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ピンチョンにみる「新感覚派」

―アメリカ・ポストモダニズムの巨人と、1920年代の東京。その距離が、思ったより近い。


トマス・ピンチョンの小説世界には、ある一貫した感覚がある。人間は自分の意思で生きているのではない。配置され、計算され、いつのまにかシステムの一部になっている。あの悪夢のような感覚だ。

この感覚を、ピンチョンより30年以上前に、まったく別の言語で、まったく別の場所から書いていた作家がいる。1920年代の東京で活動した、日本モダニズムの急進的な一派の中心人物である。

本稿は、「影響があった」と証明するための文章ではない。アメリカ・ポストモダニズムの巨人と、日本の新感覚派をあえて並べて読むことで、20世紀文学の別の地図を描き直してみる試みである。


なぜこの比較が気になるのか

ピンチョンと新感覚派。この組み合わせを聞いて、即座に「ああ、あの話ね」となる読者は、おそらくいない。日本のピンチョン研究には一定の蓄積がある。木原善彦の単著、石割隆喜の研究、さらに日本におけるピンチョン研究文献目録まで存在する。だが、そのどこにも新感覚派との本格的比較は見当たらない。

そういう意味では、文献的空白である。すでに耕し尽くされた畑なら掘る意味も薄いが、まだ鍬が入っていない以上、論証の仕方しだいで独自性の高い議論になりうる。

新感覚派は、都市、速度、機械、知覚の変容を主題化した運動だった。その中心にいた一人の作家が、化学工場を舞台にした中篇で、人間の心理が物質と機械の配置に規定されていくさまを異様な精度で書いている。同じ作家は、帝国と革命が衝突する国際都市を舞台にした長篇も残した。この二つの作品を読んだ目でピンチョンに戻ると、これまで見えなかった回路が浮かび上がってくる。

本稿はその回路を五つ、順に検討してみたいと思って書いた。

なお、収益化を目指すものではありませんが、思うところあって本論考は有料記事です。関連研究をいくら調べても、調べ当たる限り題材にしている人はいないので、オリジナル視点だと思うからです。

取り上げる作品例と参考文献例

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