台湾台北/サバヒ 松江市場で見つけた亜熱帯の地魚を「小吃」で味わう
松江市場は台北市街中心部を通る吉林路から錦州街をやや入ったところ、赤い看板で「松江市場」の文字が目を引く。周辺は住宅街や商店街が集中するエリアで、ビルの中に生鮮品や生活雑貨の店が軒を連ねる、台湾の伝統的市場のスタイルを見せている。外観は古い商業ビル風で、中は薄暗くどこかひっそりした、レトロアジアのマーケットのイメージ。吹き抜けのスロープが地下へと続き、「地下街美食街」とある黄色の看板の先に、鮮魚と精肉の店がぐるりと立ち並んでいる。


スロープを降りたところでは、大小様々なサイズのハマグリが生簀に揃えられているのが目に入る。大きさ別に値付けされていて、さながらハマグリの専門店。名物料理のもろみ漬けに使われるシジミや、むき身のカキも並んでいる。鮮魚店の店頭を眺めたところ、ほとんどが日本でなじみの魚ばかり。主に四国や九州といった南西部の水揚げ地で目にするものが多く、現地表記の品書きを合わせ見るのがクイズのようで楽しい。
小振りながら銀がきれいな「鯧魚」マナガツオ、大振りで肉厚の「黃魚」イシモチ、まんまるの「肉魚」エボダイ、やや面長なカワハギ類の「剝皮魚」ウスバハギなど。台湾北部の漁業海域は亜熱帯気候に属し、八重山諸島周辺海域は日台漁業取り決めによる両国での操業範囲にもなっている。そのため南方系の色鮮やかな魚も並び、真っ赤な「紅石斑」ハタ、エメラルドブルーの「青衣」ブダイも。


台北近郊の主な水産都市は、北部の基隆(キールン)と東部の宜蘭(ぎらん)が知られている。鮮魚店にもこれらの地名のほか「鮮」「活」「本港漁撈」などの文字が並び、近在の漁港で水揚げされた魚介を揃えていることが伝わる。店のおばちゃんに片言の台湾語で、日本であまり見かけない魚の名前を尋ねたら、小振りで楕円の「ローイ」、スラリ細長い「メンニン」、赤くスリムな「スパニー」と、現地の呼称で答えてくれた。

通じたのに気を良くして、台湾ならではの地魚を筆談で質問。すると一番大きな魚を抱えてくれ、カメラを向けるとニッコリと笑ってくれた。体長40センチほどで、Y字の尾びれがキリッとスタイリッシュな見栄えである。台湾で「虱目魚」と表記されるサバヒというこの魚、熱帯から亜熱帯の海域に棲息しているため、日本ではほぼ目にすることがない種である。ミルクフィッシュの別名の通り甘みの強い白身が特徴で、粥やスープなどの軽食「小吃」で手軽に味わうのが地元流という。まさに台湾を代表する、庶民派ローカル魚というわけだ。

市街にはサバヒの専門料理店もあり、市場見物のあとはローカル地魚で休憩と行きたい。吉林路を南に下り、長春路との角にある「景庭虱目魚専賣店」を訪れた。専門店らしく「虱目魚」と大書された、青い魚のイラスト入りの看板が目を引く。テーブルの伝票にオーダーを記入する仕組みで、魚の部位や加工方法と調理(粥・麺・湯)を選ぶ。「粥」には身を、「湯」のスープには魚団子の「魚丸」を選んで待つことしばし。粥はサバヒの腹側の身がほぼまるごと入りで、なかなか迫力ある見た目である。
サバヒの身は見た目が白っぽく、箸をかけると中は皮目にゼラチン風の脂がたっぷりついており、それぞれの部位をつまみながら粥をすする。身はやや土の香りが漂い、皮目はこってり脂っこく唇がテラテラに。白身はほんのり甘く別名通り後味がクリーミー。加えてかみ締めるとしっかり味が出てくる。例えればスズキの土の香り、イシモチの乳香、サバの身の旨味が一体となり、強靭な個性を持った魚だ。

骨はきれいにとってあるので食べやすく、身をほぐして粥と混ぜ、汁の塩気とニンニク香とともにすすると、くせが抑えられてうまい。特にニンニクの突出した香りとサバヒのとろ甘さの激突が、出合いの妙味を作り上げている。強い風味の魚を濃い味付けで引き出すのは、素材の味を推す日本の魚料理にはない特徴にも思える。味がしっかりした粥にも身の甘さが染み出ていて、これは食が進む。
台湾のサバヒの主な産地は、本土の南西部の台南や高雄である。流通するもののほとんどが養殖で、古くからこの地方の基幹産業となってきた。かつては産卵期に沿岸に接近してきた天然の稚魚を捕獲して池で育てていたが、現在は人工種苗も広く利用されている。鮮度落ちが早いため、夜中から明け方に水揚げしてすぐに処理をし、朝食に粥でいただくのが一番おいしい食べ方なのだとか。
ほかにも煮魚や、骨ごとたたいてすり身にしてスープに入れる「魚丸湯(ユーワンタン)」あたりが、この魚の定番料理となっている。粥と一緒に注文した魚丸湯は、団子のサバヒのすり身がしっかり締まっていて、グイグイかじればこちらは土と乳の香りはなく、身の甘みのみのクリアな食味。スープは薄味ですり身の味を引き立てているよう。スープがひたひたに染み込んだ油條が、ホッとありがたい。粥と対照なおとなしい味わいで、くせが強い魚なのですり身に向いているのかもしれない。

窓の外の長春路は交通量が多く、昼下がりの喧騒を眺めながら、おやつの粥とスープを味わう。テレビでは台湾版の午後のワイドショーも流れ、アジアならではのゆるい空気が心地よい。ローカル魚を味わうならその土地の空気の中で、とのお約束は、海外でもまた同じのようである。
