不携帯と夢想
スマホもイヤホンも時計も、家に置いて出た。
電子機器と呼べるものを、ひとつも持たずに。
理由は特にない。
なんとなく、そうしてみたかっただけだ。
午前に国家試験、午後に美容院の予約。
よりによって、予定のある日を選んだ。
家を出て三分で、
俺はポケットをまさぐっていた。
何を探しているのか自分でも分からないまま、
手だけが動いていた。
習慣というのは、思っているより厚かましい。
近くのコンビニに寄って、煙草に火をつける。
いつもならここで動画か音楽を流して、
ぼうっとしている時間だ。
今日はそれがない。
一本が短くなるまでが、やたらと長い。
気を紛らわすものを探して、あたりを見回した。
向かいで建物の解体をやっていた。
作業員が高いところで動いている。
暑そうだな、
あんな場所でよく手が動くな、と思った。
それだけだ。
試験会場までは歩いた。
幸い、今日はそこまで暑くない。
歩いているあいだじゅう、
手の置き場がなかった。
何かがずっと落ち着かない。
淋しい、に近いが、そこまで大げさでもない。
名前のつかない種類のざわつきだった。
試験が終わって、美容院へ向かう。
そこで困った。
場所を、なんとなくしか覚えていない。
いつもなら予約アプリを開いて地図を見る。
今日は開くものがない。
もうひとつ困ったのは、
時間が分からないことだった。
遅れて迷惑をかけたくないから
一時間前に出たのに、
その一時間が、いま何時何分なのか分からない。
道中、
こんなところにドローンスクールがあったのか、と思った。
麻辣湯の店ができている。
とくべつ珍しいものでも、
驚くようなことでもない。
「ふーん」で終わる程度の発見だ。
ただ、俺は普段この道で何を見ていたんだろう、
とは思った。
答えは分かっている。画面だ。
見るものがなくなると、意識は内側に向く。
俺はずいぶん浅い呼吸をしているな、とか。
スマホがなかった頃、
この退屈をどうやって凌いでいたんだろう、
とか。
いや──
凌いでいたわけではないのかもしれない。
あの頃はそもそも、
これを退屈だと思っていなかったんじゃないか。
美容院の近くまで来て、
コンビニに入った。
店内の時計は15時45分。
予約の十五分前だった。
水を買って外に出る。
だが、肝心の店が見つからない。
同じあたりをぐるぐる歩いて、
さすがに焦った。
ふと横を見たら、そこが店の前だった。
15時58分。
初めての美容師さんと、
当たり障りのない話をして、
一時間後に外へ出た。
いつもならここで店を調べるか、
動画を見ながら帰る。
今日はそれもない。
頭の中だけでぐるぐる考えて、
本屋の併設されたカフェへ行くことにした。
せっかくなので、注文の前に棚を見た。
普段は仕事に要る本か、
買うと決めていた小説を、
取りに来るだけの場所だ。
今日はそれがない。
社会と哲学の棚を、なんとなく歩いた。
何冊かめくって、戻して、
またべつの一冊をめくった。
どれくらいそうしていたのかは分からない。
適当に一冊、
なんとなく気になったものを買った。
コーヒーを頼んで、本を開く。
いつもならイヤホンから、
音楽が流れているところだ。
今日はない。
だから、周りの会話が聞こえてきた。
「会社が嫌すぎるからやめようかな。
ここだけの話」
「これマンゴーの果肉が入っててー」
どうでもいい話ばかりだ。
そのどうでもよさが、少し微笑ましかった。
顔を上げると、店の中の何人かが、
下を向いて画面を覗き込んでいた。
街でも、電車でも、たぶんどこでも同じだ。
何かに追われるように、
みんな手のひらを見ている。
俺もその一人である。
今日たまたま持っていないだけで、
明日にはまた同じ顔をしている。
何が楽しいというわけでもない。
企業とインフルエンサーが流したものを、
働きアリみたいにせっせと集めている。
集めたそれを、
俺たちは一体、何に使うんだろう。
不思議なのは、
これだけ繋がる手段が増えたのに、
ひとりでいることのつらさが、
ちっとも軽くなっていないことだ。
これは俺の勝手な考えだが、
たぶん「つながり」そのものが、
消費されているのだと思う。
誰とでも繋がれるようになったから、
誰とも繋がれなくなった。
繋がって何をするかではなく、
繋がっていること自体が目的になる。
返信の数、いいねの数、通知の数。
目に見える形になったものだけが、
安心の材料になる。
数えられるようになったぶん、
数えるのをやめられなくなった。
それで本人の抱えているものが片づくわけでは、
まったくないのに。
昔に比べて、
友人や顔見知りは増えたはずだ。
それなのに、
親友と呼べる相手は減っている気がする。
「ズッ友」なんて言葉もあったが、
あれはあれで流行りの側面が強くて、
親友とは少しちがう。
心から繋がれる相手というのは、
いまや絶滅危惧種で、
そろそろ保護区がいる。
これからも「つながり」は
消費されていくのだろう。
そのなかで、
自分が自分で居られる方法は何なのか。
そんな問いを立てながら、家に帰った。
机の上に、朝置いたままのスマホがあった。
画面をつけると、通知がいくつか並んでいた。
ひととおり開いてみたが、
俺が一日いなくて困った人間は、
ひとりもいなかった。
その横に、今日買った本を置いた。
今日一日でまともに残ったのは、
この一冊と、
歩きながらの取り留めのない夢想だけだった。
──あなたは、どうやって自分で居るんだろう。
よければ、聞かせてほしい。
