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見えない敵と、見えない理由


「どうして出された薬は飲み切らなければならないの?」

「医者が風邪に抗生物質を出さない理由が知りたい」


以前、コメント欄でこの2つの質問をもらったとき、私はすぐには答えられなかった。


答えを知らなかったからじゃない。


この2つの質問が、実は一つのことを聞いている
と気づいたから。

だから、少し時間をもらって書こうと思いました。
質問をくれた方、ありがとうございます。



まず正直に言うと、
「飲み切る理由」は薬によって全然違う。

抗菌薬なのか、ステロイドなのか、降圧薬なのか、睡眠薬なのか。

薬の種類ごとに、飲み切る理由も途中でやめたときのリスクも、まったく別の話になる。

全部を書こうとすると教科書になってしまう。

だから、今日は抗菌薬(抗生物質と思ってもらっていい)の話だけ。


まずは1つ目の質問。


「症状が消えたのに、まだ飲むの?」


これは、当然の疑問だと思う。
あなたも同じように思ったこと、ありませんか?


抗菌薬を飲み切る理由を、
私は薬剤師として何十回、何百回と説明してきた。


でも、「なぜ最後まで飲み切るか」を毎回きちんと伝えられているかというと自信がない。


外来や退院前の服薬指導で時間が限られているとき、「途中でやめないでくださいね」で終わってしまうことが多々ある。


だから今日は、
あの場で言えなかったことを書く。


細菌の数が減って、体が楽になったころ、
出ていた症状は消える。
でも体の中には、まだ細菌が残っている。


ここで薬をやめると、何が起きると思いますか?


残った細菌の中に、たまたま薬がちょっと効きにくかった仲間がいる。そうすると、強い仲間だけが生き残る。この生き残りが増えていくと、次に同じ薬を使ったとき、もう効かなくなる。


これが耐性菌といわれるもの。


だから、これは症状の話じゃない。


症状が消えても、細菌はまだ残っている。
薬を飲み切るのは、
その残っている細菌を片づけるため。


ここでもう一つ、
きちんと書いておきたいことがある。


この「飲み切る理由」の説明には、
実は専門家の間でも議論があるということ。


最近は「必要以上に長く飲むことの方が、耐性菌のリスクを高める」という考え方も出てきていて、抗菌薬の処方期間そのものが昔より短くなってきている。


だから私が言いたいのは、
「とにかく飲み切ってください」ではない


処方された日数は、その人の状態と、原因になっている菌を見て医師が決めた日数。


だから、自己判断で切らないでほしい


そして何より、
やめたいと思った理由がありますよね?


それを、黙っていないで聞かせてほしい。




でも、こうやって説明しても、
「途中でやめてしまう患者さん」はいる。


症状が消えたら、
飲む理由が体感として消えるから。
頭で分かっていても、体は「もういいよ」と言う。


私は、それを責める気にはなれない。


そして、もう一つ。


「飲み切ってください」と伝えた後、その人が本当に飲み切ったかが私にはわからない。


病棟を離れた瞬間から、
その人と薬の関係は、その人と、
その人のかかりつけ薬剤師のものになる。


私にできるのは、途中で放り出された薬が耐性菌を育てないように、その理由を伝えることだけ。


ここまでが、1つ目の質問への答え。
では、2つ目の質問。


「なんで風邪には抗生物質を出してくれないの?」


「風邪を引いたから、抗生物質がほしい。」
これは、本当によく聞く。


そして医師は、たいてい抗生物質を出さない。
患者さんは、少し不満そうな顔をする。


「なんで出してくれないんですかね」と、
私も窓口でなんども聞かれた。

ではなぜ、医師は出さないのか。


ここで、1つ目の質問と繋がってくる。


抗菌薬(ここでは抗生物質)は、
細菌をやっつける薬
細菌の数を減らすために飲むもの。
だから、中途半端な使い方が耐性菌のもとになる。

でも、
風邪のほとんどは細菌ではなくウイルスが原因


細菌とウイルスは、まったく別の生き物。


細菌は自分で分裂して増える、単細胞の生き物。


ウイルスは自分だけでは増えられなくて、人の細胞に入り込んで、細胞の仕組みを借りて増える、生き物とも呼びづらい存在。


そして、抗生物質は細菌にしか効かない。
ウイルスには、まったく歯が立たない。


つまり、風邪に抗生物質を出しても、風邪の原因であるウイルスには何もしない。

やっつけたい相手がそもそも違う。

それどころか、体の中にいる無害な菌まで巻き添えにしてしまう。
そこからまた、耐性菌が生まれる。


じゃあ、風邪なのに抗生物質が出たのはなぜ?


って思う人もいるかもしれない。


あれは、医師が「これは風邪だけじゃない、細菌も関わっている」と判断したとき。


ここでも、症状ではなく原因で決めている。


病棟で仕事をしているとき、
私はいつもこう思う。

薬は、症状で決めているように見えるけど、
実は原因で決められている。

そして、

原因は、患者さんには見えない。


症状が消えても、
原因の細菌が残っていれば飲み切る。
症状があっても、
原因がウイルスなら抗生物質は使わない。

見えない敵と、見えない理由。

患者さんから見えていないものが、
これだけある。


見えない場所で決まっていることが、
これだけある。


だから、こんなこと聞いていいのかな…
と思うものこそ、聞いてほしい。



冒頭のコメントをもらったとき、
私はすぐには答えられなかった。


答えを知らなかったからじゃなく、
この質問が、私がずっとnoteで書きたかったことの正体を教えてくれたから。

私は、ずっとこう思ってきた。


難しい薬の話に興味を持ってほしい。


薬剤師に相談してもいいと思ってほしい。

だから、冒頭の質問は本当に嬉しかった。


そして、5ヶ月続けてきて分かった
私の本当にやりたいこと。
それは、


迷っている人を、一人にしないこと。



そう思って振り返ると、
アホな記事を出したのも、自分の迷いを見せたのも、遊びに全力の記事を書いたのも、すべて「聞いていいんだ」のハードルを下げるためだったのかもしれない。


だからこれからも、いろんな記事を書く。

この人になら、しょうもない質問をしてもいいかな。


って思ってもらいたいから。


だから、聞かせてくれたら全力で答えます。


聞いていい。


この記事は、それを伝えるための、
たぶん1本目。



この記事の内容は、一般的な話です。
あなたやご家族の薬のことは、目の前のかかりつけ薬剤師さんが、いちばん詳しく見てくれます。


それでも、『こんなこと聞いてもいいのかな?』という小さな疑問があるなら、ここに置いていってください🌸
匿名で送れるので、私にも誰から来たかは分かりません。


深刻な話じゃなくて大丈夫。

「これってなんで?」
「どうしてこうなってるの?」
「薬剤師ってなんでいつも手提げ袋持ってるの?」
「薬の味見ってホントにするの?」
「はだかの薬を見ただけで、薬の名前分かるの?」

こんなことでも大歓迎。
それが、あなたの迷いが消えるヒントにつながるかもしれない。

そして、誰かの迷いを消せるものになるかもしれない。

そうなったら、私は本当に嬉しい。

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