好きだからこそ、しんどいこと。
※これはあくまで、1ファンの感情整理です※
今の気持ちを残しておきたくて、こうして書いています。
「じゃあ降りれば良い」とか、「ファンやめろ」とか、
そういう単純な話ではないということを
ご了承いただけた方だけ、お読みいただけると幸いです。
「自担が結婚したということ。」
「一晩経って思うこと。」
と書いてきて、その後も、まだずっと考えている。
考えないようにしていても、日常の中に勝手に入り込んでくる。
今回は、そういう話。
何人かの友人にはnoteで自分の気持ちを伝えた、と前記事で書いた。
「みんなに知らせたい」わけではない。
ただ、私がしげを好きなことを知っている人。
今回のことで、きっと心配してくれているであろう人。
そういう人たちに、
「私は今、こんな感じです」
と、現在地を知らせておきたかった。
誰かに「こう思うべき」と言ってほしいわけでもない。
「大丈夫?」と何度も聞いてほしいわけでもない。
ただ、今はまだ、こんなところにいる。
それだけを知っておいてもらえたら、それでよかった。
今は、そういう渦中にいる。
そんな中で、ちょっと困ったこともあった。
ジャニオタでも、WEST.ファンでもない友人から、今回のことを普通の芸能ニュースとして聞かれること。
「確か、〇ちゃん(私)が好きって言ってたグループでしょ?」
「結婚とか子どもとか、アイドルとしてアリなの?」
「同じ事務所内で、他にもそういう人いたんだっけ?」
悪気がないのは分かっている。
その人にとっては、純粋な疑問なんだと思う。
でも、地味に抉られる。
私は今まで「WEST.が好き」と言ってきた。
それが今、世間の一部では、
「ああ、あの結婚してて、子どももいたことを報告した人がいるグループね」
という認識になっているのか。
そう思うと、なんとも言えない気持ちになる。
もちろん、それが世間のすべてではない。
そんなことは分かっている。
それでも、
「私が好きなものって、外から見ると今はそういう一言で認識されるのか」
という寂しさは、ある。
昨日、とある友人(非オタ)に真正面から聞かれた。
出会い頭から、
「そういえばサマソニ……」
「大阪のサマソニ、WEST.ファンかなり少なかったらしいね」
と、何度かジャブは飛んできていた。
そのたびに、
「そうなの?追ってないから分かんない」
と返していた。
そして、ついに本命。
「推し結婚したじゃん!どうなの?」
来たーーーーーー!
と思った。笑
私は、
「あー……全然整理できてないから、話せること何もないんだ」
と答えた。
すると、
「え、そうなの?〇ちゃんにしては珍しい!」
と言われた。
ん?と思う。
「えー、そうかな?私いつもこんな感じだよ。消化するのに時間かかるから」
と返したところで、別の話題に変わった。
正直、ホッとした。
いつもなら、聞かれたら聞かれた分だけ話してしまう。
話さなくていいことまで話して、
自分で傷口を開いて、
帰ってから、
「なんであんなことまで喋ったんだ私……」
となる。
今回は、それをしなかった。
「今は話せない」
と言えた。
それだけでも、ちょっと自分を守れた気がする。
たぶん、こういう時に一番説明するのが難しいのが、
「推し」
という言葉なんだと思う。
「推しが結婚したのがショックなのは分かるけど、自分も結婚してるでしょ?何でダメなの?推しが幸せになってよかったじゃん」
という意見を見たり、聞いたりする。
でも。
全然、別物なんだよーーー!!
と、声を大にして言いたい。
自分も結婚しているから、推しの結婚も喜べる。
そんな簡単な話だったら、こんなに苦労していない。
そもそも私にとってのしげは、「推し」という言葉で表すと違和感がある。
「自担」と呼ぶ方がしっくりくる。
オタクじゃない人には、そもそも「自担」という言葉自体が分かりにくいと思う。
だから敢えて「推し」と言うことがあるけれど、実際は、彼は私の「自担」だと認識している。
簡単に言えば、
「自分の担当」
ということ。
いわゆる、
「自分事」
に近い。
だから、どうしても割り切れない。
「芸能人の誰かが結婚した」というニュースを見て、
「へぇ、そうなんだ。お幸せに」
と言うようにはいかない。
自分が長い時間をかけて好きになって、応援して、大切にしてきた「自分の担当」に起きたことだから。
もちろん、本当に本人の人生であって、私の人生ではない。
それも分かっている。
分かっているけど、頭で「他人の人生」と理解できることと、心が「自分事ではない」と割り切れることは別なんだと思う。
WEST.も、私にとっては「推しグループ」ではなく、
自軍。
この言葉も、ジャニオタじゃない人にはなかなか伝わらないと思う。
でも、私にとっては、
「好きな推しグループがいる」
という話ではない。
自分の生活の中に、ずっと存在してきたもの。
自分が応援している場所。
嬉しい時も、しんどい時も、そこに行けば少し現実から離れられる場所。
そういうものだった。
もっと言えば、
WEST.は私にとって、避難所だったんだと思う。
現実の生活には、現実の生活がある。
夫がいて、子供たちがいて、仕事があって、日々いろんなことがある。
楽しいこともあるし、大変なこともある。
その現実とは別の場所で、WEST.を見ている時間だけは、ただ「好き」という気持ちでいられた。
ライブに行けば、現実とは違う空間に連れて行ってもらえた。
曲を聴けば元気になれた。
YouTubeを見れば笑えた。
しげを見れば、
「この人好きだなぁ」
と思えた。
それは、現実から逃げていたという意味ではなくて。
現実を生きるために、そういう場所が必要だったんだと思う。
その時間があるからこそ、日々頑張ろうと思える。
今回の件は、
その避難所に、突然ものすごくリアルな現実が入ってきた感覚。
だからこそ、こんなに拒否反応を示しているのかもしれない。
WEST.は、そもそもものすごく「人間くさい」グループだと思う。
格好つけきれないところもある。
泥臭いところもある。
くだらないことで笑っているし、弱さも見せる。
完璧なアイドルというより、すごく人間らしい。
私は、そこも大好きだった。
でも、その人間くささの中に、
「それでも俺らはアイドルや」
という誇りがあるところも好きだった。
人間だから何をしてもいい、ではない。
人間だからこそ、アイドルという仕事を選んで、ステージに立っている。
その感じが好きだった。
だから今回の件では、
「そっちの人間くささ、いらんのよ……」
と思ってしまった。
人間なのは分かってる。
結婚することも、家庭を持つことも、人生を選ぶことも、人間だから当然。
でも私は、
「人間くさいあなたたち」が好きだったけど、「現実の生活のすべてを見せてくれるあなたたち」を求めていたわけじゃない。
むしろ、そこは見せなくてよかった。
夢を見せてくれる仕事だからこそ、
「俺らはアイドル」
と言っているところが好きだった。
だから、
「アイドルだって人間なんだから」
と言われると、
分かってる。
分かってるけど、
それでも私は「何だかんだ言っても、誰よりアイドルとして生きるあなたたちが好きだったんだよ」
と思ってしまう。
求めすぎなのかもしれない。
ワガママなのかもしれない。
でも、そう思ってしまったのだから仕方がない。
私の影響で、息子も娘もWEST.が大好きになった。
スキマ時間があれば
「YouTubeでWEST.見たい!」
となる。
息子は、小学校に入ってからの目標を聞かれた時、
「WEST.のライブに行って、神ちゃんに会う!」
と答えたくらい。
そんな子どもたちが、今日もMVを見たがる。
本当なら、一緒に見たい。
彼らを見ながら踊っている子どもたちを見て、
「可愛いなぁ」
って笑いたい。
でも今は、
「私はちょっと見れない……」
になってしまう。
子どもたちが見たがるから、もちろん見せる。
その横で、なるべく画面を見ないようにする。
でも、やっぱりチラッと視界に入る。
そこにいる重岡大毅は、
やっぱり、
悔しいくらい大好きな重岡大毅で。
楽しそうに笑っている、いつもの顔。
私が好きだった顔。
その瞬間、
「……好きだなぁ」
と思ってしまう。
でも、その直後に、
「でも、この頃には……」
と思ってしまう。
もう、何なんだろう。
堂々巡り過ぎて、自分でもよく分からない。笑
夫には、
「こういうことがあったら、嫌いになるもの?」
と聞かれた。
思わず、
「それが出来たら苦労しねーんだよ!」
と言ってしまった。笑
本当にそう。
嫌いになれたら、どれだけ楽か。
「はい、もう好きじゃありません」
で終われるなら、こんなに毎日考えない。
だけど好きなままだからこそ、こんなに面倒くさい。
語弊があるかもしれないけれど
たぶん私は、彼の顔そのものが好きなわけじゃない。
「イケメンだから好き」という話でもない。
メンバーと楽しそうにしていたり、
考えごとをする時に眉間に皺が寄ったり、
目の下にエクボが出来る笑顔だったり、
ライブ中にファンを愛おしそうに見ていたり、
そういう「重岡大毅という人が、その瞬間に見せている顔」が好きなんだと思う。
だから、頭でいくら、
「結婚した」
「子どもがいる」
「報告文が納得できない」
「今までと同じようには見られないかもしれない」
と思っていても。
顔を見たら、
「好きぃぃぃ😭」
となる。それはもう、確実に。
本当に厄介。
ここまで書いて、やっぱり私は、まだ結論を出せない。
でも、前記事を書いた時より、少しだけ分かったことがある。
私は、しげが結婚したことだけがショックなわけじゃない。
子どもがいることだけでもない。
相手のことだけでもない。
報告文だけでもない。
それらが全部重なって、
「私が大切にしてきた“アイドル・重岡大毅”と、今回知らされた“現実の重岡大毅”との間に、大きな段差ができた」
ことが、しんどいんだと思う。
その段差を埋めるために、
「本当はこうだったんじゃないか」
と考えたり、
過去を振り返ったり、
SNSを見たり、
時系列を考えたりしてしまう。
でも、たぶんそれをやっても、答えは出ない。
だから、もう少しやめておこうと思う。
ちなみに、X断ちはかなり成功している。
Threadsは…時々まだ罠にハマるけど。
次のライブ。
何度も書いているけれど、
今は、そこが一つの区切りになるのかなと思っている。
息子は神ちゃんに会いたいと言っている。
その願いは叶えてあげたい。
でも私自身にとっても、次のライブはきっと、
「私はこの人たちを、今どう見るのか」
を確かめる場所になる。
だから多分、次回は1人で行く。
行ってみて、
「やっぱりWEST.好きだな」
となるかもしれない。
「やっぱり無理だな」
となるかもしれない。
しげを見た瞬間、
いろんなことを全て忘れて、釘付けになってしまうかもしれない。
むしろ、その可能性はかなり高い。笑
でも、それでいい。
今はまだ分からない。
あの日から、夜になると
「明日には嫌いになっていますように」
なんて、つい願ってしまうこともある。
嫌いになれたら、きっと楽だから。
でも本当は、
「好きじゃなくなりたい」んじゃなくて、
「好きでも苦しくない自分に戻りたい」
んだと思う。
それなら、無理に嫌いになる必要はないのかもしれない。
好きなままでもいい。
怒っていてもいい。
悲しくてもいい。
納得できなくてもいい。
今はまだ、何も決めなくていい。
ただ、少しずつ。
この「好き」と「何やってくれてんだ!」を、同じ場所に置けるようになればいい。
私はまだ、
重岡大毅が好きです。
悔しいけど。
腹が立つこともあるけど。
納得できないこともあるけど。
MVもYouTubeもまともに見られないし
きっと次の映画も見られないけど。
それでも、あの人があの顔で笑ったら、
そういうごちゃごちゃした気持ちも
全部「はぁ😭好き😭」で終わる気がしてならない。
そこはもう、仕方ない。
今の私には、
「好きなのに、今はしんどい」
それが一番正確な言葉なんだと思う。
好きなままでいることも、嫌いになることも、どちらも難しい。
だから、結論はまだ出さない。
明日の私にも、決めさせない。
もう少しだけ、自己防衛しながら
あやふやなままでいようと思う。
