6-3の負い目と、6-4の救い
先日のテニスの試合の決勝で、高校時代にダブルスを組んでいた友人に、瓜二つの相手と当たった。
背格好。
運動神経。
プレースタイル。
ネットへの詰め方。
ダウンザラインを打つ時の雰囲気。
どれも驚くほど似ていた。
その友人を、ここでは亀ちゃんと呼ぶ。
亀ちゃんとは同郷で、保育園の頃から同じ環境で育った。
小さい頃から同じ町で育ち、高校時代にはダブルスのペアも組んでいた。
同じ時間を過ごしてきた仲間であり、同じ競技に本気で向き合ってきた相手だった。
そんな亀ちゃんと、高校最後の引退試合で当たってしまった。
県大会ベスト8をかけた試合だった。
勝てばベスト8。
その先には、東海大会が見えていた。
結果は、6-3で私が勝った。
その大会で私は県ベスト4に入り、東海大会へ出場した。
その結果、スポーツ推薦をもらい、大学へ進学することになった。
振り返れば、あの試合は今の自分のキャリアにもつながっている。
テニスで進学し、大学に行き、そこから社会人としての今がある。
人生の分岐点だったと言ってもいい。
でも、その試合は私にとって、ずっと苦い思い出でもあった。
3-2で私がリードしていた場面。
亀ちゃんが打ったダウンザライン。
ライン際に鋭く落ちたボール。
私はそれを、アウトとコールした。
セルフジャッジだった。
今でも、そのボールの軌道を覚えている。
正直に言えば、完全にアウトだったとは言い切れない。
勝ちたかった。
勝ちたくて、勝ちたくて、勝ちたくて。
自分の中の希望的観測で、アウトにしてしまったのだと思う。
試合内容としては、終始私がディフェンスで、亀ちゃんがオフェンスだった。
亀ちゃんが攻め、私が拾う。
亀ちゃんが展開し、私が耐える。
結果として、亀ちゃんのミスが多くなり、私は勝ちを取った。
でも、内容では圧されていた。
だからこそ、あの1本が自分の中に残った。
私は勝った。
でも、どこかで勝ち切れていなかった。
その後のテニス人生でも、ことあるごとにその負い目を感じた。
大学では1部リーグでプレーする機会を得たが、思うような結果は残せなかった。
もちろん、それがすべてあの試合のせいだとは思わない。
実力。
環境。
怪我。
メンタル。
さまざまな要因があった。
それでも、自分の中ではどこかでつながっていた。
あの時、勝ちにしがみついた自分。
きわどいボールを、自分に都合よくアウトにした自分。
本当の意味で胸を張れなかった自分。
それが、ずっと心の奥に残っていた。
亀ちゃんとは、その後も仲が悪くなったわけではない。
ただ、社会人になり、それぞれの人生が始まり、少しずつ距離ができていった。
亀ちゃんから結婚式の招待が来たことがある。
当時、私は25歳だった。
生きるのに必死だった。
仕事も、生活も、自分のことで精一杯だった。
そしておそらく、あの時の負い目もどこかにあった。
私は、結婚式への出席を見送った。
それもまた、今では負い目になっている。
あの試合のジャッジ。
結婚式に出なかったこと。
会わなくなった時間。
ひとつひとつは小さな選択だったのかもしれない。
でも、それらが重なって、亀ちゃんとの関係はいつの間にか疎遠になった。
一年前、実家に帰った時だった。
地元の月刊誌に、消防訓練で頑張っている亀ちゃんが特集されていることを知った。
ああ、亀ちゃんは亀ちゃんの人生をちゃんと歩んでいるんだなと思った。
その後、亀ちゃんは仕事の都合で、家族を連れてアメリカに赴任したらしい。
海外でキャリアを積んでいると聞いた。
すごいなと思った。
うれしくもあった。
そして少しだけ、遠く感じた。
話を戻す。
先日のテニスの試合。
その決勝の相手が、そんな亀ちゃんに瓜二つだった。
最初に見た時から、不思議な感覚があった。
懐かしさ。
うれしさ。
少しの怖さ。
そして、これは何か意味がある試合なのではないかという感覚。
もちろん、相手は亀ちゃんではない。
ただの偶然かもしれない。
でも、自分の中ではそうは思えなかった。
あの時の負い目を、少しでも断ち切れる機会のように感じた。
だから、試合前に決めた。
この相手には、ベストをもって戦おう。
負けてもいい。
勝ってもいい。
ただ、一貫して攻めよう。
自分のプレーをやり切ろう。
そして、どんなきわどいボールも、クリーンにジャッジしよう。
あの時とは違う自分で戦おうと思った。
試合が始まった。
相手は強かった。
動きが速い。
ボールへの入り方がいい。
攻めるタイミングも早い。
こちらが少しでも浅くなると、すぐに前へ入ってくる。
ダウンザラインもある。
アプローチもある。
ネットプレーもある。
まるで高校時代の亀ちゃんとまた戦っているようだった。
私は3-2でリードした。
その瞬間、あの時の記憶がよみがえった。
高校最後の県大会。
3-2リード。
亀ちゃんのダウンザライン。
自分のアウトコール。
身体の奥で、何かがざわついた。
すると相手は、まさにその記憶をなぞるように、鋭いダウンザラインを決めてきた。
さらに華麗なアプローチからボレーへつなげてくる。
流れが変わった。
気づけば、4-3でリードを許していた。
試合前には、一貫して攻めようと決めていた。
でも、現実はそう簡単ではなかった。
相手のプレッシャーが強く、こちらのポジションはどんどん下げられていく。
自分から攻めるつもりが、気づけばディフェンス気味の展開になっていた。
また同じだと思った。
あの時もそうだった。
亀ちゃんが攻め、私が拾った。
相手が展開し、私が耐えた。
自分は結局、また同じように守っている。
でも、今回はひとつだけ違った。
勝ちにしがみついてはいなかった。
負けてもいい。
勝ってもいい。
この試合で、自分ができることをちゃんとやろう。
きわどいボールはきれいにジャッジしよう。
逃げずに、最後までやろう。
そう思えていた。
ポジションは下げられたままだった。
思うように攻め切れたわけでもない。
それでも、できる範囲で前に入った。
バックサイドでアプローチを打った。
少しサイドアウトになりながらも、攻める意思は捨てなかった。
完璧なプレーではなかった。
むしろ、内容としては圧されていたと思う。
試合を支配していたのは相手だったかもしれない。
それでも、最後までベストを尽くした。
結果は、6-4で私が勝った。
また勝ちを拾った。
でも、あの時とは少し違った。
高校時代の亀ちゃんとの試合は6-3だった。
今回の試合は6-4だった。
数字に大きな意味があるわけではない。
でも、自分の中では、その1ゲームの差に妙な納得があった。
あの時、本当は6-3ではなかったのかもしれない。
あの1本を、自分に都合よくアウトにしなければ、試合はもっともつれていたのかもしれない。
もしかしたら6-4だったのかもしれない。
もしかしたら、負けていたのかもしれない。
今となっては分からない。
でも、今回の試合を終えて、少しだけ思えた。
勝ちにこだわりすぎず、ベストを尽くせばよかったんだと。
あの時の自分は、未熟だった。
勝ちたかった。
どうしても勝ちたかった。
その気持ちは、今なら分かる。
高校最後の大会。
東海大会がかかった試合。
スポーツ推薦の可能性。
これまで積み上げてきた時間。
あの時の自分にとって、それは人生を懸けたような試合だった。
だからといって、ミスジャッジが正当化されるわけではない。
でも、あの時の自分を、もう一生責め続けなくてもいいのかもしれない。
未熟だった。
弱かった。
勝ちに飲まれた。
でも、本気だった。
そして今の自分は、少なくともあの時とは違う選択ができる。
きわどいボールを、きれいに見る。
負けてもいいから、正しく戦う。
勝ちにしがみつくのではなく、ベストを尽くす。
それができた。
だから、少しだけ救われた気がした。
負い目が完全に消えたわけではない。
過去がなかったことになるわけでもない。
亀ちゃんとの試合も、結婚式に出なかったことも、疎遠になった時間も、全部残っている。
でも、それらを抱えたままでも、前に進める気がした。
今回の決勝は、ただのテニスの試合ではなかった。
18歳の自分が置いてきたものを、38歳の自分が拾いに行った試合だった。
あの時、私は勝った。
でも、勝ち切れていなかった。
今回も、内容では圧されていた。
それでも、逃げずに戦った。
そして、今度は少しだけ胸を張れる勝ち方ができた。
6-3の負い目が、6-4で少し救われた。
そんな気がしている。
アメリカから帰ってきたら、亀ちゃんに会いたい。
謝りたいという気持ちもある。
でも、それだけではない。
もう一度、友人として会い直したい。
高校時代の話をしてもいい。
しなくてもいい。
今どうしているのか。
どんな仕事をしているのか。
家族とはどんな暮らしをしているのか。
そんな普通の話をしたい。
そしてもし、あの試合の話になったら、こう言いたい。
「あの時の試合、今でも覚えてる。
きわどいボールをアウトにした場面があって、ずっと少し引っかかってた。
今さらだけど、ごめんな」
それで何かが変わるかは分からない。
亀ちゃんにとっては、もうとっくに過去の話かもしれない。
もしかすると、覚えてすらいないかもしれない。
でも、それでもいい。
これは亀ちゃんのためだけではなく、私自身が、あの頃の自分とちゃんと向き合うための言葉でもある。
テニスは不思議だ。
一本のボール。
一本のジャッジ。
一つの勝ち負け。
それが、何年も心の奥に残ることがある。
でも同時に、何年も経ってから、別の一本のボールが過去を救ってくれることもある。
あの日のダウンザラインは、ずっと私の中に刺さっていた。
でも今回、亀ちゃんによく似た相手のダウンザラインを受けながら、私は最後まで戦った。
あの時とは違う自分で。
それだけで、少し十分だった。
勝ったから救われたのではない。
負けてもよかった。
たぶん、本当にそう思えていた。
ベストを尽くそうと思えたこと。
クリーンに戦おうと思えたこと。
最後まで逃げなかったこと。
そこに救いがあった。
18歳の自分に言ってやりたい。
そんなに勝ちにしがみつかなくてもよかったぞ、と。
でも、あれだけ勝ちたかったお前のことも、今なら少し分かるぞ、と。
そして、38歳の自分にも言ってやりたい。
まだちゃんと戦えるぞ、と。
まだ、やり直せるものはあるぞ、と。
テニスを続けていてよかった。
あの時の負い目は、少しだけ成仏した気がする。
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