死という存在
中学時代の同級生が逝ってしまった。
数年前、東京で暮らすMに、仕事で上京したことをメッセンジャーで伝えた。引っ越し荷物の開梱も終わり、生活が落ち着いたころに連絡すると、「実は入院してるんだ」。「そっか。元気になったら飲もうぜ」「そうだな。また連絡する」「おう、早くよくなるといいな」。
都内の東側から西側へ、生活の舞台を変えながら、都会の人の多さにも慣れたころ、ぼちぼち異動の影がちらつく。
「おい、地元に帰っちまうぞ。いつ飲むんだ?」。そんな気軽な言葉に帰ってきたのは、「実は病気の根治は難しいんだ。今はテレワークをしながら、治療を続けている」という返事。事情がつかめないまま、ましてやズケズケと病名や具体的な状況も聞くことができずに、「まぁ、お互い生きてるだけで十分。飲まなくてもいい、落ち着いたら会おう」。「そうだな」
2023年11月9日。結局それが最後のやり取りになった。
ゴールデンウィーク。東京に住む同じ中学の同級生からLINEで連絡が入った。「Mが亡くなったらしい。詳しい状況はよくわからない」
おいおい、嘘だろ。
早すぎるだろ。
まじか⋯
いつもつるんでたもう一人、Tは都内でバーを営んでいる。訃報を知らせる。一言、「献杯しとく」。お互いに、それ以上つなぐ言葉も出なかった。
親の都合で引っ越し、その街で3年半を過ごした。一緒につるんだのは2年弱。でも、青春のなんとやらで、人生初の引っ越しや転校、そこでの出会い⋯。ガキの俺にとっては濃密な時間だった。
当時はバンドブームで、スリムのブラックジーンズが流行ってた。週末に待ち合わせて出かけると、俺とTがジーンズ姿なのに、お前はジャケットを羽織ってハットをかぶってた。あまりにも背伸びしすぎた格好に違和感を感じて、大笑いしたな。でもかっこよかったよ。
違う運動部に所属してたけど、お互いに終わるのを待って、帰り道のコンビニやホームセンターで買い食いした。ほぼ毎日のように。あの時の缶コーヒーと大判焼きの味は格別だったな。
俺の再度の引っ越しで離れてからは、携帯やSNSなんてないから、年賀状のやり取りくらい。再会したのは中学卒業から20年の節目で開かれた同窓会だった。
Mが東京の大学に進学したこと。卒業後は2年間、ワーキングホリデーでイギリスにいたこと。俺も似たようなタイミングでイギリスに留学していたから、ニアミスだったな、なんて笑い合ったっけ。
2次会は二人でバーへ。中学3年でそれぞれが好きだった女子に告白して、ふたりとも玉砕したこと。Mが告白した子は会に参加していて、隣で飲む姿に、なんだか不思議な気分だって笑い合ったな。ションベン臭いガキの思い出も、当時は全力だった。昨日のことのように思い出せるよ。
実はな、お前が告白したあの子とは、今も年に何回か飲みに行ってるんだ。たまたま住んでる街が一緒で、似たような趣味があってな。仕事も関わりがないこともない。
そんで、お前に言いたいのは、お前は相当見る目があったってこと。めちゃくちゃいい女なんだよ。今すぐ俺が告白したいくらいだ(笑)
なんだよ、まだまだ話したいことがあったじゃないか。行くなよ。早すぎんだろ。東京ではたくさんの友人に会って、旧交を温めた。子どもの頃に馬があったやつは、大人になってからも結構波長が合うんだと実感したんだ。会ってたらどんな話ができたんだろうな。
Mの訃報が届く数日前、取引先の社長が亡くなった。50歳だった。さらにその数日前には、高校の同級生が飼ってるキャバリアが死んだ。続くんだよ、こういうの。
2011年3月11日。あの災害は、改めて今を全力で生きることの大切さを教えてくれた。当たり前の明日は、当たり前にはやってこないことがあるんだって学んだ。
M。お前が生きた証を少しでも残したくて、俺は文字を書いた。少しでも餞になるといいな。死は誰の側にも潜んでいる。次は俺なのかもしれない。笑って再会できるよう、毎日をもっと楽しんでおくよ。
そういえば、お前の仕事はウイスキーの輸入とか言ってたな。今度会ったら、好きだった濃いやつで一杯やろう。あの子との思い出話を聞かせてやるよ。もちろん健全な話だよ
2025年某月某日 旅立ったMへ捧ぐ
