『祝福の葬列』 第五話

 悠馬の友人だと言う撮影者の家は、四ツ谷の事務所から車で三十分の位置にあった。最寄り駅は歩いて十分とほどほどに離れているので酔っ払いなどの喧騒は遠そうだ。高校が近いので時折制服姿で騒ぐ高校生らしき姿を見つめた。
 穏やかな場所だった。
 四ツ谷の愛車を近くのパーキングに止め、悠馬の案内で向かったのはまだ新しめのアパートだ。綺麗なクリーム色の壁は汚れが付いていない。
「ここの二階。角部屋」
「良い家やな」
 四ツ谷が適当な言葉を吐きながら、外から撮影者の部屋を見つめた。
「何かわかります?」
「なんも」
 頭を振った四ツ谷がさっさと階段を上がって行く。それに悠馬が慌てて続き、凪も後を追った。
 インターホンを鳴らすと、部屋から顔を覗かせたのは女性だった。見たことのある顔だ。と思い、すぐにあの動画に映って居た一人だと気が付く。
「あ、志保さん」
 志保、と呼ばれた女性はふわっとした茶髪を耳にかけるながら悠馬に応える。
「遅いよ、悠馬君」
 柔らかい雰囲気の女性の視線が悠馬の隣に立っている四ツ谷に移ると、分かりやすく表情が凍った。
 四ツ谷は仕事の時は黒いスーツを着ている上に、お祓いに使う道具をあろうことかアタッシュケースに入れているので見た目は完全に裏社会の人間だ。家に来てほしくない人間ナンバーワンの見た目をしている。
 四ツ谷は自身の容貌が怪しいのを十分理解しているのに変えようという気はない。どうして喪服みたいなスーツで仕事をするのか聞いたところ、急に葬式になっても出席できるようにだと言われたので、霊媒師としては理にかなった格好なのかもしれない。
「ゆ、悠馬君」
 志保が怯えた様子で悠馬に助けを求める。
「この人がさっき言ってた霊媒師さん。見た目は怖いけど良い人だから大丈夫」
「そうなの?」
 志保の顔は引きつり、怯えが顔に出ている。
「志保、どうした?」
 奥から顔を出した男が、志保の肩に手をかけ、不躾な視線を四ツ谷に向ける。こちらは怯えた様子はなく警戒心しかない。
「和久君。こちら霊媒師の」
「ああ、言っていた人か。やくざかと思ったわ」
 あはは、と和久と呼ばれた男は笑う。遠慮のなさやあっけらかんとした様子が悠馬に似ている気がしたが、悠馬よりも人との距離の詰め方は乱暴だった。
「まあ、入ってよ。そっちの人は? 助手かなんか? 霊媒師って助手とかいんの?」
 和久に促され、部屋に入る。矢継ぎ早にされた質問には全部悠馬が答えた。
 部屋は、ワンルームだ。家具はパソコンが置いてある机とベッドしかないので広く見えた。
 奥にあるベッドの布団がこんもりと盛り上がっている。恐らく撮影者が潜っているのだろう。自室だと言うのに四ツ谷達が入って来ても何の反応も示さなかった。
「えーと、とりあえず自己紹介でもする?」
 和久の言葉にそれぞれ軽い自己紹介をしていく。
 ベッドを背に座ったユーチューバーの三人の男女。左から、乱暴な口調の佐々木和久、最初に顔を合わせた三木志保、小柄な金髪の女性が小松英梨というらしい。
 この三人にリーダーの赤川を加えてユーチューブ活動をしているらしい。四人の名字か名前の一文字を取って『あかしえチャンネル』にしたのだと和久が説明してくれた。
「リーダーとはまだ連絡とれない」と英梨がピンク色に塗られたやたら長い爪で器用にスマホをいじりながら言う。かつかつと硬質な音がするので画面が心配になった。
「いつから連絡とれへんの?」
 四ツ谷が早速本題に入ろうとした。しかし、ユーチューバ―達は顔を見合わせた後、何故か立ち上がった。
「その前に動画回して良い?」
 そう言うなり、四ツ谷の回答を待たずに嬉々としてカメラを設置して動画を回し始めた。
 それを呆気にとられながら見つめる。どうやら危機感が無い様だ。
「こんにちは、あかしえチャンネルです」
 そうしてさっき事務所の動画で見たのと同じ挨拶をした後、規格の説明と称して今回の経緯を話した。怯えた表情はわざとらしく、演技だと分かってしまいそうだ。
「――それで、今回は霊媒師さんを呼んでお祓いをしてもらおうと思います」
 カメラが、四ツ谷と凪に向けられた。
 まさか自分も映るとは思わず凪の肩がびくりと跳ねた。
「この子は映さんといて。シャイやねん」
 そう言いながら四ツ谷が凪の顔の前で手を振る。すると少しだけカメラがずれた気がした。
 別にシャイではないが、不特定多数が見る可能性がある動画に顔なんか映したくないのが本音だ。
「はい。じゃあ、こちらが霊媒師の四ツ谷さんとその助手さんです」
「どうもー」
 四ツ谷はやる気のない声で適当に相手をした後、早速本題に入る。
「それじゃあ最初から話して貰ってもええ? なんであの場所に行ったのか」
 説明を担ったのは和久だ。
「昨日の夜なんだけど、皆で呑んでたんだよ。そしたらなんか怖い話になって、スタッフが教えてくれたのがあそこだった。丘が特に怖いって言ってて、気になったから行くことになったんだよね。酔っていたし誰も断らなかった。集落に行って、丘にも行った。草が生い茂ってて歩きにくくて来たことを後悔したけど、リーダーはがんがん進むから離れないようについて行ったら、急に後ろから悲鳴が聞こえて、慌てて丘を出た。リーダーも出たと思う。車に戻ったら一緒だったから、多分一緒に出たはず」
 和久の説明は、大凡動画と同じだった。
「それで、いつからリーダーと連絡が取れへんの?」
「えっと、昨日こっちに帰ってから。家にも行ったけど反応なかった」
「ふうん」
 四ツ谷は顎を撫でた。その表情はいつになく険しい。
 幼少期に踏み入れた丘での体験は確かに恐怖だったが、四ツ谷が何を懸念しているのかさっぱりわからない。
「もしかしてさあ、なんか壊さんかった?」
 その質問に、微かに緊張が走った。どれだけ誤魔化そうともそれが答えだ。
「壊したんやな。もしかして道の端にあった大きめの石かなんか?」
「な、なんで」
 志保が驚愕の表情を浮かべて四ツ谷を見る。
 道の端にある大きめの石と聞き、幼少期の思い出が再生される。集落の端にあった石だ。確かミチオが結界だと言っていたものだ。
「最悪やな。結界が壊れとるわ」
 そう言いながら四ツ谷はスマホを取り出すと、写真を目の前に座るユーチューバー達に見せた。写真を見た面々は顔を青くしたり、目を伏せたりした。
「こ、こんなに酷くなってなかったのに」
 英梨がポツリと溢した。
「蹴っただけで、しかも片側だけだったよな?」
 和久の言葉に皆他の二人曖昧に首肯する。暗くて見えなかっただろうし、パニックになっていたのなら記憶は曖昧だろう。
 凪も写真を見せてもらう。そこに映って居たのは倒壊した石碑だった。
「これ……」
「向こうの知り合いに送ってもらった。僕が考え得る最悪なパターンや」
「結界が壊れたらどうなるんですか?」
 四ツ谷はちらりと凪を見て言った。
「悪いモノが出て来る。丘に入ったんだから目をつけられとるわ。リーダーが一番奥まで近づいたんなら手遅れかもなぁ」
 なんて包み隠さず恐ろしいことを言い始めたので、和久達の表情が険しくなった。やっと事態の重さを察したのかと思ったが、生粋のユーチューバ―は動画のことを気にしていた。
「あんまり直接的な物言いは止めろよ。使えなくなる」
「視聴者が引いちゃうよ」
 和久と英梨が口々に文句を言う。
 どうやらことの重大さを理解していないらしい。
 心霊関係の相談事を持ちかけて来る人間の中で、こういう人達は珍しくない。自身に起こった出来事を重く受け止めていないか、そもそも信じていない場合もある。酔っていたから変なものを見たのかも、と言い訳するのだ。じゃあ何故相談を持ち掛けるのかというと、本当に危なかった時のためというパターンと、友人に無理やり連れて来られたパターンだ。今回は明らかに後者だ。これまでの経験上、こういう人たちは何を言っても話が通じない。凪がこっそりと溜め息を吐いた。
「お祓いでどうにかなる?」
 凪の隣で耳を傾けていた悠馬が問う。
 彼はいつになく真剣な表情をしている。四ツ谷は普段ちゃらんぽらんだが、仕事に関して手を抜いたことはないくらい誠実な男だ。それを知っているからこそ四ツ谷の端的な発言に肝を冷やしている。手が微かに震えているのが見えた。
 四ツ谷は難しい顔で顎を撫でる。
「うーん。ここで今すぐどうこうしろちゅうんは、無理や。向こうから来たとしても無理。どうにもならん。僕達が出向いて大本叩かんとどうにもできんやろうな」
「大本って、集落?」
「さあ。詳しく調べてみんと」
 その時、インターホンが鳴った。
 瞬間、部屋の空気が緊張感で張り詰める。
 凪の脳裏に集落の丘で見た真っ白い顔の女が浮かぶ。境界を越えてアレがこっちにやって来たんじゃないか。凪は咄嗟に四ツ谷の服を掴んだ。
「ウーバーちゃう?」
 あっけらかんとした様子で四ツ谷が言った。その表情に強張りはなく、凪の緊張も解けた。
 和久が恐る恐ると言った風に玄関へ行き、戻って来た手には昼食の袋が下げられている。四ツ谷の言う通り頼んでいたらしい。
「忘れてたわ。このタイミングで来るのこわ」
「びっくりしたあ」
 和久が焦ったように言い、他の面々も安堵したようだが、その様子はどこかぎこちない。
 恐らく配達を頼んだのはわざとだ。お祓いをしている最中にインターホンが鳴れば誰だってぞっとする。何か得体のしれない者が来たかもしれないという演出のためだろう。その証拠に頼んだものは駅に併設されているカフェの飲み物ばかりだ。それにユーチューバ―達のリアクションはカメラを意識していた。
 ちらりと四ツ谷を窺う。彼は怒りもせずにじっとユーチューバ―達を見ている。それに反して悠馬は不機嫌だった。
「あのさぁ、まじでやばかったらどうすんの?」
 悠馬が顔を顰めたまま和久に言う。すると和久は「そのために霊媒師呼んだんじゃん」と言った。
「祓えないって」
「そうだの? まぁ、大丈夫だろ。とりあえずお祓いっぽいことやってもらえる? あ、悠馬ここカットしろよ」
 悠馬の主張は通らなかった。
 落ち込む悠馬を置いて四ツ谷はぐるりと部屋中を見渡し、頷く。
「入らんようにするくらいは出来るで」
「じゃあ、それで」
 短い交渉で四ツ谷の仕事は決まった。
 そうしてアタッシュケースからお札やら塩やらを取り出し、魔よけをし始めた。四ツ谷が作ったお札を貼った後、塩を持って玄関へ行こうとした四ツ谷の足が止まる。
「部屋に塩撒いてええ?」
「いいんじゃない? シゲ、塩撒いていいかって」
 和久が、ベッド盛り上がりに向かって声をかけた。
「シゲ?」
 その名前に記憶が刺激され、小学校最後の夏休みを鮮明に思い出す。奇妙な丘に行ったメンバーの中、ツバサの後をついて回っていた臆病っぽい子供は確か、シゲという名前だった。
「もしかして、ツバサやミチオと一緒にいた?」
 凪がそう問いかけた時、ベッドの上の盛り上がりが初めて反応を見せた。びくりと大きく震えたと思ったら布団がそろそろと持ち上がる。
 そうして隙間から顔を見せたのは、痩せぎすの男だ。頬がこけているし、目元がくぼみ濃い隈が出来ている。骸骨みたいだが、その顔には幼少期の面影が残っていた。シゲも凪の顔をじっと見た後に吐息の様なか細い言葉を吐き出した。
「いきてたんだ……」
 それは、凪も思っていたことだった。
 丘から逃げた後、シゲがどうなったのか分からなかったので、最悪な考えはずっと頭にあった。
「あの後、どうなったか知ってる?」
「それってツバサが死んだ後ってこと?」
 シゲの質問の意図が読めなかったから直接的な言葉で返したのに、シゲは途端に顔を顰めて布団にもぐってしまった。
「……ツバサ君、やっぱり死んだんだ」
 布団の中からくぐもった声がした。どうやらシゲはツバサの死すら曖昧だったらしい。
「葬式やってたよ」
「そうなんだ。僕は、ツバサ君とは同じ学校だったけど、死んだとは言われなかった。引っ越したって聞いた。行方不明って話も聞いたな。まぁ、何となく死んだんだろうなってわかってた。あんなことがあったし」
 ぼそりと付け加えられたのは、丘での一件の話だろう。
「あそこには」
「あれ以来行って無い。行って無かった……もう八年も前だし、記憶も薄れてて、大丈夫だろうって思ってた。子供の頃に見た夢みたいな感覚になっていた。でも、あれがまだいた。きっとここに来る。僕はもうここから出れない」
 それ以降、シゲは意味不明な言葉を繰り返した。
 かなり消耗し、錯乱しているようだ。
 シゲの友人だという悠馬が慌ててベッドに近寄り、布団の上からとんとんとあやす様に叩く。
「落ち着け、落ち着けって、なぁ、大丈夫だよ」
 シゲと悠馬だけが事態を重く受け止めている。周りで凪たちのやりとりを見ていた他の面々は冷たい視線をシゲ達に送っていて、気分が悪くなった。
「終わったから、帰るで」
 玄関で仕事を終えた四ツ谷が戻って来るなりアタッシュケースを持ち上げた。
「もう帰るの?」
 悠馬が不安げに聞く。
「うん、忙しいからね」
 なんて冷房をがんがんに効かせた部屋で惰眠を貪っていたくせにそんなことを言う。
「ここにいてもなんもできんし。悠馬君はどうするん?」
「ここに残る」
 迷うことなく返した悠馬に四ツ谷が頷く。
「そうか。じゃあ、これ渡しとくわ。何かあったらすぐ電話せえよ。勝手に入れんようにはしたけど、迎え入れたら入って来るから玄関は不用意に開けんなよ。ほんじゃあ」
 四ツ谷は残りのお札を全部悠馬に渡し、言いたいことだけ言うと玄関に向かって歩き出した。
「ちょっと待って。もし、入ってきたらどうすればいい?」
 必死な悠馬の言葉に四ツ谷は逡巡の後、一言。
「目を合わせるな。お前はそれで助かる」
 悠馬以外の対処法は言わなかった。
 未だに話の重みを理解できないユーチューバ―達はへらりと笑って四ツ谷に手を振った。

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