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迫り来る一抹の不安…いや、億抹の不安


仕事を終え、いつものように帰宅すると、
ダイニングテーブルの上に一冊のアルバムが置かれていた。

何気なく手に取ると、それは娘が昨年、
保育園の行事で演奏した鼓笛隊の写真だった。
ページを開いた瞬間、まるでその場にいるかのように、
あの日の風景が鮮やかに蘇る。

子どもたちはお揃いの衣装に身を包み、
それぞれの楽器を手にしていた。
スネア、テナー、バズの太鼓、キーボード、グロッケン、シンバル、
そして華やかに舞うフラッグ隊。
娘はグロッケンを担当し、小さな体で懸命に鍵盤を叩いていた。

私は見終わった後、
無事に終わってよかったな…と、心から思った。

私はアルバムをそっと元の位置に戻そうとした瞬間、
テーブルの上に一枚の紙が置いてあった。
どうやら、アルバムの下にあったらしい。
目を通せば【卒園のお知らせ】が書かれた連絡の紙だった。

思わず息をのむ。

卒園式…無事に終われるのだろうか

私はふと、もう一度アルバムを開いた。
こんなに見え方が変わるものか?
私は写真を見ながら不安と恐怖、
一抹の不安どころではない
表現が正しいのか分からないが、億抹の不安というべきか。

これまでの日々が、雪崩のように頭の中を駆け巡った。


そもそも鼓笛隊の存在を知ったのは、一昨年のことだった。年長組の子どもたちが披露するその姿を見て、正直、

えっ、これ来年やるの? 大変そう…

と思ったのが始まりだ。
そして、その予感は当たっていた。

鼓笛隊の行事が終わった数週間後に、鼓笛隊の練習が始まった。
年中から取り掛かる…
要するに、練習は一年がかりだった。

娘はグロッケンがやりたいと言い、希望通りその担当に決まった。
私は鉄琴とは違うその楽器の存在を初めて知り、
カエルみたいな名前だな…と、ぼんやり思ったものだ。

練習が始まると、娘は夢中になった。
家でも、紙に描いたグロッケンを叩き
一生懸命に練習をしていた。
それの姿を見た妻が、娘におもちゃのグロッケンを買い与えた。
それからというもの、おもちゃが増えた喜びからか
保育園での練習に加え、家でもおもちゃのグロッケンを叩き続けた。
楽しんでる姿は、とても微笑ましかったが
正直、私は「すぐ飽きるだろう」と思っていた。

が、その予想は見事に外れる。
娘のグロッケン熱が冷めることはなかったのだ。

最初は単発の音だったが、やがてメロディになり、
一曲を弾けるようにまでなった。
その成長に驚き、「すごいな」と声をかけると、
娘は「でも、新しい曲はまだなんだ…」と呟いた。
4曲も演奏することを知ったのは、その時だった。

マジでできるのか?

不安に思いながらも、娘は着実に成長していた。

季節が巡り、運動会の組体操の練習が加わると、
娘の日々はさらに忙しくなった。
相当ハードスケジュールなのか
帰宅するとすぐに寝てしまうことも増え、
家での練習は次第に減っていった。
それでも、本番が近づくと、今度は他の楽器の動きやフラッグの動きを家で再現し始めた。
そう、グロッケンの練習以外を…

それでいいのか?と尋ねると、
「もう全部覚えたよ」と自信たっぷりに笑った。

そんな余裕の表情を見て、内心
大丈夫か?と思いながら迎えた本番。
鼓笛隊の演奏が始まる。

カメラ越しに、娘の姿を追った。

目に映る娘の勇姿、そして他の子供たちもおそらく
この1年間、家で娘のような事をしてたんじゃないかと
勝手なストーリーを作って鑑賞した途端…


嘘嘘嘘? やばいやばいやばい……泣きそう、泣きそう、泣きそう……!


目頭が熱くなり、必死に涙をこらえる自分が現れた。
よく聞く「子どもの成長に涙する」という言葉。
それがまさか自分にも当てはまるとは思わなかった。

一曲、一曲、娘たちの演奏は進み、そのたびに胸が震えた。
震えたらどうなるか。
そう、一曲、一曲、娘たちの演奏は進むたびに、
私の心は「泣くな!泣くな!泣くな!泣くな!泣くな!」と
心の中で連呼した。
私は娘達の演奏を聞いてるのか、自分の心の声を聞いてるのか、
正直、わからなくはなっていた。
それぐらい心が震えた。
きっと会場の親たちも同じ気持ちだったのだろう。
演奏が終割るたびに、割れんばかりの拍手が響き渡り、
会場は感動に包まれていた。

全ての演目が終わり、ようやく涙をこぼさずに済んだ私は、
心の底からこう思った。

無事に終わった…と

たった一年の鼓笛隊でこれほどの感情が揺さぶられるのなら、
卒園式はどうなるのだろう。

怖い。
恐ろしい。
今度も無事に終えられるだろうか?
もう不安しかない…。

考えれば考える考えるほど
億末の不安?いや、兆末の不安が頭を支配した。

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