偏愛について本気出して考えてみた。
はい、ポルノグラフィティさんの楽曲「幸せについて本気出して考えてみた」からパクりました。
でもこれ、ふざけているようで、わりと本気で考えています。
というか、たぶんこれ、
僕の「幸せ」に関わる話だと思うー
僕は障がいをもつ子どもと関わる仕事をしています。
身近な人にさえ、「そんな仕事よくできるね」と言われることがあるけど、正直、できるとかじゃなくて、普通に楽しくてたまりません。
そもそも僕の人生の軸は、
「おもろいかどうか」
子どもが好きな理由もシンプルで、
こちらが予期しない奇想天外な行動をしてくれるから、それがおもろい。
さらに、障がいを持っている子たちの奇想天外はレベルが違う。
亡くなったおじいちゃんを想った書き初めで、迷うことなく「竹馬」と書いたり。
送迎の車でなんか臭うなと思ってバックミラーを見たら、ヘッドレストやドリンクホルダーに自分のうんこを並べていたり。
こちらが止めていても「まだ食べられる」と言ってご飯を食べすぎて、案の定、床に盛大に吐いたり。
勉強がわからなすぎて、泣きながらのたうち回ったり。
お出かけ先で目の前の池に飛び込んだり。
本当に、毎日が予測不能。
行動が意味わからなすぎて、
指導しているときでも普通に笑いそうになる。
もちろん顔には出さないように必死でこらえるんだけど、内心ずっとツボに入っているときがある。
「なんで今それなんだろう」って。
でも、よく見てみると、その子なりの理由がちゃんとあったりする。
こちらの想定している流れとは違うだけで、
本人の中ではちゃんと筋が通っている。
それに気づいたとき、またちょっとおもろくなる。
昔から、障がいのある人を笑ってはいけない、という空気がある。
たぶんそれって、しっかりとした教育の土台があるからこそなんだけど、
ちょっと窮屈だな、と感じることもある。
僕は、笑っていいと思ってる。
だって、純粋におもろいことをしているから。
もちろん、蔑んで嘲笑うことはあってはいけない。
でもそれは、障がいがあろうがなかろうが同じ話で。
そこにちゃんと愛があって、笑い飛ばしてもらえれば、誰だって少しは気が楽になるんじゃないかと思う。
この仕事は、たぶん普通の人が思っているより、だいぶ“攻略ゲーム”に近い。
同じ声かけでも通る日と通らない日があるし、
タイミングが1秒ズレただけで全部崩れる。
逆に、ぴたりとはまる瞬間もある。
「あ、きたこれ」という感覚。
あれは本当に気持ちいい。
給料は低いし、
足並みが揃わない保護者はダルいし、
法律や制度が複雑すぎて、雁字搦めになることもある。
それでも、この仕事が好きだ。
そして、ほんの少しの変化。
発語が難しい子が、
何を考えているのか少しずつわかるようになってくる瞬間。
気持ちをうまく言葉にできない子と、
ひとつずつ言葉を置いていく時間。
こっちが勝手に「たぶんこうかな」と想像して、
それが少しでも合っていたとき。
たぶん他の人から見たら地味なことだと思う。
でも、自分にとってはかなりおもろい。
彼らは日々、自分の壁と闘っている。
僕らがやっているのは、
その壁との向き合い方を一緒に探すこと。
よじ登る?
ジャンプする?
迂回する?
ヘリ呼ぶ?
爆弾で穴開ける?
穴掘って下から行く?
正解なんてない。
その子にとって、一番しんどくない方法を探すだけ。
…そもそも、その壁って誰が決めたんだろう。
パニックに陥り、その矛先がこちらに向くこともある。
腕がアザだらけになる日もあるし、
噛まれて歯型が残ったり、
神経までやられて数日しびれが取れないこともあった。
伝わらないこともある。
腹が立つこともある。
正直、しんどい日もある。
それでも思う。
彼らのデコボコが、愛おしい。
たぶんこれからも、
意味のわからない行動に振り回されながら、
ツボに入って、
「なんでこんな仕事が好きなんだろう」と思いながら、続けていくんだと思う。
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