あのころの私、CDだけが欲しかった。⑤
ガリ勉上等だった中学生の私は、いじめっ子が絶対にこない進学校を目指した。もともと大学に行くことを小学生くらいから意識していたけれど、その動機がさらに上乗せした形だ。
私の住んでいた地域で大学へ行くことを考えるとあのビッグスターも通っていた高校一択になる。
とにかく自分の安全と、ストレス軽減のためにそこになんとしても合格しなければいけなかった。
最近、中学受験の是非がX(Twitter)で話題になっていたけれど、自分の身の安全を確保するために、肌感覚で進学校を目指すべきだと感じていた、私のような中学生もいたことをここに書いておきたいと思う。
もう、その学校に行くしかないと思い詰めていた。自分ににんじんをぶら下げるため私は母にあるお願いをした。
「合格できたら、好きなバンドのライブに行かせて欲しい」
MR.BIG は前回の来日時も大阪公演があったから、次も大阪にも来てくれるはずだと話して約束を取り付けた。
決死のガリ勉により私は志望校に合格した。そして、あの肌感覚は正解で、気の合う合わないはあったけど、中学の時みたいにしょうもないことをする男子はいなかった。今も高校時代の特に仲のいい友人とはLINEで繋がっている。フックの男子たちにつちかわれた、私の男性不信も高校でかなり緩和された。
高校に行きはじめた私はMR.BIGのニューアルバムが出るのを待ち構えた。当時ライブの情報はCDのライナーに挟まっていたり、雑誌に掲載されるので、油断すると、見過ごしてしまうのだ。
そして、チャンスは訪れた。94年のジャパンツアー。狙い通り大阪にも来てくれた。
ライブのチケットを取るのは初めてだった。今はスマホでできるけれど、当時は電話でチケットを取るのが主流だった。
本当かどうかは今も真偽が定かではないのだけれど、当時は公衆電話からかけたほうが繋がりやすいという噂があって、たまたま学校が休みだったその日、私は家から歩いて10分ほどの公衆電話の電話ボックスへ向い、時計と睨めっこしながら、受付の時間を待った。
田舎の住宅街にポツンとある電話ボックスに人がいることはほとんど見たことはなかったけれど、もし、今このタイミングで誰か来て譲らなければいけなかったらどうしよう?
ドキドキした。
公衆電話作戦が功を制したのか、電話は数回で繋がり、無事にチケットは取れた。
今ならどの席かはチケットが発券される前に確認できるものがほとんどみたいだけれど、当時は郵送でチケットが届くまでどの席かは分からない。
毎日のようにポストをみて、今か今かと待ち構えた末、ある日チケットは届いた。
大阪城ホール、13列目だった。
頭がクラクラした。
