生きる意味…とかいう耳タコな言葉
よく、生きてる意味はあるのか?とか
人生の目標!的な言葉があるけど
人間やはり色々と考えてしまう生き物みたい。
個人的には昔から「生きる意味」なんて意識してないタイプだったけど、
少なくとも現段階での私の考えは
生きる事に意味はない。でも、本人や周囲が望めば意味を持たすことも出来る。
である。
なので、要は
どっちでもええやん。好きな方選べば良いがな。
てこと。
そしてこれは固定化される必要はなく
「自分なんて生きてる意味ない…」
と悲観的になってる時は
「え?自分だけじゃなく皆そうですが?」
で、良いし
エネルギッシュな時は「自分の生きる意味」を作ってみたら、よりポジティブになれるかもしれない。
そもそも人間の命は自然のサイクルの一部でしかないし、そこからは逃れられない…と個人的に思う。
まだまだやり残した事がある人や、子供にも無情に死はやってくるし、特に何もしてない、なんなら「社会的に」見れば悪人でも長く生きることもある。
そしてこれは、自然でも同じだと思う。
どんな命もサイクルの中で消えていく場合もあれば
それが既存の生態系を崩すことになっても、構わず増えすぎる事もある。
そこには良し悪しはなく、ただ「そうである」という事実しかない。
意味とかいう目に見えないものだからこそ、
作ったり無くしたり好きに出来る。
都合よく使えるし、使って良いと感じてる。
まぁここまで書いておいて、
器用にそんなこと出来たら良いよねー…
難しいよねー…
というのが本心でもあるのだけど(笑)
でも出来ても出来なくても、
ぶっちゃけ一個人の人生に
そんな大きな影響与えないし
そもそもこんな記事書いてることが矛盾(笑)
とも思ったりする今日の朝だった。
