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スクールカウンセリングでの学びと診断までの流れ



みらぽ

初回カウンセリングでは、忘れ物やだらしなさの背景に発達特性があるかもしれない、と聞きました。
そこで改めて、息子との過去や家庭での対応を振り返ることになりました。



厳しくしてしまった日々

小学校3年の頃。
「このままでは虐待になってしまうのでは」と思うほど、私は厳しい言葉を息子にぶつけていました。
忘れ物や整理の苦手さにイライラし、「どうしてできないの!」と責める毎日。
自分自身もノイローゼになりかけ、夫に相談したことを今でも覚えています。

夫から返ってきた言葉は意外なものでした。
「俺も25歳くらいまで自分でコントロールできなかったし、自我が芽生えるまで待とう」
――もしかして夫もADHD気質…?と思いつつ、その言葉に救われました。
それからは「最低限の声かけだけにしよう」と切り替え、家の中は少しずつ落ち着きを取り戻していきました。



中学になって直面した壁

ところが、中学では教科担任制。
「誰かが見守ってくれる」わけではなく、本人任せになる場面が一気に増えました。
小学校の頃には目立たなかった苦手さが、表面化してきたのです。

カウンセラーからは、
• 小学校は担任が手厚く声かけしてくれるが、中学ではフォローが難しくなる
• 今こそ「成功体験を増やすこと」「楽しい経験を重ねること」が大切
とアドバイスを受けました。

褒めることの大切さを改めて知り、「怒る」から「支える」へと私の意識が変わっていきました。



診断へのステップ

そして診断についても具体的に説明を受けました。
• 巡回指導員(資格を持つ専門家)の検査を経て病院へつなげるルート
• 直接、個人病院→こども病院→検査→診断へ進むルート

当初は時間をかけて①を選ぼうと思いましたが、夏休みを挟んでしまうと大幅に遅れてしまう。
「もうADHDだろう」と感じていた私は、②のルートに切り替え、学校医を通じて診断を受けることにしました。



気持ちの変化

「忘れ物が多い」「だらしない」――その背景に理由があると知れたことで、私の心はぐっと軽くなりました。
以前のように感情的に怒鳴ることも減り、「できないのは怠けではなく、特性なんだ」と理解できるようになったのです。



次回は、学校への報告と先生たちの理解 について書きます。

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