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やっと人間になることができた。

正社員に転職してちゃんと働けるようになった。
部屋の掃除ができるようになった。
必要な家具を買い揃えることができた。
部屋を飾ることができるようになった。
各種支払いを滞りなく済ませることができるようになった。
人にやさしくできるようになった。
ありがとうが言えるようになった。
人や物を大切にできるようになった。
夜、眠れるようになった。

社会人生活十数年を経て、ようやくここまでたどり着いた。
「普通」なら、できていることなんだろうけど。
自分で考えて仕事ができるようになってきたのがうれしい。
部屋をきれいにすることを覚えられてうれしい。
必要な家具を知ることができて、生活しやすくなってうれしい。

ずっと家なんて寝られればどうでもよくて、服をどこかにしまうとか、棚を買うとか、食べるのに必要なテーブルがあるとか、本当に、全てに興味がなかった。仕事をして帰ってきたら、寝る。それだけでよかった。
けれど、最近になって「部屋は自分が過ごしやすい空間にするべき」という考えを知った。過ごしやすさなんて考えたことがなかった。

一年ぐらいかけて、昔自分が買ったショボイ家電の数々を買い替えた。
温めることしかできなかった電子レンジをオーブンに買い替え、お菓子作りができるようにしたり。ドアが閉まらなくなった冷蔵庫を買い替えたら、中に入れた食べ物が長持ちするようになったり。炊いてもパサパサになっていた炊飯器をIH釜に変えて、ふっくらおいしいお米を食べられるようにしたり。
あっという間に自分の生活が良くなることがわかった。

そこから、次はタンスを買って服をしまえるようにした。棚やボックスを買って、床に散乱していたものを片付けられるようにした。ぐちゃぐちゃになっていたPCの配線をまとめて、すっきりさせた。
そして、前の6畳一間で使っていた小さい折りたたみテーブルを、ダイニングテーブルに買い替えた。それまではずっと、10畳もあるリビングにポツンと置かれた小さな折りたたみテーブルで、食事を摂っていた。

部屋の環境が整い始め、部屋で過ごすことを快適に思うようになってきた。
まだまだ改善の余地はあるけれど、昨年夏までの汚部屋に比べたら、本当にきれいになったほうなのだ。害虫も、今年は一匹も見ていない。

ここまで辿り着くのがとても大変だった。辛かった。
私はおそらく発達障害かなにか、明確な診断はされていなくとも最低でもグレーゾーンにいるだろう。そこからなんとか「普通になりたい」と、ただひたすらに強く願い続けることで、ようやくスタートラインに立つところまで来たのだ。

30代をすぎてから、「自分って何かがおかしいんじゃないか」と気づいた。
そこから5年近くかけて、過去を振り返りながら今を良くしようと頑張った。
だれかに認めてもらいたいわけではないけれど、頑張った自分の思いを残しておきたくて。幸いダメダメだった頃からずっとnoteに自分の気持ちを書き残していたから、うっすらと軌跡が辿れる気がしている。
「人間修行中」というマガジンに詰め込んだ、自分の紆余曲折。
まだまだ修行の旅は終わらないけれど、うしろを振り向けば、すこし遠いところまで歩いてこれたんじゃないかと誇らしい気持ちになる。

ただ自分を閉じ込めるだけだった部屋が、自分が生きる部屋になりつつあるのが、うれしいのだ。

今年一年間、今までよりもできるようになったことがたくさんあった。
「できない」が「できる」になるところをたくさん経験できた。
挫けそうになることも何度もあったけれど、めげずに歩いてこれた自分に、今月は賛辞を送りたい。
まだ少し踏ん張らなきゃいけないけど、最後に美味しいものでも食べたいな。

せっかく言葉を綴れる機会なのに、この嬉しい気持ちを文章にすることが難しいのが悔やまれる。たくさんの悔しさと、辛さと、やるせなさと。それを乗り越えて、どうにか地中深くから這い上がって、やっと太陽の光を目にしたような、そんな気持ち。
これからの自分の未来が明るいものになるように、自分のことを大切にして生きることができるように、今はそっと祈りたい。

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