘付けになった。

『そういえば昨日、海外の掲示板で変な噂見たよ。中国のとある山奥に、幻のアルカステラのカードが祀られた古い廟(びょう)があるらしい』
『え、何それ? 新弾のカード?』
『いや、ずっと昔からある規格外のレアカードだって。誰も実物を見たことがない幻の星らしい』

その瞬間。 沙弥の脳内で、けたたましいファンファーレが鳴り響いた。

(……幻の、アルカステラ……!)

沙弥の胸の奥底で、煌々と燃え盛る巨大な煩悩の炎。
それは夢であった『WCS(世界大会)での優勝』
そして『完璧なバズり』への飽くなき渇望である。

現在、彼女はプレイヤーランク「1等級」に位置し、一流のバトラーとして名を馳せている。
しかし、世界という頂に立つには、今のデッキにはあと一歩、決定的な「何か」が足りないと感じていた。
もし、その「幻の星」を手に入れ、誰にも真似できない最強の戦術を完成させることができたら?

(……勝てる。
WCSで優勝して、世界中の注目の的になるにゃむ。
おまけに『幻のカード発掘の瞬間』なんて動画にしたら、
同接もチャンネル登録者数も天元突破……間違いない、これは絶対にバズるにゃむ!!)


口元に浮かびそうになる邪悪な(あるいは純粋すぎる)笑みを必死に噛み殺し、
沙弥はコホンと小さく咳払いをして、すまし顔を作った。

「……ふむ。中国の山奥、にゃむか。
何やら、大いなる星の導き——電脳の託宣を感じるにゃむ。
迷えるアルカステラが、沙弥の救済を待っているのかもしれないにゃむね」

『えっ、まさか行くの!?』 『沙弥ちゃん行動力バケモノすぎん?』 『ガチの修行僧じゃん……』

驚愕する信徒たちのコメントを背に、沙弥の決断は早かった。
配信を終わらせるや否や、彼女は仏前のルーターの電源をブチッと抜き、
最低限の着替えとパスポートをリュックに詰め込んだ。

「待ってろ、WCS。待ってろ、幻の星。
沙弥が世界を獲るためのピース、絶対に拾い上げてやるにゃむ!」

好奇心と野心、そして溢れんばかりの煩悩を胸に秘め。
沙弥は翌日の早朝には単身、海を越えて噂の地——中国の険しい山脈へと飛び立っていたのである。

まさかその先に、文字通り「死の淵」を彷徨う過酷な運命が待ち受けているとは、この時の欲深き少女は知る由もなかった。

……
…………

数日後。
中国大陸の奥深く、険しい山々が連なる秘境の麓にある小さな村に、場違いなほど軽装の若者の姿があった。

「你好(ニーハオ)にゃむ! ちょっと道をお尋ねしたいにゃむけど!」

言葉の壁など、生粋の配信者である彼女には些末な問題だった。
片手に握りしめたスマートフォンの翻訳アプリと、身振り手振りを交えたオーバーリアクション。
そして何より、VTuberとして鍛え上げられた「相手の懐に入る愛嬌」をフル稼働させ、沙弥は現地の村人たちに次々と話しかけていった。

『なんだい、日本人。そんな格好で山に入る気かい?』
「ふふん。沙弥は修行中の身にゃむ。この山脈のどこかに、古くから祀られている『星の廟(びょう)』があるって聞いたんだけど、心当たりはないにゃむか?」

いかにも怪しい余所者であるはずの沙弥だが、
その人懐っこい笑顔と謎の堂々とした態度は、なぜか村の老人たちに大ウケした。
気がつけば彼女は、村の集会所のような場所でほかほかの肉まんをご馳走になりながら、
村の長老から貴重なローカル情報を引き出すことに成功していたのだ。

『星の廟ねぇ……。確かに、三つの峰を越えた先の「竜の顎(あぎと)」と呼ばれる谷底に、古い祠があるという言い伝えはある。
だが、あそこは道なき道だ。霧に巻かれれば二度と帰ってはこられんぞ』

長老の警告を翻訳アプリ越しに聞いた沙弥の目は、
恐怖ではなく、確信に満ちた欲望でギラギラと輝いた。

(ビンゴにゃむ! 難易度が高いエリアほど、最奥に眠るレアカードの価値は跳ね上がる……!
冒険の鉄則にゃむ!)

「忠告感謝するにゃむ! 徳を積んだ沙弥なら余裕にゃむよ!」

村人たちが持たせてくれた干し肉と水の入った水筒をリュックに押し込み、沙弥は意気揚々と険しい山道へと足を踏み入れた。

最初のうちは、順調だった。
「道なき道」とは言え、カードゲーマーである沙弥にとって、
リソース(体力と食料)の管理はお手の物だ。

「ここでカロリーメイトを半分消費。
水は一口だけ……よし、ライフゲイン戦術と同じにゃむ。
じわじわとアドバンテージを稼いで、堅実に盤面(ルート)を攻略していくにゃむよ」

誰もいない山道を歩きながら、オフライン録画用のカメラに向かって得意げに実況をこなす余裕すらあった。

しかし——。
大自然という名の「運営」は、一人のゲーマーのちっぽけな計算など、いとも容易く蹂躙する。


【第三章】沙弥の大冒険!~珍道編~

入山してからの二日間、沙弥の道のりはまるでピクニックのようだった。

「みんな見てるにゃむかー!? 見たこともない極彩色の鳥が飛んでるにゃむ! あれ絶対、伝説の不死鳥にゃむよ!」

オフライン録画用のスマートフォンを片手にはしゃぎ回る沙弥。
高くそびえ立つ奇岩、透き通った渓流、そして日本では見たことない動物や珍しい高山植物。
そのすべてが、彼女にとっては「バズるための最高の取れ高」だった。

「長老のおじいちゃんは脅かしてたけど、
この調子なら三つの峰なんて余裕にゃむね。
ちょろいもん……いや、日頃の徳の賜物にゃむ!」

足取りは軽く、持ち前のコミュ力で現地のリス(?)にも身振り手振りで話しかける始末。
完全に観光旅行のテンションである。
だが、その浮かれた空気が永遠に続くほど、中国の奥地は甘くはなかった。

……
…………

フリーBGM「仁和寺にある法師」/作(編)曲 : 稿屋 隆
• DOVA-SYNDROME公式 作曲者 稿屋 隆

三日目の午後。
長老が警告していた「竜の顎(あぎと)」と呼ばれるエリアの入り口——
そびえ立つ二つの巨大な絶壁の狭間に差し掛かった途端、沙弥は思わず足を止めた。

「……急に、環境音が消えたにゃむね……」

つい先ほどまでやかましいほどに響いていた極彩色の鳥たちの鳴き声も、木々を揺らす風の音も、ピタリと止んでいた。
あるのは、鼓膜が痛くなるほどの、異様なまでの『静寂』

谷の奥へと続く道は、これまでの穏やかなハイキングコースとはまるで違っていた。
両脇の岩肌は文字通り竜の牙のように鋭く天に向かって突き出し、頭上を覆う木々は太陽の光を嫌うかのように奇妙に捻じ曲がり、
太い枝を絡み合わせて薄暗い天蓋を作っている。

まるで、大自然そのものが「ここから先は人間の来る場所ではない」「立ち去れ」と、無言の圧力をかけてきているようだった。

……見られている。
ここに立ち入った時から、ずっと沙弥は誰かに見られている感覚を覚えた。
それは、自分を獲物の対象として見ている猛獣の目か、それとも……。

ゾクリ、と。背筋を冷たいものが這い上がり、沙弥は身体を震わせた。


「……なんか、急に寒くなってきたにゃむ……。
クーラー効きすぎにゃむよ……」

谷底から這い上がってきた濃密な白い霧が、足首にねっとりと絡みついてきた。
視界が徐々に白く奪われていく。

少しでも不安を拭おうと、沙弥は祈るようにスマートフォンを取り出した。
そうだ、自分には温かい信徒(フォロにゃ)たちがいる。
フォロにゃたちは、いつだって沙弥に勇気を与えてくれる。
画面越しに彼らと繋がってさえいれば、一人じゃない。

しかし、無情にもスマートフォンの画面には『圏外』の二文字が点滅していた。
現代人、ましてや配信者にとって最大の恐怖である「電波のロスト」。
完全に外界から切り離された絶対的な孤独。

普通ならここで引き返すところだが、沙弥は両手で自分の頬をパンッ!と叩いて、無理やり口角を吊り上げた。

「……ふ、ふふん! 驚かないにゃむよ!
これはアレにゃむ、ボスエリアに入る前の『環境エフェクトの変化』ってやつにゃむね!
ホラーゲームの演出としては100点満点をあげるにゃむ!」

誰に聞かせるわけでもないのに、
オフラインのカメラに向かって元気よくピースサインを作ってみせる。

「電波がないのは想定内にゃむ。
むしろ、こういう通信障害ギミックがあるダンジョンほど、最奥にはとんでもないお宝が眠ってるのがRPGの鉄則にゃむよ!
沙弥の完璧なフラグ管理、信徒のみんなにも見せてあげたかったにゃむねー!」

震える声を必死に張り上げ、強気の「ゲーマー思考」で恐怖を塗り潰す。

……本当は、ちょっぴり不安だった。
沙弥はこれまでの配信活動を通じて、信徒たちから恐ろしい話をいくつも聞いてきた。
山に入ってそのまま滑落してしまった人の話。
生きたまま熊に食べられてしまったという都市伝説のような話。

……もしかして、自分もそうなってしまうのだろうか?
そして、沙弥という存在もこうした誰かの『噂』として語られ、
いつか電子の海から忘れ去られていくのだろうか?

(いや……ダメにゃむ!)

ここでビビって引き返せば、あの幻のアルカステラは手に入らない。
WCSでの優勝も、完璧なバズりも幻に消えてしまう。
その『煩悩』の炎だけが、冷え切った谷底で沙弥の背中を無理やり前へと押していた。

「さあ、サクサク進むにゃむよー!
幽霊が出ても、レベルを上げて物理で除霊してやるにゃむ!」

威勢よく霧の中へと足を踏み出す沙弥。
……しかし、彼女のその空元気は、わずか数十分後に完全に打ち砕かれることになる。

大自然は、幽霊などという生易しい幻影を用意してはいなかった。

ガサガサッ……!!

「……ひゃむ?」

濃霧の奥、数メートル先の茂みが大きく揺れた。
そこからのそりと姿を現したのは——立ち上がれば優に二メートルを超えるであろう、真っ黒な巨体。

巨大な野生のツキノワグマだった。

「……く、クマにゃむ……? リアルエンカウントにゃむ……?」

熊は鼻をフンフンと鳴らし、明確な敵意(あるいは強烈な食欲)を持って沙弥をギロリと睨みつけた。
次の瞬間、地響きを立てて猛ダッシュで突進してくる!

「ぎゃあああああっ!? 話が違うにゃむ! 徳の高さは物理攻撃には効かないにゃむーーーっ!!」

沙弥は悲鳴を上げながら、全速力で霧の中を駆け出した。
しかし、ステラバトラーとしての頭脳戦に特化している彼女のステータス(体力)で、山の主から逃げ切れるはずもない。
背後に迫る重い足音と、生々しい獣の息遣い。

(このままじゃ……追いつかれる!)

沙弥は走りながら、背負っていた大きなリュック——
村でもらった食料や水、そして仏前の祭壇から引っこ抜いてきた大切なルーターなど、配信用機材がぎっしり詰まったそれを、思い切り熊の顔面めがけて投げつけた!

「喰らえにゃむ!!」

リュックが熊に命中し、中からケーブルや機材が散乱する。
熊がその見慣れない物体に気を取られている隙に、沙弥は斜面を転がり落ちるようにして、無我夢中で走り続けた。

……
…………


【第四章】沙弥の大冒険!~諸行無常編~

フリーBGM「閉ざした心」/作(編)曲 : KK
• DOVA-SYNDROME公式 作曲者 KK

「はぁっ……はぁっ……にゃむ……っ」

どれくらい走っただろうか。 熊の気配が完全に消えた岩陰に滑り込み、沙弥は泥だらけになってへたり込んだ。 心臓が早鐘のように打ち、足はガクガクと震えている。

「たす……かった……にゃむ……」

だが、冷静になって現状を把握した瞬間、すっと血の気が引いた。
リュックを捨てたということは、食料も、水も、そして命より大事な『配信機材』をすべて失ったということだ。

「あ……あぁ……沙弥の、沙弥の大切な配信機材が……」

震える手で空っぽになった背中を探る。
何もない。 村でもらった干し肉も、カロリーメイトも、水筒も。
そして何より、どんな時でも温かい信徒(フォロにゃ)たちと沙弥を繋いでくれていた、あの無骨な機械も。
すべて、あの熊の前に置いてきてしまった。

深い霧に包まれた谷底。
日はとうに傾きかけているのか、周囲は急速に暗さを増し、気温は急降下していた。
吐く息が、濃霧に溶けるように真っ白に染まる。

「……冗談じゃないにゃむ……」

圧倒的な孤独と、文字通りの『死』の気配が、冷たい泥の感触とともに沙弥の全身を侵食していく。
電波はない。食料もない。
自分が今どこにいるのかすら、もう分からない。

完全なる『遭難』。

ゲームなら、HPがゼロになってもセーブポイントからやり直せる。
でも、ここは現実の大自然だ。
コンティニュー画面なんて表示されないし、都合よく回復アイテムが落ちているわけもない。

ここで倒れれば、沙弥という存在は誰にも知られることなく、
この冷たい土に還るだけだ。

「……やだ、にゃむ……」

ぽろり、と。 泥だらけの頬を、熱い雫が伝い落ちた。

「まだ、WCSで優勝してないのに……。
世界一のVTuberになってないのに……。
こんなところで、ゲームオーバーなんて……絶対に嫌にゃむ……」

膝を抱え、冷たい岩肌に身を寄せて小さく丸まる。
普段の『達観した修行僧』の仮面は完全に剥がれ落ち、
そこにはただ、暗闇と寒さに怯える一人の無力な少女がいた。

聞こえるのは、自分の弱々しい嗚咽と、不気味に静まり返った森の吐息だけだった。

……しかし。

(……いや、待つにゃむ)

沙弥は、泥に汚れた袖で乱暴に涙を拭った。
そして、両手でパンッ!と自分の頬を強く、痛いほどに叩いた。

「……ここで泣いて終わったら、
ただの『山で遭難したアホな猫』で終わっちゃうにゃむ!」

ギリッと奥歯を噛み締め、濡れた瞳で濃霧の奥を睨みつける。

「機材なんて、WCSの優勝賞金で最新の最高級品を揃え直してやるにゃむ!
そう、これはむしろ
荷物が無くなって身軽になった分、沙弥のアジリティ(敏捷性)が限界突破したってことにゃむよ!」

誰に言い聞かせるわけでもなく、震える声で虚空に向かって言い放つ。

「そもそも、沙弥は無限の徳をリソースにするライフゲイン戦術の使い手……長期戦(サバイバル)なんて望むところにゃむ!
むしろここからが沙弥のターンにゃむよ!」

ガクガクと震える膝に無理やり力を込め、岩壁に手をつきながら、沙弥はゆっくりと立ち上がった。
足は泥にまみれ、体温は奪われ、体力ゲージ(HP)はすでに赤く点滅している。
絶望的なデバフのオンパレードだ。
それでも、彼女の瞳の奥でギラギラと燃え盛る『煩悩』の炎だけは、決して消えていなかった。

「見てろにゃむ……。絶対に幻の星を手に入れて、
生きて帰って……この地獄を最高の武勇伝(バズりコンテンツ)にしてやるんだから……!」


すり減った命を削るようにして、沙弥は再び、絶望の白き迷宮へと足を踏み出した。
大自然の猛威の前にあって、彼女の強がりなど風前の灯火でしかない。
それでも彼女は、一歩、また一歩と進み続ける。

真の限界を迎え、彼女が冷たい土の上へと倒れ伏すまで、あともう少しの命綱だった。


【第五章】枯渇する命と、捨てきれぬ泥だらけの煩悩

フリーBGM「真実」/作(編)曲 : チョコミント
• DOVA-SYNDROME公式 作曲者 チョコミント

……
…………

どれだけ、歩いただろうか。
気が遠くなるほどの時間を、沙弥はただひたすらに歩き続けた。

「……っ、……」

声はとうに枯れ果てている。
足は泥水を吸った鉛のように重く、前に押し出すだけで精一杯だった。

あれほど彼女を苦しめていた体の痛みも、胃袋をかきむしるような空腹も、いつの間にかどこかへ消え去っていた。
極限状態をとうに超え、肉体の感覚すらも麻痺してしまったのだ。
視界は白く掠れ、少しでも気を抜けば、意識そのものがこの深い霧の中へと溶けて消えてしまいそうだった。

それでも、沙弥は歩き続けた。

——ワァァァァァァァァァッ……!!!

「あ……」

不意に、真っ白な霧の向こうから、鼓膜を揺らすような大歓声が聞こえてきた。
幻聴だ。いや、幻視ですらあった。

濃霧が晴れたその先に広がっていたのは、世界の中心であるかのように眩い光に包まれた巨大なステージ。
そこで『世界一』の称号を手にした一人のステラバトラーが、
誇らしげに、熱狂する観衆を見上げている。

それは、沙弥が幼い頃に一度だけ見た光景だった。
世界大会——WCS。
あの大舞台で、一人の人間が確かに『世界』を手に入れたあの瞬間が
沙弥の瞼の裏にずっと、ずっと焼き付いて離れないのだ。

「……いいなぁ」

ふと、沙弥のすぐ隣で、幼い少女がポツリと呟いた。

「私も……みんなから、あれくらい見ていてほしい」

誰からも見向きされず、ただ画面の向こう側の熱狂を指をくわえて見ているだけの、無力で孤独な少女。
沙弥は、その幼い少女の傍らに立ち、共に眩い光のステージを眺め続けた。

これは、少女が抱く『世界』に対する強烈な嫉妬だ。
光の当たる場所にいる、世界中から愛され、祝福される存在が——たまらなく羨ましく、妬ましかった。

どうして、私はああいう風になれないんだろう。
どうして、私のことは誰も見てくれないんだろう。 どうして……。

「……ズルい、にゃむよね」

沙弥は、掠れた声で隣にいる少女に語りかけた。
分かっている。このドロドロとした感情こそが、正真正銘の『煩悩』だ。
仏教的にも、悟りを開くべき修行僧の戒律としても、
決して抱いてはいけない醜い執着。 でも。だからこそ。

「……沙弥は、世界をバズりの力で征服してやるにゃむよ。
みんなが心の底から、沙弥を認めてくれる……その日まで」

泥だらけの虚空に向かって、震える手を伸ばす。
しかし、その手が眩い光のステージに届くことはなく。
真の限界を迎えた沙弥の体は、ついに糸が切れたように前へと傾き——冷たく濡れた泥の上へと、音もなく崩れ落ちた。

……
…………


【第六章】泥中の蓮華と紅蓮の星、あるいは尽きせぬ煩悩の契約

フリーBGM「Whisper2」/作(編)曲 : PeriTune®
【無料フリーBGM】悲しく神秘的な曲「Whisper2」

冷たい泥の底。
すべてが黒く塗りつぶされた視界の中で、沙弥の意識は静かに沈みかけていた。
痛覚も、寒さも、恐れすらもとうに消え失せ、
あるのはただ、深い水底に落ちていくような心地よい微睡みだけ。

(……あぁ、これで、終わるにゃむね……)

執着を手放せば、こんなにも楽になれる。
『達観を目指す修行僧』という建前ではなく、
本当の静寂(ゼロ)が、沙弥の魂を優しく包み込もうとしていた。

——ふと、全身を覆っていた泥の冷たさが消え去った。

鼻腔をくすぐる、清らかで甘い香り。
沙弥がゆっくりと重い瞼を開けると、そこは先ほどの暗く凍てつく谷底ではなかった。

「……ここは……?」

見渡す限りに広がる、空を映した巨大な水鏡。そして、その水面を埋め尽くすように咲き誇る、無数の美しい蓮(はす)の花畑だった。 花畑の中央には、長い年月を感じさせる荘厳で古い廟(びょう)が静かに佇んでいる。 現実離れした、あまりにも清らかで神聖な空間。

そして、満開の蓮の花の中に、一人の星霊が佇んでいた。
燃えるような紅蓮の髪を揺らし、慈愛に満ちた瞳で沙弥を見つめる、
神々しいまでの美しさを持つ高位アルカステラ。

『……すべては泡沫(うたかた)の夢』

鈴の音のように澄んだ、穏やかな声が空間全体に響き渡る。

『名声への執着も、肉体の苦痛も……手放してしまえば、そこにはただ、この花畑のような穏やかな静寂だけが残ります』

アルカステラは、ゆっくりと沙弥のそばへ歩み寄り、泥だらけの頬にそっと触れた。
その手はひどく温かく、沙弥の心から一切の迷いや苦しみを溶かしてしまいそうだった。


『さあ、教えてください。
この満ち足りた『無』よりもなお、あなたが渇望するものが
この人の世にあるのですか?

それは、究極の選択だった。
ここで目を閉じ、この美しい蓮の世界に身を委ねれば、永遠の安らぎが手に入る。
もう、誰かと比べて嫉妬することも、バズらない動画の再生数に一喜一憂することも、機材のローンに苦しむこともない。

けれど。

(……ふざけるな、にゃむ)

沙弥は、美しい精霊の青い瞳を真っ直ぐに睨み返した。
ひび割れた唇が微かに動き、枯れ果てた喉から、魂の底にへばりついていた最後の声を絞り出す。

「……WCSの、優勝」

泥だらけの右手が、微かに動く。

「沙弥が欲しいのは……世界を手に入れた『完璧なバズり』にゃむ」

静寂なんていらない。
無なんてクソ食らえだ。
沙弥は、清らかな蓮の花を掻き分けるようにして、泥
にまみれた右手をその美しい幻影へと力強く伸ばした。

「生まれた時からずっと、あの景色に憧れていた。
世界中の人に祝福されて、世界が熱狂する……そんな最高の瞬間が、確かにそこにあるんだにゃむ。
沙弥は、あの頂きに立ちたい……!
その為には最高の相棒が……あんたみたいな、幻のアルカステラが必要なんだにゃむ!」

死の淵にあってなお衰えることのない、あまりにも俗っぽく、けれど強烈な「生」への執着。
美しく飾られた悟りの言葉よりも、泥の中から天へと手を伸ばす強欲(煩悩)の叫び。

それを聞いた瞬間。
紅蓮のアルカステラ——極星カノープスは、くすりと笑い、
ひどく満足げに目を細めた。

『……ふふ。この美しき静寂よりも喧騒を、無よりも有を選ぶのですか』

カノープスはゆっくりと跪き、泥だらけになって伸ばされた沙弥の小さな手を、そっと両手で包み込んだ。

『いいでしょう。その尽きせぬ『煩悩』がどこまで続くのか……私が特等席で見届けてあげますよ』

直後、目を開けていられないほどの暖かな光が沙弥の身体を包み込み——
彼女の意識は、今度こそ深いホワイトアウトの中へと沈んでいった。


【終章】紅蓮の星と電子の海、あるいは真実の行方

フリーBGM「2:23 AM」/作(編)曲 : しゃろう
2:23 AM / しゃろう

……
…………

「——というわけで! 気がついたら麓の村の病院のベッドの上で、
右手にはしっかりとカノープスのカードが握りしめられていた、というわけにゃむ!
これが沙弥と相棒の運命の出会い、包み隠さぬ真実の物語にゃむよ!」

画面の向こうで、沙弥は得意げに胸を張り、
完璧なドヤ顔を決めている。

深夜三時。
すっかり冷めきったコーヒーの入ったマグカップを片手に、俺はPCモニターの前で呆然としていた。
滝のように流れるコメント欄も、一瞬の静寂の後、爆発したように加速する。

『いや嘘やろwww』 『熊にルーター投げるなw』 『設定練り込みすぎだろ映画化しろ』 『……待って、でも沙弥ちゃん一時期「滝行に出る」って言って2週間くらいガチで配信休んでた時期なかった?』 『え、マジの遭難だったの……?』

信徒(フォロにゃ)たちの間でも、真偽を巡ってコメント欄は大混乱に陥っていた。
無理もない。中国の山奥で遭難し、臨死体験の最中に蓮の花畑で精霊と契約を交わしてレアカードを手に入れるなど、どう考えてもカードゲームアニメの見すぎだ。
VTuberとしての「キャラクター設定」の域を出ないフィクション……のはずである。

「ふふん、信じるか信じないかは、フォロにゃたち次第にゃむ。
でも、このカノープスが沙弥の最高の相棒だってことだけは、揺るぎない真実にゃむよ!」

画面の中で沙弥が悪戯っぽく笑うと、カノープスのカードが、まるで彼女の言葉に呼応するように紅蓮の光を放った(ように見えた)。

本当に中国の山奥へ行ったのか。
あの美しい蓮の花畑は、ただの幻覚だったのか。
それとも、極限状態で彼女の強烈な「煩悩」が、本当に幻の星を現世へと呼び寄せたのか。

その真実は、画面の向こう側で笑う彼女と、あの赤い星だけが知っている。

「さーて! それじゃあ今日も元気に、WCS優勝に向けてランクマッチに潜っていくにゃむよー!
煩悩全開! ライフゲインで世界を獲るにゃむ!」

軽快なBGMと共に、いつもの賑やかな配信が再開される。
嘘か本当か。そんなことは、実はどうでもいいのかもしれない。
ただ確かなのは、泥だらけになっても這い上がり、「世界一」というバズりに向かって突き進む彼女の姿が、今夜もたまらなく眩しく——
明日を生きるための、確かな救いになっているということだ。

俺は口元を緩めると、キーボードに手を伸ばし、今日二度目のコメントを打ち込んだ。

『今日も最高に面白い話をありがとう! WCS、絶対優勝してね!』

送信ボタンを、ターンッ!と叩く。
夜空に瞬く星のように、彼女の泥臭くも美しい物語はこれからも、俺たち信徒を電子の海から照らし続けてくれるはずだ。



あとがき

いかがでしたでしょうか?
沙弥のストーリーを書き進めるうちに、私自身も彼女のひたむきな「煩悩」や情熱に、いろいろと考えさせられるものがありました。

『HorizonNotes』では、今回のように皆様からいただいたアイデアをもとに、魅力的なキャラクターを形にしていきたいと考えています!

「自分の考えたキャラが物語になるかも?」と少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ以下の記事からご応募ください!

皆様からの自由で熱いアイデアを、心よりお待ちしております!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


#オリジナル小説 #HorizonNotes #現代ファンタジー #カードバトル #アルカステラ


いいなと思ったら応援しよう!

まる。 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしてのゲーム開発に使わせていただきます!