「わかりやすい文章」という危険ドラッグ
咳をしても一人。
もとい、咳をしてもひきこもり、ホロ9です。
それでもネットに繋げば100万人。
(日本国内のひきこもりの数は、今や100万人を超えるとも言われています。)
人間としての生活も、社会というものもほとんどわからないまま、あろうことか無職として30代を迎えてしまったわけですが、こんな私であっても一応は文章発信者の端くれとして、ライティング(書く技術)に関する情報を収集して回ることがございます。
こんな風に言うと少し業界人っぽくて良いですね……。
そのライティングの世界とは意外と厳しいもので、ちょっと難しい漢字や言い回しを用いれば怒られますし、他にも文章構成が一目で把握できない複雑なものだったり、読み手の感情に響きづらいお堅い文章は即ち「悪文」と見做されてしまうのです。
歴史に名を連ねる文豪たちであっても、今どきのライティング教室に通えば大目玉を食らうのではないでしょうか。いかに文才に秀でた彼らであっても、そのうち文章の世界をスッカリ諦めて、渋々とゲーム実況でも始めてしまうかも知れません。
従って、現代の優秀な書き手は「読みやすさ」に焦点を絞って配慮に配慮を塗り重ね、さながら工芸品の漆塗りの如し……。そのお陰で今のネット上では、丹念に精製された、非常に読み易い文章がそこかしこで読めるようになっております。
ただ、この景色を冷静に眺めてみる内に、私にはある強烈な違和感が生じました。それは、我々一般国民の生活に影響する新法案の報道や、何らかの改革、重要な手続き、システム変更に関する通知は、全てライティングの世界ではまず一蹴されてしまうであろう"悪文"で占めているからです。
つまり、ライティング指南に忠実な風潮の中で、私たち国民のひとりひとりは己の将来を左右する重要な文章を、的確に、かつ円滑に咀嚼する能力を喪失してしまうレールが出来上がっているということです。まさに罠じゃないかと。
表面的には「これ素晴らしい」と宣伝され、人々もまた「甘くて柔らかくて食べやすい」とウットリしながら、実態としては各人が生きるのに困るほどの衰弱の道を突き進んでいる。こんなのはまるで危険ドラッグの商法です。
四六時中ドラッグをキメて路上で狂喜乱舞を続けているヤクチュウが、果たして第一志望校のお受験に合格できるでしょうか?
栄養学に見る"読みやすい文章"の危険性
「文章」という分野から離れて、食べ物の分野でもこれとそっくりな現象が現代では起きています。
精製に精製を重ねて非常に柔らかくなった、他人の口内にスプーンを突っ込んで咀嚼物を掬い取るくらい野暮ったい、ついでに栄養素が複合性を失って単調で無機質になってしまったものが、現代のあらゆる一般食になっているからです。カラフルな皿に頭から突っ込んで離乳食を貪る大人たちの世界です。
そもそも何故「食事」という行為によって人の気力が増すのかと言いますと、ある一面では、固い食べ物の咀嚼運動で歯から脳までが刺激されて細胞が目覚め、食材の奥にある「感触」や「味」を掴み取ることが人体にとって非常に楽しいからです。
そして精製されたサプリメントや化学調味料とは異なり、一つの現物の食材には数えるのも大変なほど複数的な成分、栄養素が含まれていますから。これが相互に影響しあって肉体に負荷の無い消化吸収を促進し、知らぬ間に私たちの身も心も労わってくれるのです。
食べ物を皮から身まで丸ごと食べることで知られる「一物全体」は、こうした自然の原理を最大限に活かした方法論だと言えるでしょう。
対して精製された単一物(サプリメントや化学調味料)はこれらを持たないため、栄養価に乏しく、どころか急速に吸収されて血圧や血糖値など肉体の数値を爆破的に上下させ、労わるよりもむしろ肉体を損傷させてゆく方が多いのです。
素人目線で普通に考えてみても、削ぎ落され、精製された食事に慣れきってしまえば、食材まるごとが有する複雑な栄養素の分解、吸収を体がだんだんと忘れてしまうであろうことは想像に容易いです。
何事であっても、「楽で便利」には必ず「将来の代償」が伴うということを忘れてはならないと思います。
「精製品」の要塞を崩す
現代式のライティングによって削ぎ落されてゆく文章、そして何よりも我々国民の知能水準。
記事の頭では「読みやすい文章」のことを失礼にも工芸品の漆塗りに例えてしまいましたが、より正確には、精製を重ねた果てに"白い粉"にまでなってしまった砂糖だと言い表した方が適切でしょう。それくらい病気の象徴だからです。
では、人間を弱体化させる「白い粉」で溢れ返るこの風潮を打開する方法は何か? と言いますと、これは一重に精製品の摂取で人が弱まるという仕組みが皆にバレることだと私は思います。
食事に始まり文章の読解、情報収集やコミュニケーションにまで渡って幅広くこの原理が人間に通底していることが、大衆に広く知れ渡り、明るみに出てしまえば良いのです。
一部の金持ちや権力者に限っては今でも頑なにこれを重視しているので、是非皆さんも注目してみてください。実生活の中で、彼らが奇妙にもアナログで不便な方法論を重宝している光景が見受けられる筈です。
世間一般で「無駄なもの」「不純物」と扱われる方に実は沢山の栄養素が詰まっています。「幸福感」や「生きている実感」といった私たち高度知的生命体が真に重視するものは、むしろそちら側(無駄なもの、不純物とされるもの)に隠されてしまっていたわけです。
ですから志の高い皆さんには、是非とも濃厚かつ臭気に富んだ"皮つき泥つき"の文章を積極的に読むこと、そして書くことを意識していただきたいです。
一時は私もそちらの道に堕落しかけたものですが、その先には深い奈落だけが待ち構えているに気付き、ある時目が覚めました。たしかに短期的には「楽で便利」な道なのですが、しかし「重要なものは全て、より高い水準に合わせて作られている」という巨大な詐欺構造が見えてきたからです。
大衆文化という意味でもまた、「楽で便利」を追求した先には書き手も読み手も総じて無個性化し、死んだ土壌が拡大する暗黒の未来が横たわっています。
なので私個人としてもまた、現代式のライティングではまず一蹴されてしまうであろう、皮や泥を沢山纏ってゴテゴテした、栄養豊富な文章が広まってゆくよう、まずは自身がそうした技術を鍛錬をすると共に、今後これらの魅力を一層広められる方向性で働きかけてゆくつもりです。
打倒、無機質で無個性な精製世界。
であります。
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