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「大丈夫」が口癖になっている人へ|心が自分を守る、小さな麻酔


心に、ひと呼吸の余白を。

こんにちは、ゆきのです。



「大丈夫?」と訊かれて、

「大丈夫」と返す。

その二文字が口をついて出るまでの時間が、前より短くなっている気がする日はありませんか。


考える前に、もう言っている。

相手が心配してくれていることは分かっている。

でも、本当のことを言葉にするには、今の自分には少しエネルギーが足りない。

だから、ひとまず「大丈夫」で蓋をする。

そんな夜があります。
 


スーパーの惣菜コーナーで、似たようなことが起きる日があります。


「今日は何が食べたい?」と自分に訊いても、答えが返ってこない。

だから、いつものものをかごに入れる。

家に帰って、温めて、食べる。

おいしさより先に、「今日も済んだ」という安心だけが残る夜があります。


食事も、返事も。
温めるだけで済ませているような夜が、たしかにあります。



以前の私は、そういう返事を「弱さ」だと思っていました。

考えることを放り出している。
怠けている。
逃げている。

そんなふうに、自分を責める材料にしていた時期があります。


でも、ある夜、台所に立ちながら気づいたことがありました。

煮込み料理を作ろうとして、でも時間がなくて、結局カップ麺にお湯を注いでいた。

三分待つあいだ、ぼんやり湯気を見ていて、ふと思ったのです。


このカップ麺を選んだのは、怠けているからじゃない。
今夜の私には、煮込む余力がないだけなのだと。
 


「大丈夫」も、たぶん少し似ています。


本当のことを言葉にするには、自分の内側を少し覗き込んで、気持ちを拾い上げて、相手に伝わる形に整える時間がいります。


心が疲れているとき、その工程をいったん省いて、「大丈夫」とだけ差し出す。

それは怠慢というより、心がその日を終えるために、自分にかけている小さな麻酔なのかもしれません。


痛みを感じる余裕すらないほど疲れているとき、麻酔が効いてくれるから、なんとか今日を終えられる。

そういう日もあります。

だから、その仕組みそのものを責めなくていい。
今はそう思っています。


ただ、そういう麻酔にも、別の面があります。


痛みを遠ざけてくれる一方で、
自分がどこで疲れているのか、何が苦しかったのかを、見えにくくしてしまうことがある。


以前の私は、まさにそうでした。


「大丈夫」
「なんとかなる」
「もう少しだけ頑張れば」
 


そうやって過ごしていたある冬の朝、満員電車の中で、急に涙が止まらなくなりました。

あの日、身体のほうが先に限界を知らせてくれたのだと思います。
ずっと見ないふりをしていたものが、涙という形で、外にあふれてきました。



あの朝のことがあるから、今の私は「大丈夫」という言葉に、少しだけ耳を澄ますようになりました。


自分がその言葉を使ったとき、
「今日は、それでいい?」
と、心の中でひとことだけ訊いてみる。


いつもできるわけではありません。

忙しい日は、やっぱり反射的にその二文字を使ってしまう。
でも、ときどき、ほんの一瞬だけ立ち止まれる日があります。


もし心が向いたら、今日、自分が「大丈夫」と返した場面をひとつだけ思い出してみてもいいのかもしれません。

思い出せなくてもいい。
何も見つからなくてもいい。


ただ、あの返事の裏に、言葉にならなかったものがあったかもしれない。

それを、すぐにはっきりさせなくても、そういうものがあったかもしれないと知っておくだけでも、少し違うことがあります。
 


「本当は少し疲れていた」

「説明する気力がなかった」

「自分でも、まだよく分からなかった」
 


そんなふうに、輪郭がぼんやりしたままで置いておける夜もあります。


毎日やらなくていい。
余裕のある日に、少し煮込める日があればいい。

温めるだけの夜があってもいいし、
何も作れない夜があってもいい。

その日の自分にできる形で、今日を終えられたなら、それもひとつの過ごし方です。
 


「大丈夫」が口癖になっていることに気づいた夜は、あなたが弱い夜ではありません。

その二文字が、今の自分を守るために必要だったのかもしれないと気づけた夜です。


私自身、今も「大丈夫」を使います。

便利だから。
楽だから。
そして、本当に今はそれでいいと思う日もあるから。


でも、前とは少しだけ違うことがあります。

「大丈夫」と言ったあとに、
その二文字の奥に、まだ言葉にならないものが残っていないか。
それを、急いで片づけないようになりました。


うまく言葉にできなくてもいい。

ちゃんと説明できなくてもいい。

今日はただ、その返事が必要だったのだと思えるなら、それでもいい。


「大丈夫」と言うしかない夜もあります。

そんな夜は、その二文字の奥にあるものまで、無理に整えなくていい。


今夜はまだ、そこにあると知っているだけで、十分なのかもしれません。


ゆきの



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