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数字にならない「変化」に光をあてて 〜運動教室で見つけた、小さな再出発〜



オランダ体育に触れる前

オランダの体育教育(Moving Education)に出会う前から、私は地域で「親子で楽しめる遊び場」を主宰していました。2022年にこの活動を始めたとき、私の頭にあったのは、体育教員として現場で感じ続けてきた「切実な危機感」から導き出した4つの目標でした。

  1. ケガの予防:遊びを通じて自分の体を操る能力(操作性)を高める。

  2. スムーズな移行:将来、競技スポーツに進んだ際に生きる身体の土台を作る。

  3. 運動好きの醸造:生涯にわたってスポーツを楽しむ「心」を育む。

  4. 親子の関係性の変化:指導者と選手ではなく、親と子として共に動く時間を創る。

なぜ、この目標だったのか。それは私が長年、部活動指導の現場で「バリバリ」と勝利を追い求めてきた中で、無視できない現実を目の当たりにしてきたからです。

現場で感じた「身体の異変」と「心の摩耗」

年々、生徒たちの基礎的な運動能力が低下しているという実感がありました。それと同時に深刻だったのが、幼少期からの早期専門化による「オーバーロード(過度な負担)」です。

私の専門は野球ですが、医師や理学療法士の方々と連携して小学生に検診事業を行った際、驚くほど多くの子どもたちが「野球肘」やその予備軍であることに愕然としました。 事実、チームの結果を見て入学してきてくれた学年で、柱となるはずだった二人の投手が、入学早々に手術をしなければならない事態になりました。彼らがマウンドに戻れたのは、2年生の秋。人生で一度きりの高校野球の半分以上を、彼らはリハビリに費やすことになったのです。

さらに、競技を離れていく才能たちも見てきました。「野球はもういい」と高校入学時に他競技へ転向してしまう子。大学を経て、まだまだ伸びる可能性があるのに「もうお腹いっぱいだ」と燃え尽きてバットを置く選手。

このままでは、スポーツが子どもたちにとって苦痛なものになってしまう」 そんな危機感が、私を「遊びを通じた土台作り」へと突き動かしました。

1. 「表情」の解凍

この遊び場は、地域に住むごく普通の親子が集まる場所です。しかし、学校や既存のチームという枠組みの中で緊張し続けている子どもたちの表情は、時に「氷」のように固まって見えることがあります。

そんな子が、私たちの遊び場に参加したときのことです。最初は隅っこで様子を伺っていたその子が、たまたま転がってきたボールを一度だけ相手の的に投げ返しました。

的に当たったわけでも、誰かに褒められたわけでもありません。でも、その瞬間、彼の顔にふっと「生きた表情」が戻ったのです。この「表情の解凍」こそが、心理的安全性が保障された環境でしか起きない、最高の変化でした。

2. 私自身の「一発勝負」への恐怖と、魔法の言葉

日本の体育では、失敗は「恥ずかしいこと」になりがちです。列に待機している子の視線を一身に受けながら、一発勝負のパフォーマンスを強いられる。

実は私自身、学生時代からこの「一発勝負の強迫観念」を人一倍強く感じてきました。みんなに見られている中で失敗してはいけないというプレッシャー。そんな体育のあり方に変化をもたらしたいと思ったことこそが、私が体育教師を目指した原点の一つでもあります。

正直に言えば、私は他の体育教員のように、どんな種目も完璧にこなせるような華やかなパフォーマンスはできません。でも、だからこそ「できない子」の不安や、「やるのが嫌だ」と感じる子の気持ちは、誰よりも分かってあげられるつもりです。

だからこそ、私は「ナイスチャレンジ!」という言葉を大切にしています。 うまく回転できずにゴロゴロと横に転がってしまった子がいても、「今の転がり方、面白いね!ナイスチャレンジ!」と笑い飛ばす。

「うまくできなくても、ここは安全なんだ」 そう思えたとき、子どもたちの動きは驚くほど大胆になります。自分の限界を自分で知る。それが結果として、将来の「ケガの予防」にも繋がっていくのです。

3. オランダを経て確信に変わった「遊び」の価値

2025年3月、家族でオランダを訪れ、「Moving Education」を目の当たりにしたとき、私は震えるような感覚を覚えました。「ああ、自分が現場で悩み、実践してきたことは間違っていなかったんだ」と。

幼少期に特定の競技に縛られず、遊びを通じて多様な動きを経験することが、将来の競技スポーツへのスムーズな移行を支え、怪我を防ぐ。そして、大人が「教える人」ではなく「一緒に楽しむ人」として関わることが、親子の関係性をどれほど豊かにするか。

オランダでもらった「理論という裏付け」が、今の活動に揺るぎない自信を与えてくれました。

結びに:次なる一歩へ

運動教室での変化は、目に見えにくいものです。でも、評価という物差しを捨てて、子どもの「ありのままの動き」を見つめ、認め続けること。それが、どれほど彼らを自由に、健やかにするか。

こうした活動や特別支援の学びが、思わぬ形で私の本職とも繋がることになりました。現在、私の勤める高校では令和8年度の「通級指導教室」開設に向けて準備が進んでいます。そして、その担当として、私に白羽の矢が立ちました。

次回は、一人の親としての経験と、一人の教員としての専門性が交差する場所——通級指導教室の開設準備と、そこにかける想いをお話ししたいと思います。

(つづく)

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