【馬と人の関係】 目指すのは「馬から信頼される人」ではなく…
この記事は、乗馬技術の向上と、それにともなう馬と人の「信頼関係」を模索し始めた、ある女性ライダー(Aさん)のお話しです。
乗馬を始めて1年ちょっと。鞍数が100鞍弱のAさん。さらなる乗馬技術の向上を目指して頑張っています。
そのAさんから質問を受けました。
【質問】
私の言うことを、なかなか聞かない馬がいます。
指示に従わない馬に対して、私がモタモタしていると、インストラクターから、拍車や鞭の強化を求められます。
「毅然として意志を示すことができないあなたの弱さを、この馬は知っていて、あなたを舐めているのです。他の人は乗れてますよ。」と、言われます。
他の馬とは違い、この馬は「フンッ」というような態度で、むやみに拍車を当てたり、鞭打ったりしたら、馬が急に駆け出したり、立ち上がったりしないかと、恐怖を感じます。
でも実は、恐いというよりも、何か自分が気づいていない大切なことがあるような気がしていて、インストラクターに質問しようと思ったけれど、「未熟者が、聞いたふうなことを言うな。100年早い。」と言われそうで、口がさけても言えませんし、現実問題として、馬は私の指示に従いません。どうしたらいいのでしょうか。
1. 一般的な乗馬とホースハーモニーの違い
Aさんは、自分が所属する乗馬クラブではとても質問できるような空気ではないので、ネットで検索してホースハーモニーなら、モヤモヤが解決するかもしれないと思って問い合わせをしたそうです。
こういう場合、一般的な乗馬レッスンでは、
明確で一貫性のある、具体的な指示。
「力」の行使をためらわない強い意志。
馬の心理を理解し、人に有利なかけひき。
といったところが模範回答になるのでしょうか。
ホースハーモニーは乗馬がメインではないので、なんとも言えないのですが、このような場合は、以下のように考えます。
明確で一貫性のある「指示を出す」ことよりも、Aさんが「本当のAさん」自身で「在り続ける」こと。「インストラクターを意識するAさん」と「本当のAさん」は別人。本当のAさんは、今、ここで、ウマに向き合っているAさん。
「力の行使」量と自分の「能力」は、「反比例」の関係にあること。
つまり、「力」に頼ろうとするほど、能力が低く、反対に力の行使が少ないほど、能力は高い。馬とかけひきするのではなく、自分の心を「静か」に戻すこと。
漠然としていて、ちっとも具体的ではないですね。(^_^;
2. Aさんのルーカス乗馬
いつもなら乗馬の前に、地上でウマとの信頼とはどういうことかを体験していただくのですが、Aさんには先に乗馬クラブで教わったやり方でルーカスに乗って頂きました。
私:どうぞ、いつもどおりに乗って下さい。遠慮なく。
Aさん:あ、はい。ルーカスお願いね。
Aさんがルーカスにまたがり、発進の指示をだしますが・・・。
ルーカス、微動だにしません・・・。
あ、やはり最初からこの展開・・・。
Aさん、脚を強くしたり、踵を当てたりしてますが、ルーカスは発進せず、しっかり前を向いて立っていました。が、やがて眠そうな顔になり、頭を下げてしまいました。
Aさん、そんなルーカスの態度に少し苛ついたのか、ルーカスの腹を蹴りました。ハッとしたルーカスは少しだけ歩き、でもまたすぐ止まります・・・。
Aさんの顔には戸惑いと焦り、自信喪失?の色が如実に出ています。
自分は100鞍の経験があるのに、発進もさせられないウマがいたことが意外だったでしょうか。
(私の心の声):そういう馬は珍しくないですよ。(^^)
私:今、どういうお気持ちですか?
Aさん:情けないやら悲しいやら。やっぱりクラブのインストラクターが言うように、ここでも私は舐められているんですか?
なんか、ルーカスは私を全否定しているような気もします。
Aさんが馬上で泣きそうな顔になっているので、一旦降りて頂いて、私が見たままのルーカスの様子をお話ししました。
ルーカスはAさんを全否定どころか全肯定していて、Aさんが鞍にまたがる前から「人馬一体」の反対、つまり「馬人一体」であったこと。
そしてAさんが指示する前に、既にその指示を察知していたこと。指示が通らなかったのではなく、Aさんは自分で出した指示を、自分で取り消していたからで、それはもしかしたら、Aさんがインストラクター目線にかなおうと努力する、「こうあらねばならい」と思い込んだ、「真面目な他者目線のAさん」だったからかもしれないこと。
焦ったり、戸惑うのは、乗馬に限らず、生きていれば誰でも当たり前のことで、自分を責める必要はまったくないこと。それが人間です。馬だって同じかもしれません。
でもルーカスはそんなAさんから片時も心が離れることなく、ずっとAさんを受け入れ、寄り添っていたこと。
私の説明を聞きながらルーカスを見る、Aさんの目には涙がにじんでいます。
私は、Aさんに、「今日は『ウマから信頼されるヒト』を目指すのではなく、『ウマを信頼するヒト』になってみませんか?」と提案しました。
いたずらにウマの腹を蹴ったり、鞭を使うことに抵抗があるAさんならば、『ウマを信頼するヒト』の意味を理解できると思ったのです。
3. ウマを信頼するということ
「信頼の呼吸」の目的は、
1. ウマから信頼されるヒトになる。
・地に足がついている。
・腹が据わっている。
2. ウマを信頼するヒトになる。
・ウマに対して「無条件かつ全肯定の関心」を持てている状態
・自分自身を全肯定している状態、つまり「自己一致」の状態
3. 信頼状態の維持・復帰
地上・馬上にかかわらず、上記の状態をなるべく維持することと、その状態から離れたときに、すぐに気づいて、また信頼の状態に戻ること。
ホースハーモニーで「信頼の呼吸」と名付けている呼吸法は、特に神秘的な呼吸とか、武術の達人技のような特別なものではなく、自分の体を意識することで、誰でも容易にできます。
呼吸をしながら、自分の「イメージ」を「内観」へと向けていき、体と心のつながりが実感できるようにもっていくやり方です。
Aさんに信頼の呼吸をご説明し、ルーカスのそばでスーハー、スーハー、吸って吐いてをやって頂きました。
信頼の呼吸をはじめたAさん、徐々に地に足が着き、腹が据わっていきます。
すると私の予想通り、Aさんのとなりにいたルーカスが、Aさんのお腹に鼻を押しつけてAさんを押したり、Aさんの頭の上に自分の顎をのせてゴツンゴツンしたり。
Aさんの肩に自分の肩をドンッと当てたり。
体重500Kgのルーカスの、全身全霊のボディコンタクトに、Aさん、涙やら鼻水やら流しながら、泣き笑いしています。
ひとしきりルーカスの洗礼を浴びた後、
私:今、ルーカスに対してどんなお気持ちですか?
Aさん:なんか、「指示」だの「舐められる」だのと言ってたことがどうでも良くなりました。ヒトの呼吸ひとつで、ウマってこんなにストレートに、全身で気持ちを表してくれるんですね。
私:先ほど私は、「ルーカスはAさんを全否定どころか全肯定していて、片時も心が離れることなく、受け入れ、寄り添っていた。」と言いましたが、それに気づかずに、「指示」とか「舐められないように」とか考えているヒトに対して、ルーカスはどのような気持ちになるでしょう。
今、ルーカスに対して、「信頼」ということについて、どのような感じがしていますか?
Aさん:「ルーカスに信頼される自分にならなきゃ」という気持ちは全く消えて、最初から「ルーカスに信頼されていた」ということに気がつきました。こんなに私のことを見て、寄り添ってくれていたのに・・・。私は・・・。
Aさん、涙がポロポロ溢れてきて、途中から言葉が詰まってしまいました。
私:「最初から信頼されていた」ということに気づけば、自分からウマを「信頼する」ということはどういうことなのかわかりますよね。
私は、自然に涙が溢れてきた「感謝」の状態のことをいうのではないかと常々考えています。さぁ、もう一回ルーカスに乗ってみましょう!
Aさんは1回目の乗馬とは違って、馬上でとても穏やかで静かな顔をしています。
先ほどの、インストラクター目線で車を運転するようなアプローチとは違い、馬上でしばらく静かに呼吸をしたあと、まるでルーカスとの命のつながり確認しているかのように、静かに息を吐き、静かに発進し、しばらく常足で歩いた後、速歩、駆け足へとスムーズに歩様変換していきます。
端から見ているとAさんの指示は、どんどん小さくなっていって、もう指示ではなく、これが本当の「扶助」と呼べるほどに見えてきました。
Aさんの乗馬が終わり、ルーカスを降りて第一声が、
「まるでテレパシーのようでした。思った瞬間にはルーカスが反応してくれて、指示がその後になることもありました。こちらが意志を伝えるよりも前に、ルーカスが察知しているということがよくわかりました。
ルーカスに翼が生えていて、なんか空を飛んでいるような気持ちでした!」
ルーカスの翼・・・。
Aさんの状況によっては、まさにその「ウマの翼」について教えようかなと思っていたのですが、必要なかったみたいです。
4. Aさんのその後
Aさんはその後、クラブのインストラクターから「乗馬姿勢が見違えるほどよくなったね。」と言われたそうです。
ウマに対する信頼は、身体感覚を通して姿勢に現われるので、Aさんはその馬を心から信頼して乗馬していたのでしょう。
Aさんのご報告によると、ホースハーモニーのあと、乗馬クラブで大きく変わったのは、
・騎座の安定、脚のフィット感、そして馬上での視界の広がり
・吐く息と扶助が同調したときの一体感
・一番変わったのは、「このウマは苦手」という意識が消えたこと。
Aさんは今、乗馬だけの馬との関わり合いに、一抹の寂しさを感じているそうで、ウマという生き物の優しさを垣間見てしまった今、「そこにウマがいるだけ」、「ウマとともに在る」幸せの方が大きくなってしまったそうです。
どうぞ、またいつでもタロウさんとルーカスに会いにお越し下さい。
心よりお待ちしております。(^^)

