【第1話】勇者よ 何ゆえ もがき生きるのか?
📗用語
本編を読む前に、少しだけ世界観の用語をご紹介します。
・アルカステラ
星をモチーフにしたカードの精霊たち。
プレイヤーは相棒となるアルカステラを集め、
彼らを駆使して戦う「ステラバトル」に挑みます。
※普通の人たちは、18歳を迎えると彼女たちの声を聴いたり、
姿を見たりすることができなくなってしまいます。
・WCS
「ワールド・チャンピオンシップ」の略称。
世界一のステラバトラー(カードプレイヤー)を決める、最高峰の大会です。
詳しくは、こちらを見て頂けるとより楽しめるかも知れません。
▼星の精霊アルカステラについてはこちら!
▼世界観についてはこちら!
#1 最後かもしれないだろ。だから全部話しておきたいんだ。
効果音素材:効果音ラボ
(ミンミンゼミが鳴く雑木林)

「なぁ、『トムソーヤ効果』って知ってるか?」
茹だるような熱気が、湯間情報科学高等学校の校舎裏に淀んでいた。
日暮 創助は、ひび割れ、無惨に塗装の剥げ落ちた校舎の壁を見つめたまま、
隣に腰を下ろす友人、須野尾に向かってぽつりと零す。
須野尾は気だるげに咀嚼を続けている。
安っぽいソースの匂いを漂わせながら食べかけの焼きそばパンを頬張り、
友人の独白に、ただ静かに耳を傾けていた。
「罰としてやらされた退屈なペンキ塗りをさ、
『限られた人間だけが楽しめる最高の遊び』に偽装して、まんまと他人にやらせたって話だ。
……俺の抱え込んでいるあの空っぽのプログラムも、誰かが喜んで組み上げてくれないものかと思ってね」
自嘲気味に笑うと、創助はふうっと短い息を吐き出した。
「単刀直入に言うと、やる気が出ない。
だからさ、今回の課題も生成AIに丸投げして任せることにしたよ」
須野尾は口の中のパンを飲み込み、呆れたようにため息をついた。
「でもよ、そんなことしたって、どうせ先生に突っ込まれるだけだろ。
『この部分は、どういう意図で組んだんだ』ってな。
だったら、多少は自分でも手を動かした方がいいんじゃねぇのか?」
須野尾の指摘は至極真っ当だった。
事実、ここ一年ほどの創助の生活態度は目に余るものがある。
面倒な授業はボイコットして街をあてどなく彷徨い、
課題を出したとしても、適当に拾ってきたソースコードに少し手を加えただけの代物で、教員から厳しい叱責を受ける姿を須野尾は何度も見てきた。
かつての創助は違った。
入学当初、彼は誰よりも創作を愛する、生粋のクリエイターだった。

独学で二十個以上のアプリを世に送り出し、
来る日も来る日も暗いモニターの光を浴びながらコードを叩き続けていた。
学校でも「期待の技術者」として羨望の的だったはずだ。
それが今ではどうだ。
まるで自ら生み出したプログラムから逃走を図るかのように、
彼はアプリ開発という行為そのものから執拗に目を背け続けている。
「……手を動かす、か」
創助は自分の両手を見下ろした。
かつてはキーボードの上を滑るように舞い、頭の中の空想を次々と現実のシステムへと変換していった魔法の手。
今ではひどく重く、ひどく無能な肉の塊に感じられた。
「手を動かしたところで、結局は出来の悪いパズルを組み立ててるようなもんなんだよ。
優秀なAIが数秒で弾き出す『最適解』と、俺が何日も徹夜して絞り出す『泥臭いコード』。
画面の向こう側の人間にとって、その違いに何の意味がある?」
その問いは、須野尾へ向けたものというより、
創助自身を縛り付ける呪いのような言い訳だった。
「意味があるかは知らねぇけどよ」
須野尾は残りのパンを無造作に口に放り込み、立ち上がってズボンの埃を払った。
「俺は、お前が組んだ『無駄に凝ってて、手作り感満載の』あのアプリ、結構好きだったぜ。
特にあのUI、変態じみてて良かった」
唐突な言葉に、創助はわずかに息を呑む。
しかし須野尾は、いつもと変わらぬ気だるげな視線を創助へ向けた。
「なぁ。正直、生成AIがどうのとかは関係なく、もうモノ作りそのものが苦痛なんだろ?」
図星を突かれ、創助は言葉に詰まる。

「だったらさ、そんなに辛いならいっそのこと辞めちまうってのも手だと思うぜ。
お前は何だかんだ器用な奴だし、先生に正直に話せば別の道なり何なり、なんとかしてくれるかもしれねぇだろ」
慰めでも、無責任な励ましでもない。
ただのフラットな事実として突きつけられたその提案は、
不思議と創助の胸の奥底にすとんと落ちた。
七月の終わり。
遠くで響くけたたましい蝉時雨だけが、立ち止まったままの創助を焦らすように鳴り続いていた。
#2 そして伝説へ…
効果音素材:のすたるじっくBGM庫
夕焼け帰り道

夕暮れに染まる街。
空には、気の早い星がぽつりぽつりと浮かび始めている。
創助は、頭上の淡い光とは裏腹に、
足元に濃く落ちた自身の影法師を見つめながら、当てもなく町を歩いていた。
『だったらさ、そんなに辛いならいっそのこと辞めちまうってのも手だと思うぜ』
頭の奥底で、友人の言葉が何度も反芻される。
「……辞める、か」
立ち止まり、創助は手の中のスマートフォンに視線を落とした。
画面には、これまでに生み出してきた無数の自作アプリが並んでいる。
初めて作ったのは、手描きの風合いを活かした時計アプリだった。
💡風合い
素材や物の外観・手触り・雰囲気など、
五感を通じて感じ取れる総合的な印象を示す言葉
幼い頃、祖父の家で見た古時計の温もりがとても印象的で、
それをどうにかしてこの小さな画面の中で表現したくて組んだものだ。

『創助は、天才時計職人だ!』
無邪気に喜ぶ祖父の顔を見て、
もっと色んなものを作りたいと胸を躍らせた。
次に作ったのは、塗り絵のアプリだ。

ふと立ち寄った本屋で塗り絵のコーナーが充実していることに気づき、
誕生日の近い妹を驚かせようと、寝る間も惜しんでコードを書いた。
小さな画面を一緒に覗き込み、笑い合いながら色を足していく。
自分の書いたプログラムが、誰かの笑顔を生み出せるのだということを知った。
それからも、一つずつ、着実にアプリを作り続けてきた。
技術や知識は、まるでRPGのレベル上げのように自分の中に積み上がっていった。
だが、アプリを作れば作るほど、かつては気にも留めなかった些細なズレが目につくようになった。
『このアプリ……ちょっと動作が安定しないな』
『メモリの効率が悪い。ダメだ、こんなの失敗作だ』
『そもそも、これを作る意味なんてあるのか?』
昔より、ずっとたくさんの魔法を覚えた。
想像した世界を、より高度に、より自由に創作できるようになった。
それなのに。

(……つまんねぇな)
いつしか、創助はアプリを作ることを辞めていた。
・・・ ・・ ・
胸に渦巻く澱のような感情から逃れるように、
創助は小高い丘を抜け、いつものように町を一望できる小さな公園へと足を運んだ。
沈みゆく夕日の赤い残照が、ゆっくりと夜の群青に飲まれていく。
創助はベンチに腰を下ろし、空に瞬く星たちをただぼんやりと数えていた。
「……あの星座、なんていうんだっけ」
意味もなく、自作の星図アプリを起動して夜空にかざす。
スマートフォンのスピーカーから、無機質な機械の合成音声が静かな公園に響いた。
『――こと座。最も明るい一等星はベガ。
七夕の織姫星として知られています。
古来より人々は、この星に向かって機織りや技芸の上達、そして創作の成就を願う風習がありました』
(創作の成就……ねぇ)
自ら創作を辞めようとしていた創助にとって、それはこの上ない皮肉だった。
見上げれば、キラキラと瞬く星々が、今の自分にはひどく眩しく感じられる。
その時だった。
画面の星図アプリが、不自然に読み込み中のままフリーズした。
おかしい。
膨大なデータベースにアクセスし、
あらゆる天体情報をスムーズに引っ張ってくるはずの自作システムが完全に沈黙している。
困惑しながら画面をタップしていると、不意に空から声が降ってきた。
『勇者……勇者……わたしの声が、聞こえますか……』
風とも、電子ノイズともつかない不思議な揺らぎの中で、
その声だけが妙にはっきりと鼓膜を揺らす。
顔を上げた創助の瞳に、赤い光が流星のように尾を引いて落ちていくのが映った。
その光は無数の粒となって町へと降り注ぎ、
やがて最も強く輝く一筋の光が、一直線にこの公園へと向かってくる。
「……あれは?」
茜色と紺色が溶け合う夜空から、ふわりと舞い降りた影。
星屑をそのまま織り込んだような美しいドレスに、夜風に揺れる燃えるような赤い髪。
眼前に降り立ったその少女は、透き通るような赤い瞳で真っ直ぐに創助を見つめると、細い指先から星の紋章が輝く一枚の『カード』を差し出した。

これが、「シューメーカー・レビィ」と名乗る不思議な女神との、
運命の出会い。
創作への情熱を失ったひとりの少年が、星空から落ちてきた女神と共に、
ひっそりと世界を救う勇者になる。
これは、そんなありふれた、けれど最高に特別なひと夏の冒険の始まりの物語である。
次回へ続く!
▼第二話はこちら!
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