魔導機兵エクスマキナ 第1話
【あらすじ】
魔力で動く機械『魔導』が発達した西の大国サイエンティアは、魔法が発達した東の大国ミステリアに敗北した。
主人公レオンはミステリアの主力兵器ゴーレムの強さに魅せられ、それを越える人型魔導兵器の開発を志す。
しかし戦争が終わり、新兵器開発の予算も減ってしまい、レオンの夢は頓挫しかけてしまう。
そんなとき、皇女ソフィアがレオンを訪問。
自分の下で人型魔導兵器の開発を継続するように要請する。
実は皇族の間で継承権争いが起きており、最強の対ゴーレム兵器を作った者に、次期皇帝の指名権が与えられることになったのだ。
レオンとソフィアはお互いの目標のために協力し、他の皇族との新兵器開発競争に身を投じるのだった。
【本文】
セントラル大陸には二つの大国が並び立っていた。
一つは東の大国、ミステリア魔法皇国。
名前の通り、伝統的な魔法を中心とした文化が栄えていて、国民全員が大なり小なり魔法を使うことができる。
もう一つは西の大国、サイエンティア魔導帝国。俺が生まれ育った国だ。
こちらは魔導技術……つまり、魔力を動力源とする機械技術が発達した国で、ミステリアとは反対に魔法使いがほとんどいない。
二つの大国はその頃から対立を続け、何度も大きな戦争を繰り広げてきたものの、最近は平和な時代が続いていた――そう、残念ながら、過去形だ。
今から遡ること二十年前、仮初の平和はあっけなく崩壊した。
俺はまだ初等学校に入学したばかりの子供だったが、当時の出来事は今でもよく覚えている。
ある晴れた夏の昼下がり。その日もいつも通りに、丘の上の初等学校で退屈な授業を受けていると、突然けたたましいサイレンの音が響き渡った。
原因はすぐに分かった。
ゴーレム。土と岩で創られた、ずんぐりむっくりとした体型の人造の巨人。
その大群が、土煙を上げながら街に迫っていた。
大きさは人間の三倍ほどで、下半身に比べて上半身が分厚く、腕は太くて拳は強靭。
まるで大型類人猿のように拳を地面に突き、擬似的な四足歩行で大地を疾走する、ミステリア魔法皇国の軍事兵器。
迎え討つは、サイエンティアが誇る最新鋭の自走砲部隊。
馬の代わりに魔導エンジンで車輪を動かす車、現在でいうところの自動車をベースとして、長砲身の大砲を一門搭載した砲戦兵器。
上空の複葉機が魔力波による無線通信で偵察結果を送信し、自走砲部隊がその情報を元に照準を定め、標的めがけて一斉に砲弾を浴びせかける。
これこそがサイエンティアの必勝戦術だった。
凄まじい砲撃を目の当たりにして、俺を含めた子供達が歓声を上げたことを覚えている。
あんな猛攻に耐えられる兵器など存在しない――そのはずだった。
ところが、砲弾の雨はゴーレムの身体に当たる直前、まるで見えない鎧に阻まれるように防ぎ止められてしまった。
ゴーレムのボディが砲撃に耐えたわけではない。
それよりも前、砲弾が触れる以前の段階で、何らかの防御魔法が発動したのだ。
防衛隊は何度も砲撃を繰り返したが、結果は同じ。
爆風も破片もゴーレムの体表に傷一つ当てられず、それどころか進軍速度を緩めることすらできなかった。
教室が恐慌状態に陥る中、俺だけは窓際に張り付いたまま、ゴーレムが防衛隊を蹂躙する様に魅入られていた。
俺の胸にあったのは、恐怖心ではない。
故郷が蹂躙される怒りでもなければ、憎しみでもない。
興奮。ただそれだけだった。
――ゴーレムは凄い。きっと地上最強の兵器に違いない。
だけど、いや、だからこそ思った。
あれを越えたい。あれよりも強い魔導機械を造り上げてみせたい、と――
だが、現実は甘くはなかった。
ミステリア皇国軍の戦闘ゴーレムの前に、サイエンティア帝国軍は連戦連敗。
たったの五年で敗北寸前に追い込まれ、ほとんど降伏も同然の停戦協定を結ばされてしまったのだ。
セントラル大陸に二つの大国が並び立っていたのも、昔の話。
魔導帝国は領土の大部分を占領され、残ったのは大陸の西端地域と北方地域、そして西の海の島々だけ。
今となっては、魔法皇国が唯一無二の大陸の覇者だった。
それから十五年が経ち、現在。
俺こと、レオンハルト・グリムがどうなったかというと――
◇ ◇ ◇
「よぉ。来たか、レオン。さっそくだが悪い知らせがある」
ある日、社長の執務室に呼び出された俺は、唐突にそんな話を切り出された。
執務机でふんぞり返っているのは、新社長のスヴェンだ。
浅薄を絵に描いたような外見。その見た目通りの短慮な性格。
あの物腰柔らかな先代社長とは似ても似つかない。
悪い知らせと言いつつも、ニヤニヤと嘲るような笑みを浮かべているあたりに、こいつの性根がありありと滲み出ている。
「我がグレンダール・インダストリーズ社は、対ゴーレム用の新兵器の開発から手を引くことにした。お前も今月いっぱいでクビだ。理由は分かるよな?」
「ええ、まぁ。そろそろだろうなと予想はしていました」
最悪の報告を冷静に受け止める。
「だったら話は早い。お前がうちの会社に来てから、もう五年も経ってるんだぜ。それなのに、肝心の新兵器は完成の見込みすらないときた。親父は『時間をかける価値がある』とか言ってやがったが、俺はそうは思わねぇ」
スヴェンは大袈裟に手を振りながら口の端を吊り上げた。
「親父がくたばった以上、この会社は俺のもんだ。会社の方針は俺が決める。金にならない研究はいらねぇんだよ。特に、お前が拘ってるデカブツ……確か『エクスマキナ』だっけか? あんなワケ分かんねぇ代物はな」
言い返したい気持ちをぐっと堪える。
感情的には反発感しか湧いてこないが、成果を挙げられていないこともまた事実。
目を掛けてくれた前社長が亡くなった以上、社内での立場が悪化するのは当然としか言えなかった。
「つーわけで、さっさと工房に戻って荷物を纏めてこい。エクスマキナの試作品は退職金代わりにくれてやる。あんな鉄屑、買い手なんかつかねぇだろうしな。分かったらさっさと出ていけ、この穀潰しが」
俺は深々と溜め息を吐き、社長室を出た。
予想はできていたとはいえ、失意と失望は抑えられない。
停戦後、帝国政府はゴーレムに対抗する新兵器の開発よりも、失われた国力の回復に全力を尽くすと宣言した。
それ自体は悪くない。当然の判断と言えるだろう。
だが、あれから十五年経ってもなお、政府は方針を変えていない。
新兵器開発は下火になったままで、俺のような研究者は不遇を強いられてきた。
そんな中、前社長は『いつか政府も方針を変えるはずだ』と考えて、どうにか研究予算を捻出してくれていたのだ。
俺はその期待に答えられなかった。何もかもが無駄に終わって――
「――ええい! 落ち込んでる場合か!」
自分の両頬を叩いて気合を入れ直す。
ここで諦めてしまったら、いよいよ社長に合わせる顔がないというものだ。
「やっと突破口が見えてきたとこなんだ。こんなところで諦めてたまるかよ」
◇ ◇ ◇
グレンダール・インダストリーズ社の本社ビルを後にした俺は、路面鉄道を使って街外れの工房に向かった。
市街地に張り巡らされたレールを走る、二両編成の列車。乗合バスに近い代物だ。
硬い座席にもたれかかって、窓の外に視線を移す。
石畳で舗装された道路の左右には、伝統的なデザインの集合住宅が立ち並び、一階部分の商店用スペースが賑わいを見せている。
建築物の外壁に沿って伸びる配管は、魔力を分配するための伝導管。
遥か遠方の魔力溜まりで採集された半気体状の魔力は、パイプラインを通じて都市まで運ばれ、国中の魔導機械を動かすエネルギー源として消費される。
魔導機械を生んだ技術革新……俗に言う『魔導革命』から約百年。
サイエンティア国内において、魔導の恩恵を受けていない場所はどこにもない、と言っても過言ではない。
自動車や鉄道の動力機。街中に設けられた街灯や信号機。各家庭のコンロやオーブン。
店先のラジオも、農村のトラクターも、港町の漁船も、全て魔力によって動いている。
だが、ここまで発展した魔導文明を持ってしても、帝国軍はミステリア魔法皇国の戦闘用ゴーレムに敗北した。
現代兵器を通さない魔力装甲――この鉄壁の護りに対して、効果的な対抗手段を見つけ出すことができなかったがために。
そんなことを考えている間に、路面鉄道が街外れの終点に到着した。
都市の中心部、旧市街地を囲む城壁の更に外。
数十年かけて広がった新市街地の端には、中小規模の工房や工場が集まった区画が存在している。
活気溢れる喧騒。魔導エンジンと工作機械のけたたましい動作音。
耳障りに感じる奴もいるだろうが、俺にとっては心地よさすら感じる空気感だ。
「よぉ、レオンハルト! 不景気な顔してんな! まさかいよいよクビになったか!」
通りに面した自動車整備工場の親方が大声で話しかけてくる。
いつもながら、配慮の欠片もない言動だが、今はむしろ普段通りの態度の方が気楽でありがたい。
「そのまさかだよ。今月いっぱいで雇い止めだとさ」
「マジかよ! 大変だな、おい! まぁ、お前ならすぐに次の仕事も見つかるさ!」
「あんな研究、どこの誰が続けさせてくれるっていうんだよ」
愚痴をこぼしながら肩を竦める。
「がはは! そりゃそうだ! ……そういえば、お前の工房んとこに高そうな車が停まってたぞ。ひょっとしたら大手のスカウトかもしれねぇな。クビになったって話、もう聞きつけてきたんじゃねぇか?」
奇妙な噂に首を傾げつつ、親方と別れて工房に急ぐ。
俺の職場であるグレンダール・インダストリーズ社の第六工房は、この工業地域の外縁部にひっそりと佇んでいる。
工房といっても別に大袈裟なものじゃない。
安価な金属板の壁と屋根で構成された、地味で簡素な倉庫のような工場だ。
大きさだけはそれなりで、高さは三階建ての集合住宅と同じくらい。
広さは建物内でちょっとした陸上競技ができるほどもある。
そして、シャッターが降りたままの工房のすぐ手前には、噂通りの見慣れない高級車が停められていた。
車に乗っているのは、運転手と思しき初老の男だけ。
用件を聞こうと車に近付いた瞬間、背後から若々しい少女の声が投げかけられた。
「待ちわびたぞ。お主がレオンハルト・グリム魔導技師だな」
驚いて、声が聞こえた方に振り返る。
工房の出入口の前に見知らぬ少女が立っていた。
透き通るような肌。色素の薄いロングヘア。華奢で小柄な背格好。
年齢は十代半ば、あるいはもう少し下で、俺の半分くらいかもしれない。
外見的特徴だけを並べ立てれば、絵に描いたように儚く繊細な令嬢だ。
しかし容貌から受けるイメージとは裏腹に、言動は古風で大仰、子供らしさの欠片もない堅苦しさに満たされていた。
「対ゴーレム用の新兵器を開発していると聞いて来た。是非とも詳しい話を聞かせてもらいたい」
困惑のあまり、すぐには言葉が出てこなかった。
浮世離れしている、なんていう月並みでありきたりな言い回しが、ここまでしっくりくるのは逆に珍しい。
そのくせ声質は綺麗に澄んだ――いわゆる鈴を転がすような声をしているものだから、ギャップの大きさに面食らわずにはいられない。
「ええと、つまり……見学希望ってことでいいのか?」
「端的に言えばそうなるな。お主の研究は、過去に例のないものだと聞いている。エクスマキナというのだろう?」
少女は興味津々といった様子で笑ってみせた。
一体どこの誰かは知らないが、よりによってこのタイミングときたか。
「運が良かったな。この工房は今月いっぱいで閉鎖するんだ。見学なら最後のチャンスだな」
「閉鎖だと!?」
大きな目を丸くして、少女が声を荒らげる。
「困る! それは困るぞ! 何故そんなことに!」
「何故と言われても。そりゃあ……」
その直後だった。
大音量のサイレンと激しい鐘の音が工業地域に――いや、この都市、ヴェステンブルク全体に響き渡ったのは。
「な、何だ!? 何があった!」
少女は酷く混乱していたが、俺にとってはこれも馴染み深い日常風景の一幕だ。
「襲撃警報は初めてか? ゴーレムが街の近くに出てきたんだよ」
「しゅ、襲撃警報? ゴーレムだと!? そんな馬鹿な……!」
「あっ! おい!」
突然走り出した少女の後を追いかけて、工房の外階段を駆け上がる。
運転手らしき初老の男も慌てて俺についてきたが、歳のせいか途中で息切れを起こし、階段の途中で置き去りになってしまう。
この工房の屋上は、普通の建物なら三階に相当する高さだ。
寂れた街外れという立地もあって、他の建物に視界を遮られることもなく、街の外の平原を存分に見渡すことができる。
少女は平坦な屋上の端に立ち、街の外を呆然と見やっていた。
街から三キロメーターも離れていない辺りに、二体のゴーレムの姿があった。
二体とも大型類人猿のようなナックルウォーキングで平原を駆け、激しい土埃を巻き上げながら、このサンフォートシティめがけて脇目も振らずに直進していた。
「信じられん……戦争は、とっくの昔に終わったはずだろう……」
「あんた、ひょっとして『海洋州』の出身か?」
「そ、そうだが、何故分かる」
「こんなの『大陸州』じゃ日常茶飯事だからな。驚く時点で確定だ」
戦争に敗れたサイエンティア魔導帝国、つまりこの国の現在の領土は、大陸の西端地域と北方、そして西の海に点在する島嶼だけだ。
一般的に、前者は『大陸州』と呼ばれ、後者は『海洋州』と呼ばれている。
「あれは戦争中にバラ撒かれた自律型ゴーレムの生き残りだよ。普段はそこら辺をうろついて、たまに思い出したみたいに街を襲うんだ。月に一度くらいの災害だな」
「そうだったのか。私の知識不足だな……だが、解せぬことがある」
少女は疑問と納得が入り混じった様子で顔をしかめた。
「今もゴーレムが脅威であるのなら、対ゴーレム兵器にも需要があるはずだ。どうして工房を閉鎖するなど……」
「見れば分かる。始まるぞ。防衛連隊の迎撃だ」
新市街地の外周エリア、俺達がいる場所から少しばかり離れた区域に沿って、防衛隊の自走砲部隊が展開されていく。
一個小隊につき四輌、五個小隊が合わさって一個中隊、総勢二十輌。
サンフォート防衛連隊の全自走砲の三分の一が隊列を組み、街に接近する二体のゴーレムめがけて絶え間なく砲弾を浴びせかける。
砲弾の過半数は地面を派手に掘り返すだけだったが、一部はゴーレムに直撃。
そのたびに魔力装甲が揺らぎ、軋みを上げる。
本来なら完全に無効化できたはずの砲弾が、ほんのかすり傷程度とはいえ、透明な魔力装甲の下の本体に損傷を与えている。
「あれは! 解呪砲弾か!」
少女が大声を上げて身を乗り出す。
魔力装甲も魔法の一種。特定波長の対抗魔力をぶつければ、効果の相殺や低減が期待できる。
だが、砲弾に使われる卑金属、つまり鉄や鉛は魔力を溜め込みにくいため、一発あたりの影響力は極めて小さい。
それを力技で補う手段が、この飽和砲撃戦術だ。
先頭のゴーレムの魔力装甲が耐久力の限界を迎え、砲弾の直撃と同時に弾け飛ぶ。
立て続けに降り注ぐ追撃の砲弾。
ゴーレムを構成する岩石が次々に砕けていく。
そして新市街地の手前、約五百メーター前後の地点で、ゴーレムは岩の欠片となって完全に機能を停止した。
「ご覧の通り、野良ゴーレム程度なら既存兵器でも撃退できる。現状維持だけなら新兵器は必要ないってわけだ。もちろん、何十体も相手にしたら勝ち目はないけどな」
「……お主の研究、エクスマキナも、だから不要だと断じられた……」
個人的な感情を脇に置けば、スヴェンの判断も間違っているとは言いにくい。
民間企業が利益を優先するのは当然だし、仮に俺の研究がうまくいったとしても、一番の顧客である帝国政府が購入してくれるとは限らないのだから。
「ならば、お主は何故研究を? やはり……復讐か? 奪われた故郷を取り戻すため……不甲斐ない皇族の決断を待ってはいられないと……」
俺は少女が辛そうに絞り出した言葉を吹き飛ばすように、わざとらしいくらい楽しげに笑ってみせた。
「そんなに殊勝な動機はしてねぇよ。俺はただ単に、ゴーレムよりも強い兵器が作りたかっただけだ」
「強い兵器?」
「……俺はな、ゴーレムこそが最強の兵器だと思ってる」
幼い日に抱いた『熱』が脳裏を過ぎる。
二十年経った今でも消えない、根源的な情熱が。
「地上最強、史上最強。そんな代物を魔導技術で越えてみせたい。ただそれだけなんだ。他の連中がどうかは知らないけどな」
「だが、自走砲でも倒せたではないか」
少女の子供っぽい勘違いに思わず笑みがこぼれる。
「最強と無敵は違う。たった二体のゴーレムを倒すためだけに、あれだけの砲撃が必要になるんだぞ。兵器としての性能は段違いだろ」
「むぅ……確かに、十倍の数を用意しなければ抗えない、とも言えるか……」
「ところで、そっちこそどうなんだ?」
少女がきょとんとした顔で俺を見上げる。
「……? どう、とは?」
「採用の見込みのない新兵器に興味を持った理由だよ。皇族や政府が方針を変えない限り、徒労に終わるのが確定してるような研究だぞ?」
「決まっているであろう。まさしく状況が変わって――」
そのときだった。けたたましい警報が、再び工業地域全体に鳴り響いたのは。
屋上から路地を見下ろすと、周りの工場の従業員達が大慌てで逃げ惑っているのが目に映った。
「見ろ、レオンハルト!」
少女が屋上の縁から身を乗り出して遠くを指差す。
一体のゴーレムが、二本の腕と二本の脚で力強く大地を叩き、この工房がある区画めがけて一直線に疾走している。
「増援か!?」
「いや……違う!」
俺はとっさに砲撃の雨が降った跡へ目を向けた。
散らばっているゴーレムの残骸は一体分。
だが、襲撃を仕掛けてきたのは二体のはず。
「……くそっ! 雑な仕事しやがって! あいつら一体撃ち漏らしやがった!」
「ど、どういうことだ!?」
「一体がやられてる間に、もう一体が回り込んできたんだよ!」
少女の手を取って、工房の外階段を大急ぎで駆け下りる。
そして階段の下で少女を待っていた初老の男に、事情も説明せずに少女を押し付けて、工房側面の大扉の開放レバーを引き下ろした。
「レオンハルト! 何をするつもりだ!」
「防衛隊は間に合わない! エクスマキナで迎え討つ! なぁに、ぶっつけ本番の実戦テストだ!」
胸の内に渦巻く感情は、焦燥、緊張、恐怖。そして、それら以上の――歓喜と興奮。
開放される大扉。工房の中央に鎮座していたのは、機械仕掛けの巨人だった。
「こ、これが、エクスマキナ……」
少女が金属の巨躯を呆然と見上げる。
全高は人間の三倍程度。
帝国共通単位でいえば四メーターから五メーター前後。
頭部を欠いた『首なし』で、両腕には『手』にあたる部分がなく、手首から先の代わりに鉈状の金属塊が取り付けられている。
外見は酷く不格好だが、その辺りは試作品だからこそだ。
「古代語で……『機械より出づるもの』という意味、だったか。魔法が生み出すゴーレムとは対極の……機械から生まれる、鋼の巨人……」
「博識だな! 機体の前には立つなよ! 踏み潰されるぞ!」
工事現場の足場のような階段を上り、エクスマキナの機体上部――人間なら頭が乗っている部分に設けたハッチから、機体の内部に身体を滑り込ませる。
操縦席は息が詰まるほどに狭く、そして暗い。
作った本人が言うことじゃないが、棺桶に閉じ込められたような気分になってしまう。
視界も劣悪。前面装甲に刻まれた三本の横スリットだけが覗き窓だ。
だが、これに関しては防衛隊の装甲自走砲も同じこと。
乗組員の安全と視界の良さはトレードオフ。片方を追い求めればもう片方が犠牲になる。
「動作テストは諸々省略、すっ飛ばしてシステム起動……!」
狭い操縦席の左右に設置されたコンソールを操作し、エクスマキナの制御システムを叩き起こす。
魔導式の歯車とシリンダーが唸りを上げる。
モーターが魔力を回転運動に変換して、鋼の四肢を駆動する。
少女が何やら大声を上げる姿が、覗き窓のスリットの隙間から見えたけれど、その声は全く届かない。
全身の機械部品が発する音で、人間の声程度は簡単にかき消されてしまうのだ。
ペダルを踏み込んでエクスマキナを前進させる。
機体が工房の外に出たのと同時に、ゴーレムが他の建物を砕きながら大通りに現れた。
「モーションプリセット変更、移動モードから白兵戦モードに切り替え……解呪魔力充填進捗は……ギリギリ五十パーセント越えか。後は……なるようになれ、だ」
薄暗い操縦席で計器の針に目を凝らし、コンソールのスイッチを手早く切り替える。
先手を取ったのはゴーレムだった。
太く強靭な腕を振り上げながらエクスマキナに肉薄し、その勢いのまま左の拳を振り上げる。
俺はそれに合わせて右のレバーを押し込み、鉈状の武器と一体化した右腕を振り抜かせた。
激突する巨拳と鈍刃。響き渡る轟音。
エクスマキナの右腕が根本から引きちぎれて破片を散らす。
しかし鉈状の右刃はゴーレムの左拳に深々と食い込み、前腕を引き裂いて肘にまで到達し、左腕全体の機能のほとんどを失わせていた。
「痛み分けか! 上等だ!」
破壊的な振動に揺られながら口の端を上げる。
魔力装甲は解呪魔力で対抗できる。
だが、通常兵器の砲弾には充分な魔力を溜められない。
ならばどうする。膨大なコストを費やして、貴金属の砲弾の雨でも降らせるのか?
――俺の答えは違う。
充分な量を溜められないなら、注ぎながらぶつけてやればいい。
ゴーレムに有効打を与えうる規模の武器に、魔力装甲を解呪できる波長の魔力を巡らせ続け、それを直接叩き込むのだ。
もちろん武器を振るう機構も要る。腕だ。
白兵戦を成立させるためには、ゴーレムと同じ動きができなければならない。二本の脚だ。
よって、人型。
エクスマキナが人型兵器でなければならなかった理由が、ここにある。
「攻撃は有効、シミュレーション通り――ぐあっ!?」
機体が衝撃に揺れる。
打撃を浴びた? いや、だったら揺れるだけじゃ済まないはずだ。
前面装甲がミシミシと軋みを上げる。
スリット越しに見えるのは土と岩の掌。
ゴーレムの残る右手が、エクスマキナの前面装甲を真正面から掴み、猛烈な圧力を加えている。
「くそっ! 握り潰す気か!」
即座に座席横の緊急レバーを引く。
するとバギンと鈍い音がして、前面装甲を機体に固定していた接合部分が砕け、装甲全体がゴーレムに掴まれたまま剥離した。
体勢を崩すゴーレム。俺はその隙に機体を素早く後退させた。
「オートバランサー正常動作……ったく、緊急脱出用の強制パージだぞ、今の。こんなの想定外だっての」
ああ、視界が気持ち悪いくらいに開けている。
機体胸部の前面装甲が失われたことで、完全に操縦席が剥き出しになってしまった。
もしもここに拳が直撃したら、俺は一撃で赤い染みと潰れた肉片に成り果ててしまうだろう。
「で、当然……狙うよな!」
ゴーレムがもぎ取った前面装甲を投げ捨て、拳を大きく振りかぶる。
ミステリアの魔法使いがゴーレムに与えた自律判断機能は、魔導機械では成し得ないほどの性能を持つ。
敵が致命的な弱点を晒したなら、間違いなくそこを突く。
だからこそ。相手が的確な判断をすると分かっていたからこそ。
俺は、次に打つべき一手を読むことができた。
剥き出しの操縦席めがけて迫る右の巨拳。
それを屈むように紙一重で回避し、すれ違いざまに左腕の鈍刃をゴーレムの顔面に叩き込む。
解呪の魔力を注がれた鉈状の刃が魔力装甲を打ち破り、土と岩石で構成された外装を引き裂いて、更にその奥――ゴーレムのコアである呪具を両断する。
機能を停止し、崩壊していくゴーレム。
決着だ。まずは安堵の息が漏れ、少し遅れて猛烈な喜びが湧き上がってくる。
「……はははっ! やった! やったぞ――うわっ!?」
ところが次の瞬間、エクスマキナの膝関節が無茶な駆動で限界を迎え、金属同士の摩擦で火花を上げながら崩れ落ちた。
機体の転倒に巻き込まれて潰されないよう、咄嗟に操縦席を飛び降りて、自分からごろごろと地面を転がる。
ゴーレムの残骸が撒き散らされていたせいで、顔も服もすっかり土塗れだ。
俺は疲労感と達成感に身を委ね、仰向けになって両手両足を投げ出したまま、砂っぽい空気に目を細めた。
「レオンハルト・グリム!」
不意にさっきの少女の声が聞こえ、視界に陰が落ちる。
少女が俺の顔を覗き込んでいる。不敵な、そして、満面の笑みで。
「実に見事な戦いぶりだったぞ! エクスマキナも噂以上だ! ゴーレムを越えるというのも、これならきっと不可能ではない!」
「そいつはどうも。だけど、まだまだ『越えた』とは言えないな。一対一で相打ち程度じゃ、とてもとても……痛たた……」
起き上がろうとしてみるも、全身の痛みに負けて諦める。
どうやらエクスマキナの操縦は、想定以上に身体への負担が大きかったようだ。
これも改良しなければ兵器としては失格だが――
「――さて、これからどうしたもんかな。会社はクビ、試作機は半壊ときた。研究を続けようにも……」
「ならば私が支援する。思う存分、好きなだけ研究をさせてやるぞ」
「あんたが?」
半信半疑どころか九割九分の疑いを込めて眉をひそめる。
少女はそんな俺の反応などまるで意に介さず、胸に手を当てて高らかに名乗りを上げた。
「我が名はフィオナ。サイエンティア魔導帝国第一皇女である。これ以上の後ろ盾は存在しまい?」
唖然。呆然。愕然。
想像もしなかった一言に、ぽかんとしたまま言葉も出ない。
けれど少女の――フィオナの立ち姿は底知れない自信に満ちていて、不思議と悪い気持ちだけはしなかった。
