アップデートしない日々がくるのだろうか?
我が家には、7歳の娘と1歳半の娘がいる。
子育てとは、これほどまでに
“アップデート”の連続だっただろうかと、最近よく思う。
昨日まで出来なかったことが、
今日には当たり前のように出来ている。
昨日まで言えなかった言葉を、
今朝は得意げに連発する。
その変化は、通知も前触れもなく、
ある日突然やってくる。
地震のアラートのようにビクってなる事もしばしば…
7歳娘しかり、1歳娘しかり
成長とは緩やかな右肩上がりの
グラフのようなものだと思っていたが
ただ、年齢が違えば、その振れ幅も違う。
7歳娘のアップデートは、もはやOSの細かな改善に近い。
語彙が増え、理屈が鋭くなり、時折こちらを言いまかしにくる。
一方、1歳半の娘は、もはや大型アップデート。
昨日まで普通に歩くのが精一杯だったのが、
今日は突然ジャンプして見せたりする。
この“急成長ぶり”には、正直、毎日驚かされる。
そして困ったことに、
私たち夫婦の中にはどうしても比較というバグが残っている。
7歳娘が1歳半だった頃と、今の1歳半の娘と比べてしまうのだ。
頭ではわかっている。
姉妹とはいえ、別の生き物。
同じDNAの配列を持っていたとしても、
環境も時間も、何もかも違う。
それでも経験が勝手に邪魔をする。
「前はこうだった」というデータが、
無意識に参照される。
その結果、同じように扱ってしまい、
1歳半になる娘の仰天行動に面食らう。
とにかく、同じDNAでも好奇心が段違い…
当然かもしれない。
1歳半児が好みそうなおもちゃや空気感は、
すでに7歳娘によって形成されている。
カラフルで、音が鳴って、
動きがあって、刺激に満ちている。
対して、7歳娘が小さかった頃の我が家は、ほぼ無地だった。
何もない空間に、私たち夫婦の視線が一点集中していた。
あの頃は、二人で一人を見ていた。
今は、一人で二人を見る時間もある。
そう考えると、1歳半の娘は
好奇心をくすぐられる環境で恵まれているようで、
もしかすると寂しい瞬間もあるのかもしれない。
逆に、7歳娘はこれまで
独占していた親の時間を、静かに分け合っている。
どちらが得で、どちらが損か。
そんな単純な話ではないんだろうが
彼女たちも悶々としていることが多いかもしれない。
そんな思いを抱きつつ我々夫婦、
そして娘達も日々アップデートを強いられているのだろう。
こんな悩みを持てるのは、
二人がここにいてくれるからなんだろうな。
ありがたいような…ありがたくないような…
でも、ありがたい!
ただ、あんまり無茶な成長は見せないでくれ。
そう願いながら少し離れたところで、ほんわかと見守っていると…
1歳半の娘がつま先立ちで椅子の際ギリギリに立ってる?
危ないな、と思った瞬間、
重力は容赦なく仕事をし、彼女は滑り落ちて…で、大泣き。
この状況って、
7歳娘のときには、なかった心配なのよねぇ…。
遠目から見守るなどという高度な機能は強制終了。
全力で駆け寄り、抱き上げる。
どうやら私のアップデートは、まだまだ不完全。
そしてアップデートしなくていい日が待ち遠しいと願いつつ
今日も、予期せぬエラーと緊急対応に追われながら、
子どもたちと向き合っている46歳2児の父なのだった。
