『祝福の葬列』 最終話

 解決した事件の話は基本的にしない。
 集落の話が持ち上がったのは、帰宅してから更に一月たって頃だった。
「祖母が?」
 ミヨコから連絡が四ツ谷に入った。内容は、凪の祖母、マサが死んだというものだ。
 死因は熱中症らしい。暑い中でずっと畑にいたからと電話口のミヨコは憐れんだ様子で言った。その感情は死因だけに向けられたものではなく、凪の父親と連絡がとれなかったことが大きい。旦那にも早くして先立たれ、兄妹も居ないらしいので、残っている血縁者は凪だけだ。その凪も集落に近づくことはできない。
 ミチオの封印は上手く行ったが、近づいて刺激するわけにはいかない。
 その理由はミチオの出現原因がはっきりとわかっていないからだ。あれは生贄に捧げられた者の怨念から生まれたのか、それとも捧げた方の怨念なのかもわかっていない。ただ、あの家に生まれる双子に注意しなければいけない。
 逸子は結局、あの家に残ったようだ。彼女の腹の中にいるのが普通の子供なのか、それとも違う者なのか分からない以上、家ごと封印していても近づくのは危険だ。
 ある程度の事情を知っているミヨコは、葬式に出席できない旨を告げると分かっていたけど一応知らせただけだと承諾してくれた。
 それで集落との関わりが無くなるかと思われたが、その数日後再びミヨコから電話がかかって来た。
 内容は葬式が無事に終わったという報告と遺品整理に関しての事だった。
「遺品整理はこっちでやっちゃうよ。マサさんも生前そう言っていたし」
 血が繋がっているとはいえ、殆ど時間を共にしなかった凪よりも密接に関わっていたミヨコたちが遺品を整理した方がいいだろうと思って、前回の電話で頼んでいた。
「遺書は届いた?」
「ああ、今届きました」
 祖母の遺書はミヨコの電話のほんの少し間に届いていた。
 流石に血縁者が見るべきだと言ったミヨコが四ツ谷に住所を聞き送って来たのだ。本当に見て良いのか分からなかったが、ミヨコが見ないと言っている上にもう送られて来てしまったので、凪が見るしかない。
「何から何までありがとうございました」
 そうお礼を言い、電話を切る流れになるかと思ったらミヨコは何か言いたげに凪を呼んだ。
「あの、凪君」
 雰囲気の深刻さに戸惑う。
「どうしました?」
 ミヨコは少しの間沈黙した。言うべきなのか迷っているような間に不穏な気配を感じた。
 意を決したミヨコが口を開く。
「あのね。マサさん死に際にごめんねって謝っていたの。救急車を呼んだり、必死でマサさんの熱を冷まそうとしていた時だったから迷惑をかけてごめんねって意味なのかと思っていたら、そうじゃないみたいで。マサさんは私達を見てなかったの。名前を言っていたみたいだけど、聞き取れなくて……。なんとか君って言っていたから多分凪君にだと思うんだよね。マサさん他の人君付けて呼ばないし」
「俺?」
 祖母に謝られる理由は思い当たらない。
「大したことないんならいいんだけどね、なんか気になっちゃって」
 死に際に言った言葉が誰かに対しての謝罪だったのなら気になるのも無理はないだろう。
「俺は、心当たりないです」
「そうよねぇ、こっちにいた期間短いしね。全然違う人に言っていたのかもしれないから、気にしないで」
 そう言って、ミヨコは電話を切った。
「ミヨコさんなんやって?」
 事務所の椅子に座ってご飯を食べている四ツ谷が不思議そうに首を傾げた。
「うーん、なんか祖母の最後の言葉が気になるとか」
「最後の言葉?」
「誰かに謝っているみたいだったらしいです」
 話しながら四ツ谷の正面に腰を下ろす。食事をしてしまいたいが、手紙の方が気になる。
 嫌なことは早めに済ませておく方がいいだろうと、遺書が入っている封筒を開けた。中には茶封筒が入って来た。ドラマみたいに封筒の真ん中に遺書とも書かれていない無地のものだ。ミヨコがこれを遺書と思ったのは、祖母の文机にぽつんと置かれていたからだった。
 恐る恐る封を開けた。
 書かれていたのは、予想よりもずっと短い言葉だった。
『ごめんなさい。お願いされていたのにお母さんにはできませんでした。私が神様の元へ行くので許してください』
 お母さんと書いてあることから、この宛先が凪の父親であると直ぐに分かった。
「凪君?」
 どくどくと心臓が嫌な音を立てる。
 祖母は父親に何かを頼まれていた。それが遂行できなかったらしい。それが何か凪は分かった。
 凪が家にいた時、畑に向かった祖母は扉を開けていた。開けて出る習慣があるのかと思っていたが、八年後に行った時にはきちんと閉められていた。あの時、感じた違和感の正体はそれだった。
 八年で防犯意識が高まったのかもしれない。
 でも、と疑念が沸く。
 もしかして、あれは招き入れるために開けていたんじゃないのか。
「ミヨコさんは、祖母は越して来たと言っていたんです」
 自分で抱えていられず、縋る様に四ツ谷を見た。
「どこからとは聞きませんでした。でも、もし越して来たのが隣の集落だったのなら、祖母ももしかしたら父親も丘の神様を信じていたかもしれない」
 志賀が言っていた言葉を思い出す。
 丘に子供を生贄に捧げた人は幸福になった、と言っていた。
 そして、脳裏に凪を見送った父の言葉が蘇る。
『幸せになれるからね』
 震える凪の手から四ツ谷が手紙を奪った。
「凪君、こんなん気にせんと」
 四ツ谷は手紙を読んで不愉快気に顔を顰めた。
 きっと凪の予想は当たっているのだ。
「気にしてないです。でも、気分は良くないです」
 最悪だと思っていた父親の好感度は地に落ち、不気味だと思っていた祖母は予想以上に不気味だった。ただそれだけだ。
 祖母がこの手紙を書いたのはいつのか分からないが、これを書いた直後に死んだのなら祖母の死因はもしかしたら熱中症じゃないかもしれない。ミヨコが嘘を吐いているのか、それとも本当に熱中症だったのか、調べようとは思わなかった。
「さっさと忘れな」
 四ツ谷が手紙を破って捨てるのを見てから、手を洗いに行った。穢れを落とす様に石鹸で洗いながら思う。
 祖母の最期の言葉は、凪を殺せなかった謝罪か、それとも殺そうとした凪へ向けた謝罪か。どっちだろうか。
 祖母の葬式で聞こえてくるのは、泣き声だろうか、それとも笑い声だろうか。
 確めるようとは思わなかった。

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