月と星のあいだに|第12話:伝えたかったこと

「なぁ、ヒカリ……これがアステリアの形見、なのかな」

 手のひらの鱗を見つめながら、シオンが不安そうにわたしを見つめた。

 たしかにネレイアは「アステリアの形見」としか言わず、それが何なのかまでは教えてはくれなかった。

 この鱗自体、アステリアのものかも怪しくなってきたけれど、あの老人がシオンに託した……。

 そんな気がしたわたしは、

「大丈夫だよ、シオン。早く戻ろう!」

 と、シオンの肩をそっと叩いた。

 人魚の国を後にして、わたしたちはネレイアの元に戻った。

「ネレイア! 帰ったぞ!」

 シオンがネレイアに駆け寄った。

「——おや、随分、早いお帰りだね。やはり見つからなかったか……」

「フンッ! 見てみろよ」

 シオンがネレイアの手のひらに鱗をのせた。

「ん? どこかの魚の鱗でも拾ってきたんだろう?」

 ネレイアが半ば呆れた顔をして鱗に触れると、鱗が淡い光を放った。

「……こ、れは——。まさか……そんな!」

 驚きの表情を浮かべながらも、愛おしそうに鱗へ触れたネレイアは、

「——あぁ、アステリア……。お前、なんだな……。わたしが、分かるか?」

 と語りかけ、その目には涙があふれていた。

「——ネレイア、それは……」

 シオンの言葉に、慌てて涙を拭い、わたしたちに背を向けたネレイアは、

「あぁ、間違いない……これは——アステリアの形見だ」

 そう言い、わたしとシオンは手を取り合って喜び合った。

「——だが、これをどこで手に入れたんだ? 人魚の国には行けなかっただろう?」

 ネレイアが不思議そうな顔で、わたしたちを見た。

「どこって? 人魚の国にいた、紙芝居のおじいちゃんからだよ」

「は? 人魚の国だぞ? あの国は——そんな、よそ者が簡単に入れる場所ではないはずだが……」

 驚くネレイアに、わたしとシオンも顔を見合わせた。

「わたしたちが行ったときは、門は開いていて普通に入れました」

「うん、そうだよな。帰りも誰もいなかったし……普通に帰れたからな」

 うんうん、とシオンの言葉に頷いてネレイアを見ると、腕を組んだまま何か考え込んでいるようだった。

「——そんなことが……。まさか! いや……それは……」

「ネレイア?」

「——あ、いや……なんでもない。ありがとう、シオン。ヒカリもな」

 ネレイアが深々と頭を下げた。

「じゃあ、教えてくれよ! 母さんのこと!」

「——シオン。それは、わたしから聞くことではないと、もう分かっているんだろう?」

「……それは——。でも!」

「わたしから聞いたとて、お前は納得しないだろ?」

「そう、かもだけど……。でも、母さんは——」

「大丈夫さ、これがあれば」

 ネレイアはアステリアの鱗を、そっとシオンの手のひらへ返した。

「アステリアも——会いたいと言っている。会わせてやってくれ……頼んだぞ」

 ネレイアの言葉に応えるかのように、鱗がキラキラと手のひらの上で輝いた。

「——ネレイアは、一緒に来てくれないのかよ……」

 不安そうなシオンの頭を優しく撫でながら、

「お前はもう一人じゃないだろう?」

 チラッとネレイアがわたしを見ると、シオンもわたしを見つめた。

「ヒカリ——」

「うん! もちろん、一緒に行くよ!」

 わたしがぎこちなくウィンクしてみせると、

「ヘタクソ!」

 シオンからツッコミを入れられ、ネレイアも肩を小刻みに震わせながら笑いをこらえていた。

「え? 待って! そこ笑うとこなのー?」

「……やっぱり、ヒカリは面白いやつだなっ!」

「さぁ、早く行け。シリウナも待ってるはずだ」

 わたしとシオンはネレイアに「ありがとう」を伝えると、海中からシリウナのいる神殿へ向かった。

「なぁ、ヒカリ……。母さん、教えてくれるかな」

 並んで歩きながら、ポツリと呟くようにシオンが言った。

「そう、だね……」

 シオンの言葉に、わたしはシリウナを思い浮かべた。

 なぜ、頑なにシオンを縛ろうとするのか——。

 わたしにも分からないけれど、

「——大丈夫!」

 わたしは自分に言い聞かせるように言いながら、シオンの手をギュッと握る。

 シオンも頷きながら、わたしの手を握り返してきた。

 神殿の入り口近くまで来ると、

「——シオン!」

 ずっと待っていたのだろうか……。

 シリウナが、わたしたちの姿を見つけて駆け寄ってきた。

 憔悴した顔の中に、ホッとした表情を浮かべ、

「良かった……」

 と、シオンを抱きしめる。

 母親の愛情を感じて、ほんの少し寂しくなったわたしは、ふと、おばあちゃんを思い出してしまった。

「母さん……」

 シリウナに強く抱きしめられながら、シオンの目にも涙が浮かんでいた。

「——これ、何か分かる?」

 シオンが手のひらをそっと開き、アステリアの形見の鱗をシリウナに見せた。

「これは……まさか! どうして……どうして、シオンが——」

 シリウナは激しく動揺し、

「そんなはずはない……! これは、あの子の……アステリアのものじゃない!」

 形見から目を背けるように、シリウナは背を向けた。

「シオン——」

 わたしが声をかけると、シオンはシリウナの前へ歩み寄り、その手のひらに鱗をのせた。

「——あ……」

 シリウナの手のひらで、アステリアの鱗は、人魚の国で見たときよりも強く光り輝いた。

「う、そ……。あぁ……アステリア……。本当に、本当にお前なの?」

 シリウナが愛おしそうに鱗へ触れると、それに応えるかのように、淡いピンクの光が手のひらを温かく包み込んだ。

「……守れなかった……お前を、わたしは……」

 鱗を胸に抱きしめ、泣き崩れるシリウナを、アステリアの鱗の光が優しく包み込んでいった。

「……ね、えさま」

「——あ、アステリア!?」

「……会いたかった、姉さま」

 光の中から、かすかな声とともに淡い人影が浮かび上がった。

「——! そ、そんな……」

 シリウナは恐る恐る手を伸ばすものの、その指先は光をすり抜けるだけだった。

「アステリア……あぁ……本当に、本当にお前なの……?」

 何度も何度も確かめるようにアステリアの名前を呼ぶシリウナの頬を、涙が伝った。

「ごめん、なさい……姉さま」

 アステリアは悲しそうに微笑んだ。

「……わたしのせ、いで……。もう……なか、ないで、姉さま……」

「……ちが、違う! アステリア! 悪いのは、悪いのは……全部、わたしだ!」

 シリウナが泣き崩れ、シオンが駆け寄ろうとするのを、ネレイアが止めた。

「——ネレイア?」

 驚くシオンに、ネレイアはシーッと静かに見守るよう合図をした。

 ネレイア、いつの間に——?

 シオン同様、驚くわたしに気づいたネレイアは、わたしよりも上手くウィンクしてみせた。

「姉さまは……悪くない、の……」

「——いや、わたしが、わたしが……! お前が人間になるのをちゃんと止めていたら……」

「姉さま……反対してた……。わたし、が……無理を……」

 アステリアが泣き崩れるシリウナへ、そっと寄り添った。

「——わたしは人間が憎い! お前を惑わし、国を、仲間を襲い傷つけた、あいつらが憎い!」

 シリウナは神殿の床にギュッと握りしめた手を叩きつけながら、

「そして——何よりも……お前を守れず、死なせてしまった自分が……わたし自身が憎いんだ……!」

 と泣き叫んだ。

 その悲痛な叫びに、わたしも胸が締めつけられ、胸元のペンダントを強く握りしめた。

「姉さま……ど、うか……そんな、に、責めないで……」

 アステリアはシリウナの悲しみを癒やすかのように、もっと温かな光でシリウナを包み込みながら、

「わたしは……何も、後悔……してない……。あの、人を、好きになった……ことも、し、んだこと、も……」

 と、シリウナの手に優しく触れた。

「た、だ……みん、なを……傷つけ、たこと……だけ、後悔……して、る。ごめ……んなさ、い」

「——アステリア……」

「で、もね……姉さま……。わた、し、しあわせ……だった、のよ……」

「——どこが幸せだと? お前は、本来なら、お前が……お前が、うお座の守り人として、ここにいるはずだったんだ……。あんなに勉強してたのに……」

 悔しそうにシリウナの表情が歪む。

「——わたし、には、姉さ、またち、いた……。父上、も……みん、なも……。さい、ごま、で……まもっ、て……くれた、から……」

「なにを! 何も、何も守れやしなかったんだ、わたしは!!」

 シリウナの叫びに反応したのか、わたしのペンダントから眩い光がアステリアの方へ放たれた。

「姉さま!」

 光の中からアステリアが駆け寄り、シリウナを抱きしめた。

「——アステリア? お前……どうして……?」

 さっきまで幻想のように触れることすら出来なかったアステリアにきつく抱きしめられ、その感触にシリウナは動揺していた。

 もちろん、シオンやネレイア、そして、わたし自身も——。

 まるで生き返ったかのように輝くアステリアに目を奪われていた。

「姉さま、やっぱり、わたしより守り人、似合ってる」

 ふふふ、とアステリアが微笑んだ。

「——な! こ、これは、仕方なく……」

「——違うだろ。アステリアの夢……それを叶えるため、お前は国王になることより、守り人になることを選んだ……そうだろ? シリウナ」

「——ネレイア?」

 驚くシリウナと、ニコニコ微笑むアステリアの元へネレイアが歩み寄った。

「ネレイア姉さま!」

「——アステリア……すまなかった。その……あの頃のわたしは、まだ薬師としても、お前の姉としても未熟だったんだ……」

「そんなことないわ!」

「いや、シリウナも反対していたのに……。結局、わたしは自分の作った薬を試したかっただけかもしれない……」

「それはない! ネレイアは、アステリアが幸せになるならと、徹夜して薬を作っていたんだ……。それに比べて、わたしは……」

 ネレイアもシリウナも抱えてきた想いがあふれ、同時に重く二人へ影を落としていた。

「——もう! 姉さまたち! 二人とも、らしくない! らしくないわ!」

 アステリアの大きな声にビックリして、ネレイアとシリウナはアステリアを見つめた。

「わたしは幸せだった。自分の夢を貫き通すため、国王ではなく薬師の道を選んだネレイア姉さまと——」

 アステリアはネレイアの手を取り、

「みんなを守るため、みんなの幸せをいつも願って、次期国王として日々、父上の元で鍛錬していたシリウナ姉さまがいてくれたから……」

 シリウナの手を取り、重ね合わせながら二人に微笑みかけた。

 三姉妹に絡みついた重い鎖が、優しさに溶け始めていた。

「二人がいてくれたからこそ、わたしも自分の夢を果たせたのよ? だから——」

 アステリアは二人の肩に手を回し、

「わたし、世界一しあわせな人魚姫なの!」

 二人をギュッと抱き寄せた。

「——アステリア……お前はホントに、アステリアだな」

 無邪気に笑うアステリアの手を握りながら、ネレイアはそっと手のひらに口づけをした。

「——違う……。お前は、もっと、もっと幸せになれたはずなんだ! お前を守れなかったわたしは——姉失格だ……」

 シリウナはアステリアから顔を背け、手を離した。

 どれほどの悲しみと痛みをシリウナは背負ってきたのだろう。

 自分自身の傷さえ癒やせぬまま、ずっとずっと血を流し続けてきたのかもしれない……。

 そんなシリウナの傷を感じてしまったわたしは、シリウナを救ってほしいと願わずにいられなかった。

「——わたしの幸せってなぁに?」

 アステリアが、それまでの口調から静かにトーンを落としてシリウナに尋ねた。

「そ、それは……守り人になって——」

「守り人になって?」

「——守り人になって、ずっと、ずっと……わたしたちの側で笑って……」

 シリウナの瞳から涙があふれ出した。

「——生きて、生きていてほしかったんだよ!」

 泣きながらアステリアを抱きしめるシリウナの背中を、ネレイアが何も言わず優しく撫でた。

「——お前は、国に咲く太陽だった。誰もがお前の無邪気な笑顔と優しさに救われていた……。そんなお前を、わたしは守りたかった……。ずっとずっと守って……ずっと、一緒に生きていきたかったんだ!」

「姉さま……」

 アステリアもシリウナをギュッと抱きしめた。

「ありがとう、姉さま。わたし……ホントに幸せよ」

 アステリアの言葉に、シリウナの咽び泣く声が大きくなり、それを支えるようにネレイアが二人を抱きしめた。

 少しずつシリウナを縛りつけていたものが、三姉妹の深い愛にスルスルとほどけていく気がした。

「——母さんは悪くない! 悪くないよ!」

 それまで姉妹のやり取りを黙って見つめていたシオンが、泣きながらシリウナに向かって叫んだ。

 ハッとしたシリウナがシオンのほうへ振り向いた。

「——母さん、母さんは、守りたかったんだね……。アステリアも、俺も……」

「シオン……」

 戸惑うシリウナの肩をポンと叩きながら、

「姉さま、今度はあの子に伝えてあげて。ちゃんと、ね」

 微笑むアステリアの視線の先には、あふれる涙を何度も拭いながら、まっすぐ母親を見つめるシオンの姿があった。

 そして、わたしも、その凛とした横顔に、今まで見たことのない強さを感じていた。


🌙あとがき
やっと書けたああああ!12話〜😭
キャラに感情移入し過ぎて書けなかった間、みなさんの作品を読んだり、クイズに参加させてもらったり、プロンプトで楽しませてもらったり元気いっぱいもらってました!
みなさん、いつもありがとうです😭


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