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千曲川は、大ネズミだった②「三万年前の記憶」

第3章「三万年前の記憶」

上田市へ向かった。
地図の上で点を打ち続けて、気づけば何かに操られるかのように動き始めていた。
幼い頃、車窓からこの岩壁を見たことがあった。
山が、欠けていた。
なぜ欠けているのだろう。子どもの私は、そう思った。しかし答えを知る者はおらず、やがてその疑問は日常の中に沈んでいった。歳月が流れた。
あの疑問が、ふと戻ってきた。
半過岩鼻を、自分の目で見たかった。
地図の上の点ではなく、実際にそこに立ちたかった。大ネズミが岩を噛み切ったとされる場所。千曲川の始まりとされる場所。伝説と地質学が交差する、あの岩壁の前に。
千曲川沿いの国道18号線を進むと、やがて視界が開けた。
息が止まった。
見上げると、半端ではなかった。
高さ100メートルを超える岩壁が、川を挟んで両側から迫り立っていた。人間が発破で崩せるレベルではない。ゴジラに蹴散らされたような崩れ様だった。

上田市 半過岩鼻


これが、ネズミが噛み切った岩か。
しばらく、その場に立ち尽くした。
地図で見ていたときとは、全く違った。スケールが違う。圧力が違う。この岩壁の前に立った先人たちが、ここに何か超自然的な力を感じたとしても、不思議ではなかった。
子どもの頃の疑問が、ようやく形を持ち始めた。
案内板を読んだ。


半過岩鼻の言い伝え 窮鼠猫を嚙む いや、窮鼠岩を嚙む


岩壁を作っているのは石英斑岩という火成岩だという。1000万年以上前、日本海の底に堆積した泥岩層に、地下からマグマが押し入ってきたものだ。周囲の柔らかい岩に比べて極端に硬いため、千曲川の侵食に抵抗し、この巨大な岩壁を形成した。
だが、本当の謎は、この岩壁の上流に隠されていた。


地質学者たちの記録を読んでいくと、驚くべき事実が積み重なった。
今から3万年から4万年前、上田盆地は巨大な湖の底だった。


千曲公園(半過岩鼻の山頂)から上田盆地を望む


半過岩鼻と塩尻岩鼻、この二つの岩壁が天然のダムとなって千曲川の水を堰き止め、上田盆地全体に水が溜まっていた。その証拠が、岩鼻の頂上にある千曲公園に残っている。標高100メートルの台地に、川原にあるような丸い石が見られる。かつてここまで、川が流れていた痕跡だ。
千曲公園(半過岩鼻の山頂)へ向かう道は、車一台がやっと通れる幅しかなかった。まるでポツンと一軒家のロケ地のような山道を、緊張しながらハンドルを握り続けた。
ようやくたどり着いた公園の縁から、足がすくんだ。
下は覗けなかった。
遠方の上田市街地を、ただ見つめた。
はるか下に、千曲川が細い糸のように見えた。
あの川が、かつてここまで溢れていた。
眼下にある上田市の街並み、田畑、家々——そのすべてが、水の底にあった。
その面積は、御神渡りで有名な諏訪湖のおよそ10倍。
あの神の湖の、10倍の水が、ここに満ちていた。
さらに、上田盆地の地層からはナウマンゾウの化石が出土している。2万8000年前という年代測定の値も得られている。その頃、人間の祖先はすでにこの地に存在していた可能性がある。
彼らは、湖を見ていた。
そしてある日、ダムが決壊した。
二つの岩鼻が長年の水圧に耐えきれず、崩れた。湖の水が一気に流れ出した。濁流は下流へと押し流され、上田盆地に陸地が生まれた。それが千曲川の始まりだった。
大ネズミが岩を噛み切って湖を決壊させた——という伝説は、この3万年前の出来事を、人間の記憶として封じ込めたものではないのか。


ここで、一つの問いが浮かぶ。
3万年前の出来事を、どうやって伝説として残せたのか。
文字はなかった。記録する手段もなかった。
だが、人間には言葉があった。物語があった。
恐ろしい出来事を、次の世代に伝える最も確実な方法——それが物語だった。難しい説明はいらない。「大ネズミが岩を噛み切った」という一言で、川の恐ろしさと、その起源を、子どもでも理解できる形で伝えることができた。
神道に教えがないのは欠陥ではない。それが神道の本質だ。
神道は「感じる」宗教であり、「考える」宗教ではない。
先人たちは川の恐ろしさを、教義として残さなかった。伝説として残した。神社として残した。そして根を張る木を植えた。
言葉ではなく、形に残した。
それが神道の依り代という思想だ。見えないものを、形に宿らせる。伝説という器に、3万年の記憶を封じ込めた。


足元に、丸い巨石があった。草に半分埋もれ、人の力では動かせない大きさだ。川原の石だ。風化で角が取れることはある。だがこの台地には、そもそも削られる母岩がない。川底で水流に揉まれた石だけが、こういう形になる。標高100メートルのこの場所に、川の石が埋まっている。これが3万年前の証拠だ。


千曲公園内の丸い巨石


石に触れてみた。そして、思った。
先人たちも、この石を見たのかもしれない。高台に川の石があることの意味を、体で感じたのかもしれない。そしてその記憶を、大ネズミという言葉に封じ込めた。
伝説は、嘘ではなかった。
3万年前の事実を、物語という器で今日まで運んできた、最も古い記録だった。
だが、ここで新たな問いが生まれた。
大ネズミの正体は分かった。千曲川そのものだ。
では——唐猫は、誰が呼び寄せたのか。
川を鎮めるための構造を、誰が、いつ、どのように設計したのか。
その答えは、川沿いに点在する神社の配置の中に隠されていた。
そして、その設計者の正体に近づいたとき、私は思いがけない名前に行き当たった。


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