三月はる、という福音 【シロクマ文芸部】
「三月はる」
これは私の名前。
「みつき はる」って読むの。
私は今、中学三年生。
親の仕事の都合で、人生で四回の引っ越しをした。引っ越した先の学校で自己紹介をする時、黒板に名前を書くでしょう?
そうするとね、みんな、
「ん? ……さんがつ?」
って、絶対言うの。
転校するのは夏休み明けの九月が多くて。幼稚な男子に、
「九月なのに三月っていう名前の人が転校してきた〜!!」
なんて、馬鹿げたことを言われたこともある。
「三月」って、小一で習う簡単な漢字二文字だけど、けっこうレアな苗字なんだって。名前もひらがなだし、画数が多くて難しい漢字の名前に憧れた時もあった。
でもね、今はこの名前、すっっっごく気に入ってる。 三月も、はるも、今の私にぴったりの名前なんだ。
私、この中学を卒業する。
三月、そして春(はる)にね。
私はこの中学校に、二年生の九月に転校してきた。 環境の変化にはわりと適応できる方だとは思っているけれど、それでも不安はあった。小学校の転校とは、また違う雰囲気なんだろうなって思って。
前の中学ではいい友達にも恵まれて、修学旅行もその子たちと思い出を作る気満々だったけれど、それも叶わず……。
父さんのせいじゃないのはわかってるけど、転校しなきゃいけないことがわかった時は、二、三日父さんを無視してしまったのをおぼえている。
だから、この四回目の引っ越しは、いつもよりも気が重かった…。
中二の九月一日、私は不安な気持ちで今の学校の門をくぐった。
毎度の転校の時と同じように、でも力なく名前を黒板に書く。
三月 はる
「み……づき はる さん?」
一番前の窓側の席から、小さな声が聞こえた。
「あっ、みつき はる です」
私がそう言うと、
「あっ、みつきさんなんだ〜」
今度は明るく大きい声だ。
「私ね、はるの みずきっていう名前なの!!」
春野瑞稀ちゃんがそう言った。
「名前めっちゃ似てない? なんか親近感〜」
そう言って笑ってくれた。
それから、瑞稀ちゃんは学校のいろいろを私に教えてくれた。 瑞稀ちゃんは葉月ちゃんという、頭のいい学級委員の子と仲良しで、二人は私と行動を共にしてくれるようになった。
修学旅行は、瑞稀ちゃんと、葉月ちゃん、そして秋吉さんという子と同じ班になった。
三月
春野
葉月
秋吉
それぞれの名前に、季節に関係する言葉が入っていることに気づいた私たちは、顔を見合わせて笑い合った。偶然なのか、先生のいたずら心なのかはわからないけれど、なんだかうれしかった。
班の名前をつけることになって、あまり時間もかからず、満場一致で「シーズン4」に決まった。
普段おとなしい秋吉さんとは、あまり話したことがなかった。でも、修学旅行の自由時間、私が何気なく口にした、深夜枠の『透明なアルケミア』という少し難しいアニメの話に、秋吉さんがふっと顔を上げた。
「それ、知ってるの?」
レアで、周りではほとんど誰も知らない作品だった。急に饒舌に語り出す秋吉さんに、瑞稀ちゃんと葉月ちゃんはぽかんとしていた。
私は嬉しくて、その夜は秋吉さんとディープなアニメの会話に浸ってしまった。
そこからは、まるで季節がひとつ進んだみたいに、私たちの距離は縮まった。
その日から、私は秋吉さんのことを、ゆきちゃんと呼ぶようになった。
三月。
卒業式の日。
体育館に並んだ椅子の列。
一人ひとりの名前が、ゆっくりと読み上げられていく。
私は、みんなの名前を聞きながら思っていた。
ここで卒業できてよかったな。
転校してきた九月の私には、想像できなかった今がある。
「三月 はる」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
三月も、はるも。
終わりと始まりの名前。
この学校で出会った人たちが、
この名前を何度も呼んでくれた。
笑いながら。
驚きながら。
親しみを込めて。
私は、この名前が好きだ。
三月はるという名前が、
私をひとりにしなかった。
そして今日、私はこの名前に祝福されている。

