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「断罪パラドックス」   第28話

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一条さん、私にはあなたに何をされても受け入れました。真実の暴露でも、損害賠償でも、あなたに復讐されるのを今までずっと待っていたといっても過言ではありません。

 あなたは久くんの入学式の日、担任である私の顔を見てすべてを思い出したのですね。

 私こそが、あなたの妹を連れ去ったあの時の女子高生だと。

 きっと今すぐにでも私がやったことを、この町中に言いふらしたかったと思います。けれども、あなたはそうしなかった。

 私に簡単に罰を与えるなんて、あなたの過ごした三十年が許さなかった。それに、私がやったことを今さら罪に問えるか? とも思ったかもしれません。私の祖父が小児性愛者だったことを、私が認めるかどうかは、あなたには分からなかった。

 そこで、一条さん、あなたは私がどうすれば苦しむかを私の周辺を調べあげて、この復讐のシナリオを描いた……のではないでしょうか。

 可哀想な久くん。私は彼のことも救いたかった。何度か面談をしたのです。彼が問題を抱えていることは二十年の教師生活で得た経験からすぐに分かりました。彼が言っていたことと私が見聞きしたこと、過去の出来事を全て繋げると、恐ろしい絵が完成するのを避けられませんでした。

「先生、俺はね一条レディースクリニックの跡継ぎが必要で、母が作った子どもだったんですよ。だから、どうしても医者にならなきゃいけないんだ」

 彼がカンニングをしているのを最初に見つけた時の言い分はこうでした。私は一条さんのトラウマは私と同等か、むしろもっと酷いものなのではないかと思いました。

 私は男性といわゆる男女の関係にはなれません。きっと一条さんもそうなのではないかと思いました。久くんは人工授精か、体外受精で産まれた赤ん坊だったのでは……。そう思い至りました。そうまでして授かったお腹の子どもがよりによって望んでいなかった男の子だと分かった時のあなたの気持ちは、想像でしかありませんが「恐怖」以外の何物でもなかったのではないでしょうか。 

 きっと、中絶しようと考えたこともあったはずです。けれど久くんは産まれました。一条レディースクリニックを継ぐ医者になるために。彼にはそれをしなければ価値がないとあなたはすり込みました。そのくせ育児はご両親やベビーシッターに放り投げた。だから久くんの抱えていた問題にまったく気づいていませんでした。小学校の低学年のころに、一度でもちゃんと勉強を見ていてあげれば気づいたはずです。彼は深刻な「ディスカリキュア」だった。算数障害です。彼には数字や数学的な感覚が分からなかったはずです。小学生であったら九九で躓いていたはずです。

 彼の教科書には涙ぐましい努力のあとが見受けられました。教科書は二十ページごとに付箋が貼ってありました。これは一条くんが自分なりに考えた工夫だったと思います。彼にはページ数という大まかな数字の予想ができないからです。久くんは「ディスカリキュア」でしたが、記憶力に関しては人並み外れたものがありました。なので小学校はその記憶力で、算数を乗り切ったはずです。小学生の一条くんがどんな気持ちで算数の授業や
テストを受けていたかを想像するだけで切なくなります。

 どんなにか不安で、どんなにかストレスだったはずです。算数障害に、なんの対策もとられていなかった彼にしてみたら、他の生徒と同じように授業を受けるということは、目が見えないのに文字を読めと言われているのと同じくらい苦痛だったことでしょう。

 私は久くんの担任になってこの事実をほとんど突き止めていました。でも、どうやって桜山高校を受験し、合格できたのかは分かりませんでした。

 久くんが四ノ宮くんに何をさせているかを気づけたのはほとんど偶然でした。あの日、数学の大神先生が休まなければ今も気づかなかったかもしれません。私は久くんと面談しました。

 彼は何かに怯えているように見えました。何に? 私はあなたに怯えていたのではないかと思うのですが、一条さん、どうなのですか? 

 緊急全校集会で生徒やマスコミへ向けて四ノ宮くんだけでなく、二村さんと三国くんの名前も出されていましたね。あの子たちを巻き込もうと久くんに提案したのはあなただったんじゃないんですか? 

 二村さんは大神先生にわいせつな行為をされていました。私は以前から大神先生のことは注意深く見ていました。残念ながらこの学校にも生徒にわいせつな行為をする教師は過去にも数名いましたから、経験上怪しいと睨んでいたのですが、まさか、それを逆手にとって、久くんが大神先生に成績の改ざんを要求するとは思いませんでした。

 二村さんは最近、母親から深刻な暴力を受けて児童相談所に保護されています。面会に行ったところ、何があったのかを教えてくれました。二村さんは自分が何をさせられているのか気づいていなかったようです。むしろ久くんに感謝しているきらいがありました。二村さんに関してはあなたも確実に関与していますよね? 中絶手術のことです。本人から聞きました。二村さんが私を頼ってくれなかったのはとても残念です。そこは私の落ち度かもしれません。

「先生、一条くんは自殺ですよね?」

 と言っていました。二村さんは久くんの絶望を知っていたのかもしれません。二村さんに関しては、もっと相談に乗ってあげられたら良かったと思います。社会人の男からグルーミングされていたことを知っていたら……。二村さんには適切なカウンセラーを紹介しました。あれは性被害で彼女は悪くないのだと誰かが言ってあげる必要があります。ただ、一条くんとの関係はとても複雑なもののようですから、そのことを単純に彼女から切り離せそうにありません。無理にすればきっと彼女自身が傷ついてしまうでしょう。彼女の中で整理できる日が来ることを祈っています。

 三国くんは確かに家庭環境に問題はありましたが、その分ハングリー精神が旺盛で、勉強もがんばっていたので、期待していました。あなた方は私が休職中に彼を助けていたこと彼の母親が薬物中毒だったことを調べ上げたんですね。そして、あろうことか、三国くんの妹の樹里杏ちゃんを薬物中毒にした。

 三国くんは、樹里杏ちゃんと無理心中しようとしましたが、思いとどまって、保護司の渡辺さんを呼びました。私も会いに行きました。「先生ごめんなさい」と小さな子どものように泣いていました。私も泣きました。最悪の選択をしないでいてくれて本当に良かったです。三国くんは必ず立ち直ると思います。

 四ノ宮くんは学年で最も成績が優秀な生徒でした。それにも関わらず、お母様の束縛が激しかった。躾られたとおりに指示に従っているのにご褒美どころか、鞭打たれて続けている馬のようでした。四ノ宮くんに関しては久くんがえらんだのかもしれませんね。テストの替え玉のことは、母親であるあなたには絶対に知られたくなかったでしょうから。もしかしたら、四ノ宮くんの成績が最下位で、カンニングをしているなどとあなたには言ったかもしれません。四ノ宮くんはお母様にバットで殴られて入院しています。

「一条は僕に似ているところもあったと思う」

 四ノ宮くんはそう言っていました。学校は自主退学するとも言っています。お兄さんと一緒に何かをしたいんだと言っていました。


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