「足に力が入らない」は歳のせい?—抑肝散による低K血症とリハ阻害因子
この記事で取り上げている症例は、複数の症例を掛け合わせており、個人が特定されないように配慮しています。
「HONOさん、〇〇さん最近足がむくんで元気もないみたい。これもお薬の影響かな?」
看護師さんからの何気ない一言。
調べてみると、その患者さんは
認知症の症状(BPSD)に対して
「抑肝散」が処方されていて、
さらに心疾患で「利尿薬」を併用していました。
嫌な予感がして医師に検査を依頼した結果、
判明したのはカリウム値「2.4」
という極度の低値。
「リハビリを頑張りたいのに、足に力が入らない」
「急に倦怠感が強くなって、起き上がるのがつらい」
回復期リハ病棟でよく聞くこうした訴え。
「入院生活で体力が落ちたのかな」
「歳のせいかな」
で済ませてしまっていませんか?
その裏に隠れているのは、
回復期で多用される漢方薬、
抑肝散による「低カリウム血症」
かもしれません。
薬剤師がFIMを動かすシリーズ第5弾。
今回は、見落とすとリハビリを根底から止めてしまうかもしれない「低カリウム血症」と、
薬剤師ができる早期発見のポイント
について整理したいと思います。
▶シリーズ「薬剤師がFIMを動かす」をマガジンにまとめています。これまでの連載(睡眠薬やPPIの話など)はこちらからご覧いただけます!
■ カリウム「2.4」からの回復—喜びと、少しの悔しさ
冒頭の症例、医師へ検査を依頼した結果、
判明したカリウム値「2.4」。
「やっぱり…」という確信と同時に、
その極端な低さに内心ゾッとしました。
理想を言えば、
被疑薬である抑肝散を中止したい。
でも、すぐに抑肝散中止とはいきませんでした。
まずはカリウム製剤の補充から開始。
幸い、患者さんの興奮などの
精神症状は落ち着いていたため、
抑肝散は症状を注意深く観察しながら、
数日かけて少しずつ漸減していきました。
変化が見え始めたのは、
対応し始めてから1週間ほど経った頃です。
PTさんから、
「HONOさん!〇〇さん、前よりしっかり立てるようになってきましたよ!」と、
興奮気味の報告をもらいました。

膝折れがなくなり、
自分の足で踏ん張れるようになった姿を見た時、
心の底から「よかった」と思いました。
それと同時に、
「入院時にもっと早くリスクに気づけていれば、この1週間のリハビリ機会損失を防げたはずなのに」という、悔しさと反省も残りました。
この経験が、
今の私の「K値モニタリングのルーチン」
の原点になっています。
■ 偽アルドステロン症のメカニズムとFIMへの影響
なぜ抑肝散で足に力が入らなくなるのか?
その正体は、
漢方の主成分である甘草(カンゾウ)に含まれる
「グリチルリチン酸」が引き起こす
「偽アルドステロン症」です。
体内にはカリウムバランスを調整する
アルドステロンというホルモンがあります。
グリチルリチン酸は
この働きを過剰にしてしまいます。
その結果、ナトリウムが体に溜まり、
逆に大切なカリウムが
尿からどんどん排出されてしまうのです。
カリウムは筋肉を動かすための
いわば「ガソリン」のようなもの。
これが不足する(低カリウム血症)と、
リハビリにおいては
次のような致命的な影響が出ます。
「移動」の自立を阻む: 足の筋力がガクンと落ちるため、平行棒での歩行訓練ができなくなり、移乗時の介助量も増えます。
「セルフケア」の質が下がる: 全身の倦怠感により、更衣やトイレ動作で踏ん張りがきかず、FIMの運動項目が総じて停滞します。
心機能への影響: 重症化すると不整脈の原因にもなり、リハビリそのものが中止(禁忌)となるリスクさえあります。
■ 薬剤師はどう動くべきか
実務でのポイントは
「症状が出る前にリスクを予測し、他職種の声にアンテナを張ること」だと思います。
1. 入院時・定期採血でのK値モニタリング(リスクの予測)
私は、抑肝散を使用している患者さんに対して、次のような基準でリスクを評価しています。
「3.5付近」は要警戒: 基準値内であっても、入院前の数値と比較して低下傾向にある場合は要注意です。
併用薬の徹底チェック: ループ利尿薬(ラシックスなど)やサイアザイド系利尿薬が併用されている場合、低カリウム血症のリスクは格段に跳ね上がります。この組み合わせを見つけた時点で、「いつか症状が出るかもしれない」と構えておくことが重要です。

2. 他職種からの「何気ない変化」を拾う
低カリウム血症の初期症状は非常に曖昧で、
患者さん自身も「なんとなく体がだるい」
くらいにしか感じていないこともあります。
だからこそ、現場のスタッフの
「気づき」が重要になります。
看護師さんから: 「足のむくみが目立ってきた」「なんだか元気がなくて、寝てばかりいる」
リハビリスタッフ(PT/OT)から: 「訓練中にすぐ疲れて座り込んでしまう」「足が重くて上がらないみたい」
こうした声をきいたとき、
頭の中でお薬手帳の
「抑肝散」と繋げられるのが、
私たち薬剤師の強みだと思います。
■ セラピストに届けてほしい「現場の違和感」
低カリウム血症を
早期に見つける最大のヒントは、
リハビリ訓練中の「昨日との違い」にあります。
セラピストの皆さんには、
次のような変化を感じたら、
ぜひ「SOS」として
薬剤師に届けてほしいんです。
膝折れの出現: 「入院当初はできていたのに、最近急にカクンと膝が折れるようになった」
むくみの悪化: 「足の甲や脛のむくみが目立ってきた。靴下の跡がずっと消えない」
意欲の低下: 「体力が落ちたというより、とにかくぐったりしていて動けない」
こうした現場のSOSに応え、
薬学的根拠を持って
「解決可能な課題」に変えるのが、
回復期薬剤師の役割です。
■ 回復期だからこそ、検査提案は「ここぞ」というタイミングで
回復期リハビリテーション病棟は、
多くの場合「包括算定」です。
「念のため毎日採血で追う」
というわけにはいきません。
だからこそ、
薬剤師には「本当に今、検査が必要な患者さん」を見極める目が求められます。
私が意識しているのは、
「重みの違い」です。
Aさん: 入院時(または転院前1週間以内)のK値が「4.3」。利尿薬の併用なし。
Bさん: 入院時のK値が「3.5」。ループ利尿薬を併用中。
同じ抑肝散の継続使用であっても、
Bさんは明らかに
低カリウム血症になるリスクが高い。
この「事前の予測」があるからこそ、
Bさんに脱力症状が出た際、
「今、検査をする価値がある」と自信を持って医師へ提案できるのです。

限られたリソースの中で、最大限の効果を出す。
これもまた、FIMを動かす
薬剤師の専門性のひとつだと思っています。

【アクション】医師への具体的な提案フレーズ
疑わしい症状を見つけ、
リスクが高いと判断したら、
次のように医師へ提案してみてください。
提案フレーズ:
「〇〇さん、最近足の脱力とむくみが目立ち、リハビリの進捗が止まっています。服用中の抑肝散による低カリウム血症(偽アルドステロン症)の可能性を疑っています。回復期病棟で検査は限られていますが、今の状況はK値をチェックして原因を特定する価値があると考えています。一度、採血オーダーをいただけないでしょうか?」
ポイントは、
単に「副作用かも」と言うのではなく、
「リハビリが止まっている原因」
として提示することです。
これにより、
医師も「FIMを上げるための必要なステップ」として提案を受け入れやすくなります。
■ 抑肝散だけじゃない!甘草(カンゾウ)の「隠れた」罠
今回、抑肝散を例に挙げましたが、
注意すべきは抑肝散だけではありません。
回復期で本当によく遭遇するのが、
「甘草(カンゾウ)含有製剤の重複」です。
こむら返りに「芍薬甘草湯」
食欲不振や倦怠感に「人参養栄湯」
そしてBPSDに「抑肝散」
それぞれ単体では少量であっても、
重なることで「偽アルドステロン症」のリスクは一気に高まります。
私は、お薬手帳の直近のページだけでなく、
必ず全ページをめくって
過去の処方履歴を確認します。
「他院で出された胃薬が実は漢方だった」
というケースもあるからです。
「1種類なら大丈夫」という思い込みを捨て、
累積の甘草含有量に目を光らせる。
これが、リハ阻害因子を見逃さないためのHONO流のこだわりです。


「最近、なんだか元気がないね」
「やっぱり歳のせいかなあ」
病棟で交わされるこうした言葉の中に、
私たち薬剤師が解決できる
「答え」が隠れていることがあります。
第3弾:抗コリン薬による「ぼんやり」
第4弾:PPIによる「リハを止める下痢」
第5弾:抑肝散による「足の脱力」
これらはすべて、
お薬を見直すだけで、
停滞していたFIMが劇的に動き出す
可能性を秘めています。
私たち薬剤師の仕事は、
お薬を正しく渡すことだけではありません。
現場のセラピストや看護師が感じた
「小さな違和感」をお預かりし、
薬学的な根拠を持って
「能力を伸ばすための処方設計」へと
繋ぎ合わせること。
回復期リハ病棟という
「人生の再出発の場」で、
お薬を通して患者さんの未来を動かす。
そんな醍醐味を、これからも
皆さんと一緒に追求していけたら嬉しいです。
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