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あなたは『あかんたれ』なんかじゃない。

あなたにとっての忘れられないドラマは何ですか?
私には、いつまでも色あせないドラマがあります。


小5の私をつかまえた『あかんたれ』

花登筺さん原作の『あかんたれ』。
明治の大阪・船場を舞台に、「妾の子」として生まれた少年・秀太郎が、さまざまな理不尽やしがらみと闘いながら成長していく物語です。

このドラマは、いまの私の根幹を支えていると言っても大げさではありません。

当時、小学5年生だった私は、小学校からかえるとすぐに、ビデオに録画していたこのドラマにかぶりついていました。

どうしてこのドラマにひかれるんだろう?

その答えが最近ようやく言葉にできるようになってきました。


「妾の子」「あかんたれ」というレッテル

秀太郎は、生まれた瞬間から不利なスタートラインに立たされています。

本妻の子ではなく、「妾の子」。

どこまでいっても、その出自のせいで理不尽な扱いを受け続ける主人公です。

いいことをしても、「嫌味か!」と跳ね返される。
どれだけ頑張っても、「妾の子が!」と、出自の一言で全てを否定される。

子どもながらに私は、「なんでそこまで言われなきゃいけないの?」と、テレビの前で悔しいような、苦しいような気持ちで見ていました。

今振り返ると、『あかんたれ』は、レッテルの物語でもあったのだと思います。

一度貼られたレッテルによって、その人の行動も、表情も、努力も、ぜんぶ同じ色で塗りつぶされてしまう世界。

「いいこと」をしても、行動そのものではなく、「誰がやったか」で解釈されてしまう世界。


理想論じゃない、「お母さんと暮らしたい」だけの主人公

そんな世界の中で、秀太郎は、それでも前を向こうとします。
でも彼が頑張る理由は、「立派な人間になりたい」でも、「人の役に立ちたい」でもありません。

本当は、お母さんと暮らしたい。
ただそれだけです。

本家の人たちに認めてもらえたら、
初めてお母さんと一緒に暮らせる。
そんな、ものすごく過酷で不公平な設定が、小5だった私の心に深く刺さって、いまだに抜けないでいます。

私は、物心ついたときにはもう母がいませんでした。
「お母さんと暮らしたい」という主人公の願いを、あの頃の私はどんな顔をして見ていたのか、正直よく覚えていません。

ただ、画面の中で、中村珠緒さんが演じる母親の姿だけは、妙に鮮やかに覚えています。

晩年はコメディ色が強い印象だったけど、私にとっての中村珠緒さんは、いつまでもあの凛としたままの姿。

妾という立場でありながら、凛として芯が通っていて、どこか気高い母。いつのまにか私は、記憶にないはずの自分の母を、あの人に重ねていたのかもしれません。

もしも自分にも母がいたら、
こんなふうに黙って見守ってくれたのかな

そんな言葉にならない願いのようなものが、『あかんたれ』を見ている小5の私の背中を、そっと包んでいたような気がします。

だからこそ、「お母さんと暮らしたい」という主人公のひと言は、単なるドラマの設定を超えて、ずっと私の中に残り続けているんだと思います。


レッテルの向こうにある「回復」

いま働いている回復期リハビリテーションの世界でも、レッテルのような言葉には毎日のように出会います。

「寝たきりの方」
「認知症の方」
「自己管理ができない人」
「褥瘡だらけの患者さん」

もちろん、医療現場では、情報共有のために短い言葉にまとめる必要があります。でも、ふとした瞬間に、その言葉が『あかんたれ』の「妾の子」と重なって見えることがあるんです。

本当はもっといろんな顔や物語があるはずなのに、ある一面だけを切り取ったラベルで、その人の全部を語ってしまいそうになる怖さ。

レッテルを貼られた主人公が少しずつ周囲の目を変えていくように、回復期病棟でも、患者さんが「ラベルの向こう側の人」として見えてくる瞬間があります。

例えば、「ADL低い」「認知症がある」とだけ聞いて入院してきた方が、ある日ふと、リハの合間に昔の仕事の話をしてくれる。
その目が急に若返ったように見えて、「あ、この人の時間は、ここで急に始まったわけじゃないんだ」と、当たり前のことを改めて知らされる。

私にとっての「回復」とは、機能がどれだけ戻るかだけではありません。レッテルの下に隠れていた、その人の物語が少しずつ見えてくること。

「この人はこういう人だ」という短いラベルではなく、「この人にはこういう人生があった」と、物語の形で思い出してもらえるようになること。

それもまた、回復の一つのかたちだと感じています。


「できないから支援」への、どうしようもない悔しさ

回復期で働いていると、「できないから支援」という流れに、どうしてもモヤモヤしてしまう瞬間があります。
薬の場面では、「飲み間違えるから一包化しましょう」「管理が難しいから、ご家族に全部預けましょう」と、一足飛びに“守られる側”へ配置し直されていくことが少なくありません。

その支援が必要なことも、安全のために欠かせないことも、頭では分かっているつもりです。
それでも、「できないから」がスタート地点になってしまうとき、私は心のどこかでどうしようもない悔しさを覚えます。

本人の意思は?
本当は、どこまで自分でやりたいと思っているんだろう?
どこまでなら、一緒に工夫できるんだろう?

その問いを置き去りにしたまま、「できない人」というレッテルの上に支援だけを積み上げていくことは、『あかんたれ』で何をしても「妾の子」としか見てもらえなかった主人公の姿と、どうしても重なってしまうのです。

だから私は、薬の支援を考えるときこそ、心の中でそっとつぶやいています。

「あなたは“あかんたれ”なんかじゃない」と。


レッテルを見たときに思い出すこと

カンファレンスで、つい口から出そうになる言葉があります。

「この方は自己管理が難しくて…」
「ご家族が協力的とは言えなくて…」

そんなとき、私は心の中で『あかんたれ』の主人公と、凛とした母の姿を思い出すようにしています。
この人にも、「お母さんと暮らしたい」と同じくらい単純で切実な願いがあるのかもしれない。
その願いが、うまく言葉にならないまま、病歴や生活歴の陰に隠れているだけかもしれない。

だから私は、記録を書くとき、ラベルっぽい表現を少しだけ言い換えることがあります。
「自己管理ができない人」ではなく、「自己管理に困っている人」と書いてみる。
「家族非協力的」ではなく、「家族もまた困っている」と表現してみる。

それだけで世界が変わるわけではありません。
でも、チームでその言葉を読む人の中に、「この人にも事情があるのかも」という想像が少しだけ芽生えることを期待して、小さな言い換えを続けています。


あの頃の私と、いま目の前の人へ

小5の私は、『あかんたれ』の画面の向こうで、何度も何度もこう願っていた気がします。

こんなに頑張っているのに、
どうして誰も褒めてあげないんだろう

母のいない自分と、妾の子として生まれてレッテルを貼られ続ける主人公。
そして、そのそばで凛として立つ中村珠緒さん演じる母。
私はあのドラマの中に、「こうあってほしかった母の姿」と、「こう見てあげてほしかった自分」の両方を見ていたのかもしれません。

患者さんと向き合うとき、私はあの頃の自分にも、目の前の人にも、同じ言葉を手渡したいと思っています。

「あなたは“あかんたれ”なんかじゃない」と。

レッテルではなく、その人の物語と、その人を思い続けてきた誰かの存在ごと受け止めること。
それが、『あかんたれ』が私に教えてくれた「回復」の意味であり、いまも私の仕事と生き方を支えている根っこのひとつになっています。

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