日常を漕ぐ。
柄にもなく、
晴れた日の真下にいた。
日陰から世界を眺めるのが得意だったはずの俺が、
首筋に汗を伝わせながら、
自転車のペダルを踏んでいる。
仕事のための、地味な配り物。
知らない通りの、知らない郵便受けに、
一枚、また一枚と、紙を差し込んでいく。
インターホン越しに断られるわけでもなく、
かといって、礼を言われるわけでもない。
誰のものでもない昼下がりの静けさの中を、
俺はただ、漕いで、止まって、また漕ぐ。
正直に言えば、
こういう作業を、ずっと小馬鹿にしていた。
泥臭い。
効率が悪い。
報われる保証もどこにもない。
スマートに、賢く立ち回るのが、
いまの時代の正解なのだと、
どこかで決めつけていた。
でも、
太ももが張って、
息が上がってくると、
頭の中で偉そうに鳴っていた御託が、
少しずつ削れていく。
最後に残るのは、
「とにかく、もう一軒」
という、 ただそれだけの、
単純であたたかい手応えだった。
家に帰れば帰ったで、
今度は画面に向かう。
誰に頼まれたわけでもない、
ひとりよがりの代物を、
夜な夜な、AIと相談しながらこねている。
先日、
それを何人かの知り合いに見てもらった。
返ってきたのは、
俺の頭からは逆立ちしても出てこない角度の言葉ばかりで、
自分がどれだけ狭い窓から世界を覗いていたのかを、
思い知らされた。
正直、面映ゆかった。
こんな個人の酔狂みたいなものに、
真顔で意見をくれる人間が、
ちゃんと自分の周りにいたのか、と。
昼は知らない通りで紙を配り、
夜は画面の中で拙いものをこねる。
並べてみればちぐはぐな一日だが、
たぶん、根っこは同じだ。
自分の手の届く範囲を、
ほんの少しだけ、
外側へ広げようと、足掻いている。
「変わりたい。でも怖い」
そう言い訳して立ち止まることにかけては、
俺は一流だった。
そんな俺にしては、
まあ、悪くない一日だったと思う。
帰り道、アスファルトに伸びる自分の影が、
朝よりも、少しだけ長くなっていた。
ただ陽が傾いただけの話だ。
理屈ではわかっている。
それでも、
その間延びした不格好な影を、
今日くらいは、嫌いじゃない、と
思ってやることにした。
