見出し画像

揺れが止まるのを、待っていい|帰り道の心を、そっと置く夜に


こんにちは、ゆきのです。


玄関のドアを閉めた瞬間、部屋がぐっと静かになる。
靴を脱ぎながら、ふと気づくことがあります。

肩が、まだ上がったままだった。


今日は、会議で誰かの声が少しだけ強かった。
内容はもう思い出せないのに、
あの声の圧だけが、まだ肩に残っている。

鍵をテーブルに置く音が、やけに大きく響く。
パソコンの画面がぼんやり光っていて、
部屋のどこかで、通知音が小さく鳴っている。

家には帰ってきたはずなのに、
身体だけがここにいて、心がまだ追いついていない。 


そんな夜は、ありませんか。
 



『こんなことで揺れている私がいけないのかな』と、自分を責めてしまいそうになること。

私にも、まだあります。

あの頃の私は、ずっと「私のせいだ」と思っていました。

何度も自分を責めて、それでも揺れは止まらなくて。

ある夜、ふと気づいたのです。

どれだけ自分を責め続けても、コップの揺れは止まりませんでした。
責めれば責めるほど、水面はかえって荒れていく。


「私のせい」ではなく、

「いまの私の揺れには、理由がある」。
 

その言葉を、誰かから受け取ったのではなく、
時間をかけて、自分の中からふと見つけた夜がありました。

それは「誰かを責める」ことでも、諦めることでもなく。
ただ、揺れていることを、正直に認めてあげることでした。
 


コップに水を注いだ、あの夜のこと


その日の夜、台所でコップに水を注いだとき、
手が微かに震えていて、水面が揺れていました。

テーブルに置いても、しばらく波が収まらない。

じっと見つめていると、波が少しずつ小さくなっていきました。
だから私は、コップの下にコースターを一枚だけ敷きました。
揺れを止めるんじゃなくて、揺れが届きにくくなるように。

心も、これと似ているのかもしれません。

揺れているのは、水が悪いのではなく、
コップの揺れが、まだ少し残っているだけ。
 


そして、テーブルに置いてからも


波が静まるまでには、少し時間がかかる。

通知音も、締め切りも、満員電車の圧迫感も。
コップの外側が揺れているあいだ、水面は揺れます。
当たり前のことなのに。

それなのに私は、水のほうを責めたくなる夜があります。

「不安になる私がいけない」と水を責める前に、
コップの揺れを、ほんの少しだけ和らげてあげる。

環境を見る、というのは、そういう視点の置きかたなのだと思います。

そして、揺れるコップの中で、
それでも毎日こぼさないように気をつけてきたあなたは。

それだけで、もう十分に、疲れていいはずです。
 


選べなかった日々が、教えてくれたこと


正直に言うと、
私が「コップの置き場所を、少し変えてみよう」と思えたのは、最近のことです。

矛盾した指示に翻弄される職場にいた頃、
朝の叱責も、夜の残業も、全部が「変えられないもの」でした。

あの頃の私には、置き場所を探す余裕すらなかった。

だから、もし今のあなたが
「そんな余裕はない」と感じているなら。
その感覚は、とても正直だと思います。

でも、不思議なことに。

選べなかった日々の中でも、身体は勝手に、小さな安全を探していました。

誰にも言わずに、デスクの引き出しの奥に好きな飴を一つ忍ばせていたこと。

昼休みに、屋上まで階段を上がって、3分だけ空を見ていたこと。

それは「環境を変えた」とは言えないかもしれません。

でも、あの小さな行為は、
揺れるコップの中で、水が自分を守ろうとしていた合図だったのかもしれないと、今は思えます。
 


ひとつだけ、振動を遠ざけてみる


職場を変える、引っ越しをする。
そんな大きな選択が必要なときもありますが、いつもそれができるわけではありません。

コップを置く場所を、少しだけ変えてみる。
それだけのことで、揺れ方が変わることがあります。

たとえば。

通知音を一時的に切ってみる。
──テーブルの上の、小さな振動をひとつ減らすように。

照明を少し落としてみる。
──コップの周りの空気を、穏やかにするように。

劇的に変えなくていい。
揺れを0.1ミリ弱めるような、それだけのことでいいと思うのです。
 


【今夜のひとかけら】


もし、ほんの少しだけ心に余白があるなら。

あなたのコップを揺らしているものは、何でしょう。

音でしょうか。
光でしょうか。
画面から届く、誰かの声でしょうか。

そのうちのひとつだけ、今夜、小さくしてみてもいいかもしれません。

たとえば、通知を切るのが難しければ、音量を一段だけ下げるでも。

何も思い浮かばなくても、大丈夫です。

「何が揺らしているんだろう」と考えたこと自体が、
コップを安全な場所に移し始めた合図なのかもしれません。
 


揺れが止まるまで、ここにいていい


変えられない現実は、たくさんあります。

すぐには動かせないものに囲まれて、
「環境を変えましょう」という言葉にかえって苦しくなることもあります。


すべてを変えられなくても。

コップの揺れがすぐには止まらなくても。

水面が静まるまでには、少し時間がかかる。

揺れが止まるのを、待っていい。

待つことも、水を守るための静かな選択です。


何も変えられなかった日も。

振動をひとつだけ遠ざけられた日も。

ここでは同じように大切な存在です。

あなたの水面は、ゆっくりと、静まっていきます。


咲かなくても、あなたは美しい。

またここで、静かにお待ちしています。


ゆきの
 



【ココミチの「心の図書館」へようこそ】

この記事が、あなたの心に少しでも余白を届けられたなら幸いです。
「ココミチ」では、これからも心のゆとりと小さな気づきをお届けしていけたらと思います。


🌸 次に読む記事を探すなら
【迷ったら、まずここへ】

あなたの今の気持ちから、次の一冊を見つけられます。



【 あなたの心に近い枝葉 】

□ 「また沈んだ」と感じても、それは振り出しじゃない──波の途中にいるだけ
[ 回復は、螺旋階段のように ]

□  揺れていた身体が、やっと声を出せる場所──最初の一歩
[ 身体という、最初の安全基地 ]

□ 鏡の中の自分に「いるね」と認める──労いの、もうひとつの形
[ よく頑張ったねが言えない夜に ]

□ 身体の声を後回しにしてきたのは、それだけ必死に歩いてきた証
[ 身体に残る「心の結び目」を、そっと緩める ]


さらに記事を探すなら:
→ [ 📚 心の図書館・探索ガイド ]

いいなと思ったら応援しよう!