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【馬との会話】信頼の呼吸:愛ある言葉は 小さな声で 静かに届く

私は、旧海軍兵学校の伝統がそのまま今に残る、広島県の江田島えたじま という島で青春時代を過ごしました。
来る日も来る日も、厳格な規律と厳しい訓練に明け暮れ、心が安まることなどない日々。
ただ、あの地獄のような日々の中で、いまだに脳裏に焼き付いていて、わすれられない教官の優しい教えがあります。
そして私は今、日々、馬たちとの会話を通じて、その言葉を噛みしめています。


1 海の上で学んだこと

1.1 基礎訓練:短艇橈漕

下の写真は短艇(カッターボート)という、全長9m、排水量1.5トン、定員45名(実質は漕ぎ手12名と艇指揮1名、艇長1名の14名で運用する)の手漕ぎの船です。

短艇 海上自衛隊幹部候補生学校on Xより引用:https://x.com/JMSDF_MOCS

右舷6人、左舷6人の計12人の漕ぎ手がそれぞれ1本のオールを漕ぐのですが、徹頭徹尾、12人が息を合わせて漕ぐことが求められます。

オール1本の重さが11kg、長さは4.3mもあり、水掻きが、水面に対して約30度くらいの角度になるように漕ぐのですが、持ち手のところにバランス取り用の鉛のおもりが仕込まれていて、テコの原理に慣れるまではその重さと長さにてんてこ舞いします。

最初のうちは皆、オールが櫂座かいざから外れて海に流してしまったり、前後の漕ぎ手のオールとガチャガチャぶつかったり、後ろの漕ぎ手が自分の背中を突いてきたりと、大変な目に遭います。

橈漕とうそう(短艇を漕ぐこと)訓練の期間中は、てのひらがすりむけて血豆ができ、それが破れ、尻の皮も擦り剥けてしまうので、入浴は拷問に等しく、ベッドのシーツは血水で赤く染まります。
掌の血豆も尻の皮も、剥けては乾き、そしてまた剥けては乾きを繰り返しているうちに厚く頑丈になっていき、皮の厚さと橈漕の技量は比例して向上していきます。

1.2 応用訓練:帆走巡航

帆走巡航の様子。風を受けて進む短艇。
海上自衛隊幹部候補生学校on Xより引用:https://x.com/JMSDF_MOCS

橈漕とうそう訓練の練度が上がると、次は短艇に帆を展張して、帆走はんそうの訓練に進みます。ヨットを風上に向けて帆が効率よく風を受けるようにするため、「上手回し」とか「下手回し」という帆の展張操作をして、風をみながら帆の向きを変えるのです。

帆走巡航は、橈漕とうそう訓練とは違い、風力で艇が前進するので、静かに波の音や風の音を聴きながら、肌に潮風をうけて、なんとも気持ちが良いのですが、刻々変わる風向きや進路変更のために、帆の向きを逐次変えなければならず、その度に帆を固定しているロープをほどいて、違うポイントに固縛しなおしたり、帆を支える横桁(ブーム)の左右回転などをします。

橈漕とうそう訓練初期に、慣れないオールを流したりぶつけたりしたのと同じようなことが、帆走訓練でも起きます。
帆走訓練では、風向きの変化に気づかなかったり、クルーの動作についていけなかったり。
回転する横桁(ブーム)にぶつかって艇内でころんで頭をぶつけたり、艇員同士がぶつかったり。
そして、橈漕とうそう訓練時と根本的に違うのは、それまで静かだった艇内が、クルー同士の怒号や相互の叱責が飛び交う騒がしい状態になりやすいということ。

一番最悪なのは、

  1.  艇員同士ががやたらと大きな声で、叱責口調になってくること。

  2.  一部のクルーの声はどんどん大きくなり、モタモタしているクルーは萎縮、失敗への恐れといった心理状態から、号令に即応できず、ミスも多発すること。

  3.  だれかの失敗に対する誰かの舌打ちなどにより、クルーの中で「できないヤツ」といったレッテルが瞬時に貼られ、協調が崩れていくこと。

1から3の状況が繰り返されると、非常に困った状況に陥ります。

でも本当は、誰がわるいとか、できないとか、そんなことではないのです。
本質は、海の上で刻々変わる自然現象、強風や大波に際し、みんなの心に平等に巣くう緊張と不安、恐怖、そして防衛反応なのだと思います。
まして自分のミスが即座に、直接的に全体に影響を及ぼすため、心理的なダメージの大きいことと言ったらありません。

このような状況下でも、冷静に全体を俯瞰できる一瞬、自分のなすべきをなす。そういう気持ちになれる静かな一瞬というものがありました。
それは、艇指揮と目が合い、小さく頷かれたときでした。

ある日の帆走訓練でのこと。
風が止んだため、錨を下ろして海上で昼食を摂ったときに、艇指揮(A教官)がタバコを吹かしながら、昔話をしてくださいました。

A教官も候補生時代、短艇訓練初期のころ、私たちと同じように、オールを流すやらぶつけるやら、上半身が水平になるまでオールを引いた状態で、櫂座からオールが外れて、後ろに転倒して後頭部を痛打するやら。

帆走巡航でも同じように、上手回し、下手回しのたびにブームにぶつかって転倒したり、あろうことか固縛したはずのロープがほどけて帆がバタバタしたり、それはもう私たち以上のミスの連続だったそうです。
「君たちは私が候補生の頃に比べれば上等!!」と笑いながらおっしゃってました。

A教官の候補生時代、艇を指揮していたB教官は、大きな声を出したり、艇員を叱責したりすることは全くなかったそうです。
艇員同士の怒号が飛び交う中でも、静かにその様子を見ているだけ。そして、その怒号が一瞬途切れるタイミングで、静かに「注目」と言い、艇員の視線を自分に集め、「深呼吸」と言いながら自ら静かに「フゥゥ」と息を吐く。

技術的なアドバイスとか、指示とかするではなく、まして艇員を叱責するでもなく、ただ一言「深呼吸」。

するとそれまでのカオスが嘘のように静まりかえり、自然と艇員の動作が穏やかで丁寧なものになっていく。下手くそな運行でも、それでも静かに艇は前に進み出す。
B教官は艇員の一つ一つの動作をよく見ていて、艇員一人一人と目が合うと、こくりと頷くだけ。

そういえば私が教官と目が合うと、教官はかならず頷いてくれていました。
そして、他のクルーたちも少なからず、教官と目が合うと、教官が頷いてくれるという経験をしていました。

2. 愛ある言葉は 小さな声で 静かに届く

A教官は続けます。
そのB教官も海上での昼食の時間に昔話、つまり自分が候補生時代のお話しをよくして下さったそうですが、そのお話しの中に、「愛ある言葉は 小さな声で 静かに届く」という話があったそうです。

候補生学校での地獄のような生活。
厳しい短艇訓練。
ミスが許されない緊迫した空気の中で、およそ「愛」という言葉が似つかわしくない環境で耳にした言葉。

  1. 相手の目を見る。それは「私はあなたに関心を持っていますよ。」というメッセージ

  2. 静かに呼吸する。それは「私はあなたとともにいますよ。」というメッセージ

  3. 相手の目を見て、静かに呼吸することで、「あなたを信頼していますよ。」というメッセージ。

これらのメッセージは、声が小さくても、確実に相手に伝わり、そして相手の緊張を解き、相互に不思議な安堵感が漂います。
相手に関心をもち、ともに在り、そして信頼していれば、大声は必要なく、相手に伝わらないかもという不安もありません。

いつの世も、ともすれば「命令」と「服従」ばかりが強調され、意味をはき違えた力の行使を「毅然としたリーダーシップ」として良しとする風潮が世間一般にはありますが、私がいた組織では、それとは反対のように「愛」ということばが使われていたのです。

教官から候補生へ。そしてその候補生が教官になったらまた次の候補生へ。
海の上の逃げ場のない場所、自分自身に向き合わざるを得ない場所で、この優しい教えは次の世代に受け継がれてきました。

この「愛ある言葉は 小さな声で 静かに届く」という、海の上で学んだことを、私は日々、タロウさんとルーカス相手に実践しています。
呼吸をすること。
相手の目をきちんと見ること。
そして、「私はあなたとともに在る。」と感じること。

相手を「自分の思い通りに動かそう」という意志が働くと、愛が消え、声や動作は大きくなり、そして相手には伝わりません。
でも、ただシンプルに呼吸して、相手の目を見て「私はあなたとともにいますよ。」と伝えるだけで、相手が動いてくれます。

ホースハーモニーでは、「信頼の呼吸」で一瞬で起こることを、文章で書いたら3000文字を超えてしまいました。(^_^;
タロウさんとルーカスとの会話は、静かで深い。

人間で言えば60歳を超える年齢のルーカスも、ヒトの優しさに癒やされています。

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